第12話 レベッカ―10

「さて、質問の答えを聞こう。レベッカ、こいつらを起こしてくれるかな?」


 ダイソン達(魔法使いは戦闘中に逃げたそうだ)を何もない空間から取り出した縄で縛り上げ、視界が開けている場所まで浮遊魔法で移動させて来たハルが楽しそうに告げる。

 ……もう、そんなんじゃ驚いてやらないわ。

 威力を絞った雷魔法を発動。

 目の前で気絶しているこの忌々しい男達に解き放つ。


「ぐっ!」

「っっ!」

「がはっ!」

「……ハルがあんた達に聞きたい事があるそうよ。とっとと答えない。無駄な言葉は一切口にしないでね……手が滑りそうになるから」

「て、てめぇ……レベッカぁぁぁぁぁ!!」

「はぁ……」


 もう一度、雷魔法を発動。今回はさっきよりも強め。

 響く悲鳴。やり過ぎたかしら? まぁ、死んでないし良いわよね。

 目配せするとハルが口を開いた。


「質問をもう一度繰り返すよ。君達は黒灰狼を見たかな?」

「し、知らねぇ」

「本当かい?」

「ほ、本当だ! う、嘘じゃねぇ」

「ふむ……ありがとう。もう寝てていいよ?」

「は? どういう」


 三度、雷魔法が発動。悲鳴もなく三人の意識を刈り取る。

 ――炎魔法よりも身体に馴染んでいる。今まで、使えなかったのが嘘みたい。

 目の前ではハルが小首を傾げている。

 ……だから、それ止めなさい。『可愛い!』って声に出しそうになるから。


「やっぱりちょっと変だね」

「何がよ?」

「そもそも、黒灰狼はここら辺にいない。だけど、最近は頻繁に目撃されている、とジゼルは言っていた。それなのに今日、僕達は見ていないし、こいつらも見ていない。そんな事があり得るだろうか?」

「単に運が悪いだけじゃないの? ……こんな奴等に襲われる位だし」

「それはレベッカの運が悪いだけさ。僕は常に幸運なのに……不運をうつされたかな?」

「……喧嘩なら買うわよ」


 ジト目で睨む。

 それに対してハルはくすくす笑い。

 さっきダイソン達へ見せた視線とは全く違う暖かい視線を私へ向けてくる。

 ……な、何よ?


「それにしても、さっき渡した雷魔法をもう使いこなすなんて。やっぱりレベッカは第1階位になれる。僕が保証しよう」

「そ、ありがと」

「あれ? やけに素直だね?」

「……悪い?」

「いいや。素直なレベッカも可愛らしいよ」

「……馬鹿」


 不機嫌なふりをして背中を向ける。

 だって、こんな顔は見せられない。

 多分だけど、こいつは初めて会った時から私の絶対的な味方なんだろう。

 明確な理由なんかない。

 でも、私はそう信じられる。それで十二分。

 

 その時――森から男が必死の形相で飛び出して来た。

 

 ダイソンのパーティにいた魔法使いだ。

 逃げ出した筈なのにどうして?


「た、助け、助けてくれっ! ば、化け物、化け物がっ!!」


 そう叫んだ男に何かが直撃。鈍い音と共に鮮血が飛び散り崩れ落ちる。

 転がったそれは――小さな頭蓋骨?

 ざわり、私の肌に寒気。何か――いる。


 森から、ぬっと現れてきたのは毛むくじゃらの異形だった。


 体長は私の三倍程。

 強いて言えば、魔物の一種である巨猿に似ているだろうか。

 だが、両腕の筋肉はこれ程発達していないし、毛の色も普通は灰色に近い筈。

 こいつは不気味な程に赤黒い。

 ……ここまで禍々しい魔力を纏っている魔物を今まで見た事は……。

 

 こちらに目もくれず、のそり、のそりと男の死体へと近づいていく。

 そして――手で掴み


「っ……!」


 引き千切り。思わず目を背ける。

 確かにこいつはダイソンの仲間だけあって、決して良い人間ではなかった。

 だけど、この死に様は……。


「なるほどね。どうやら、謎は解けた」


 ハルの冷静な声。流石に何時もの人を茶化す声色ではない。

 視線を向けると、淡々と続ける。


「道理で黒灰狼がいない訳だ……喰い尽くされたか」

「どういう意味――」

「ギャッ! ギャッ! ギャッ!」


 突然、叫び声が周囲に響き渡る。

 ……何かを呼んでいる?

 そして、そいつは静かに私達へ目を向ける。


 にやぁ、と気持ち悪い笑み……まるで、次の食事を見つけたかのように……。


 凄まじい悪寒。同時に、ハルが私へ見た事もない魔法を多重発動。

 補助魔法? だけど、私が知っているそれとはまるで別次元。

 自分の能力が明らかに数段向上したのを実感する。


「レベッカ、こいつはおそらくだ」

「悪食……?」

「極稀に普通の魔物が変異することは知っているね?」

「え、ええ。特異種のことでしょう?」


 通常の魔物は、年老いると自然に淘汰されていく。

 が――時折、生き残り続け、魔力を蓄える魔物が現れる。

 それが通称『特異種』。

 普通のそれより遥かに強大なそれは、しばしば大被害をもたらす。

 ……だけど、悪食なんて聞いた事はないけど。


「こいつは特異種の中でも更に特殊。僕も久方ぶりに見たよ。こいつの名前の由来は――」

「待って……なるほど、そういう意味」


 本来、ここら辺にいない筈の黒灰狼が最近になって目撃され

 けれど、今日は姿が一頭も見えず

 そして、魔法使いを葬った小さな頭蓋骨

 これらが意味すること。つまり――


「一種類だけを食べ続ける魔物の特異種。しかも、一度そうなったら、魔物ですら食べない、肉食の黒灰狼をも食べ尽くす……だから悪食。言い得て妙と命名者を褒めようかしら?」

「そういうこと。そして、黒灰狼を喰い尽くしたこいつが次に食べたのは」

「……人という訳、ね」


 鞘からゆっくりと剣を抜く。

 ハルに目をやると、何時もの笑み。私へ軽く頷いてみせる。

 ――覚悟は定まった。



「ここでこいつを討たないと被害が拡大しかねない――やるわよ!!」

「勿論。僕等の獲物を奪ったことを後悔させてやろう」

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