第3章 始まりを告げる者
プロローグ
帝国西方において重要とされている都市は二つある。
一つは、帝国副都の役割を果たしている西都。この地域における経済・政治の中心地でもある。
もう一つはここ――迷宮都市だ。
『冒険者になったのなら、一度は迷宮都市の大迷宮へ』
種族・年齢・性別・職業――大陸の縮図とすら言われる程に、様々な人間が各地から今日もやってくる。
ある者は強さを求めて。
ある者は名声を求めて。
ある者は魔物の貴重な素材を求めて。
ある者は迷宮から得られる強力な武具を求めて。
そして多くの者が一攫千金を夢見て、今日も大迷宮に挑んで行く。
勿論その大半の夢は破れる運命にある。
毎年、多くの冒険者達が名も成す事なく去るか、大迷宮へと飲み込まれ、誰にも看取られる事もなくその生を閉じる。
それでも……人はこの地を目指す。
自分達も『不倒』『双襲』『戦斧』『光刃』になれるという自負を持って。
――ここで疑問を持たれる方もいよう。
名前が挙がった人物達は、迷宮都市を代表される高階位冒険者だ。
ここ数年の活躍は目覚ましく、今やその名は帝国全土に轟いている。
特に『不倒』のタチアナは、数多いる冒険者達、その中でも所謂『盾』役として今や、帝国でも五指に入る、と言われる程であり、帝国近衛騎士団から直接勧誘されたとも漏れ伝わる。
他の三人もそれぞれ名立たる達人。また、大手クランの団長としても名声をほしいままにしている。
しかし新米冒険者が目指す存在に『迷宮都市最強の魔法士』がいない。
すなわち、かの『灰塵の魔女』が含まれないのだ。それは何故か?
――どんな人間であってもいきなり『龍』や『悪魔』へ挑む馬鹿はいない。
それは『死』と同義。そんな事は誰でも知っている常識。
冒険者になった以上、何時かは、と大望を持つが……実際に遭遇した時、大半の者はそれをあっさりと捨てる。
『龍』も『悪魔』(特級以上は小国を滅ぼすに足る)も天災であり、本来ならば人の身で挑める相手ではないのだ。それでも挑む者は……骨を拾われる可能性すら限りなく低い。
が……大陸一桁の存在ともなればその『死』や『天災』と定義される、そんな存在すらあっさりと狩り、平然としているのが当たり前。
むしろ、最近では『龍』や『悪魔』がその名を聞いただけで方向転換する、とすら噂される程である。
畏怖すべき存在ではある。が、目指すには余りにも高い、高過ぎるのだ。
……そんな彼女にも幾人か頭が上がらない人物がいるらしい。
一人は彼女の師とされる人物。迷宮都市の誰も会った事はない。おそらくはデマなのだろう。
一人は彼女のクラン『薔薇の庭園』副長『不倒』のタチアナ。魔女を真正面からたしなめる事が出来る、貴重な存在だ。
そしてもう一人は、名実ともに大陸最強の魔法士にして、彼女の――
※※※
夕刻迫る迷宮都市、その中央大通りに面したある大酒場では冒険者達が今日もまたどんちゃん騒ぎを開始した。既に、店の外にまでテーブルと椅子が持ち出されている。
常に生死が交差するここでは日常の光景。そこかしかで喧嘩が起こっているが、誰も気にしない。
食べて、飲んで、笑って、怒って、泣いて、歌って、踊って。それを毎日毎日、飽きもせず繰り返す。
それが彼等の流儀なのだ。
そんな中、二人の冒険者が外のテーブルに陣取り、何時ものように酒を酌み交わしていた。
「で……その後、どうなってやがるんだ?」
「そうだな――この前の一件では、かなり話せた。嬉しかったな」
「……なぁ、『双襲』よ。こんな事を聞くのは野暮なんだが……てめえ、女を知らないんじゃ」「これでも女に不自由したことはないぞ?」
間髪入れずの反論に髭面の大男がげんなりする。
もう一人の男は、金髪の美青年。
まったく接点がなさそうな二人だが、その遠慮がない口調からは、親しい仲であることがうかがえた。
「……そうかよ、けっ! これだから、色男ってのは始末におけねぇ」
「ブルーノ、それをお前が言うのか……? 他のクランの女冒険者複数に手を出して、迷宮都市中を追いかけ回されたのは誰だ?」
「…………あれは、辛かった。正直、俺もここまでかと――今は、そんな事じゃねぇだろ? 色男様が、何でかまったく話が進んでないって話だ。そりゃ天下の『不倒』様は手強いだろうさ。それでもお前が落とせないとは思わん。あの悪魔――魔女からの情報もあるんだろう?」
「……ああ、存外マメに提供してくれるな。不気味だが、正確ではある。この2年で、彼女と多少なりとも親しくなれたのは、あの魔女のお陰もある。因みに今は休暇で此処にはいないそうだ」
それを聞いたブルーノの顔が引きつる。
……あの魔女が人助け? あり得ないっ!! 何を企んでいやがるんだ?
頭痛を感じながら先をただそうと口を開き――
「迷宮都市も随分と賑やかになったね。街並みも随分と変わったし、何より、全体にここまで整備された道路は通ってなかったよ。ただ、この騒ぐところは全然変わってない。懐かしい」
「ハルさんも昔はここで、活動されていたんですか?」
「君達みたいに大々的じゃないよ。最近来たのは、ああ、あの子達を教えてた時だから、もう何年前だろ? 10年じゃきかないね」
「……私もご一緒したかったです」
「ふふ、今は一緒じゃないか。明日、良ければ色々と案内してくれるかな?」
「はいっ、是非っ!」
……俺は白昼夢でも見てやがるのか?
あの『不倒』が、迷宮都市の男達が一度は憧れるあの美女が、黒髪の魔法士風の見知らぬ男と一緒に歩いている。
しかも、満面の笑みを浮かべ、薄らと頬を赤らめて。
畜生、恐ろしく色っぽいじゃねぇか。実力と外見はともかく、まだまだ半分小娘かと思ってたんだが……はっ! カ、カール――
「……ブルーノ、どうやら俺はもう酔って寝ているらしい。すまないが、全力でぶん殴って起こしてくれ……頼む……」
「……くっ」
ブルーノが不憫な友人に涙する中、二人はそんな事は勿論知らず、大通りを進んで行く。
目指すは迷宮都市最強クラン『薔薇の庭園』。女性限定にして、女性冒険者の楽園だ。
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