第13話 レベッカ―11

 今まで、私は数体の特異種に相対したことがある。


 勿論、大規模討滅対象となった存在に対してだけど。

 それらの時は、少なくとも十数名、多かった時は三十名近い冒険者達による討伐戦だった。

 しかも、普段は使わない回復薬や、増強剤を惜しげもなく使用した上で。

 そこまで、準備を整えても、完勝だったことは一度もなく、薄氷の勝利ばかり。

 自分でもよく生き残れたと思う。


 ――特異種とは、命を賭さなければ討伐出来ない『化け物』なのだ。

 

 本来なら、ここは一旦退くのが正しいのだろう

 情報の持ち帰りを最優先すべき――昨日までの私なら、間違いなくそうした。

 だけど、今は違う。

 何故なら――


「ハル、私が前衛。貴方が後衛でいいわよね?」

「逆でもいいよ? ただし、僕に当てたら後でお説教だね」

「言ってくれるじゃない。後衛、任せるわ」

「了解したよ、お姫様」


 私はハルと一緒だ。後ろを気にせず戦える。

 ……確かに怖い。

 でも大丈夫。立ち向かえる!

 悪食を見据え、剣を構える。

 経験則から言うと、特異種となった魔物を通常種と同じように考えるのは自殺行為。

 まして、あの発達した両腕、かすっただけでも大打撃だろう。

 ならば――私が使える魔法で、現状、最も速射が出来る炎弾を展開、発動。

 悪食に向かって牽制として放ちながら、一気に距離を詰める。

 それに対して――躱そうとしない? 

 複数が着弾。まぁいいわ。取り合えず片腕は貰う!

 全力で剣を振り下ろし――

 

「!?」


 私の斬撃は金属音と共に弾かれた。鋼鉄よりも固いって何なの!?

 まさか、魔力障壁? 龍や悪魔と同じ??

 

「後ろへ飛んで!」


 ハルの切迫した声。

 聞こえた瞬間、後方へ飛んだのは無意識だった。

 刹那、悪食の片腕が空間を薙ぎ払い、身体全体に鈍い痛みが走る。

 かすってもいないのにこの打撃! 

 補助魔法で強化されていなかったら、直撃は免れなかったわね。

 私が躱すのを見た悪食が、にやぁ、と笑う。

 そして両腕を前方の地面につけ四足姿勢。

 一体何を?


「レベッカ!!」


 またしてもハルの切迫した声。

 同時に、突風が私を真横へ吹き飛ばす。咄嗟に受け身。

 

 ――轟音と共に私がいた場所を、悪食はまるで砲弾のように通過していった。


 遅れて凄まじい衝撃波が周囲に発生。草が根こそぎにされる。

 着弾した箇所の地面は捲れ上がり、凄まじい土埃。

 ――即座に視界が回復。これもハルの魔法?

 悪食が素早くこちらへ向き直り、再び四足姿勢。

 速い。

 まだ、こちらの態勢は整って――


「少し時間が欲しいかな」


 ハルの声と共に、数本の鎖が土中から出現。

 障壁を貫通、悪食を縛り上げる。

 苦鳴が響き渡った。しかし、次々と引き千切られてゆく。

 ……どういう力なのよ。

 あれではそんなにもたないだろう。

 そう考えていると、身体の痛みが消える。さっきの補助魔法には自動回復魔法まで含まれていたらしい。


「至れり尽くせり、ね。だけど……」


 ここまでしてもらってなお、今の私じゃこいつには届かない。

 それがはっきりと分かってしまう。

 だったら――


「教えて。私はどうすれば良いの? 何をすればこいつに勝てる?」

「思ったよりも強いね。さっきの補助魔法だけじゃ足らない。勿論、勝てなくはないけど、かなりの無理が必要だ。出来ればそれは避けたいんだけど」

「無理がどうしたっていうの? 今のままじゃ勝てない。なら、その術を私に頂戴。仕事なんでしょ? 育成者さん?」

「仕方ないなぁ……これは今回限りの禁じ手だよ?」


 そういうと、ハルはさっき雷魔法を渡してくれた時と同じく、剣を持っている手をそっと握り締めた。

 

 ――利き腕と剣が繋がる感覚。まるで、身体の一部になったような――


 これは……まさか……嘘でしょ?

 軽く雷魔法が発動――剣へ魔力が伝わる感覚。間違いないこれは――


「……今は何も聞かないわ。だけど、こいつを倒したら絶対に教えてもらうから」

「はいはい。それだけじゃ届かないから、僕のとっておきを出そう」


 そう言うとハルが恐ろしく緻密に組み上げられた魔法を展開。

 ……私の知識ではどの属性かすら判別不能。

 一体どんな補助魔法を私へかけたの?


「レベッカ、今の君じゃ魔法剣を維持し、補助魔法をかけた状態で戦闘出来るのは極めて短時間。長期戦は不可能だ」

「分かってる。初撃に全てを賭けるわ」

「なら良い。その前に、君達、逃げるならとっとと逃げな」


 ハルが一転冷たい声を発する。

 ――ダイソン達がそれを聞いて目を開ける。


「……気付いてやがったか」

「鎖は解いた。さっさと行きなよ。それとも肉の盾になってくれるのかな?」

「……ちっ! 覚えてろ……手前らはここで死にそうだかなっ!!」


 捨て台詞を残してダイソン達は、私達に目もくれず逃げだしていった。

 ……ああいう事を繰り返した結果、爪弾きにされるようになったのに、どうしてそれに気付かないんだろう。

 まぁ残られても、ハルが言う通り肉の盾にしかならないだろうけど……。


「ギャッ! ギャッ!!」


 悪食が全ての鎖を引き千切った。

 再度、拘束しようと鎖が殺到。しかし、全て障壁によって阻まれる。

 魔力を強めたっていうの?

 そして、私達に対して今までと異なる憎悪の視線を向ける。

 四足姿勢――来る!


「レベッカ、その補助魔法は戸惑うだろう。だけど――信じて」

「……分かったわ」



 この後の本当に短い戦闘を私は生涯忘れないだろう。

 魔法剣を発現し、ハルの切り札である『時詠』を体感、彼の真価に少しだけ触れたこの戦闘を。

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