第14話 レベッカ―12

 身体に染みついた動作で剣を構える。違うのは剣身を雷魔法が覆っている事。


 発現させてみて分かった。

 ハルの言う通り、私にはまだ魔法剣を扱うだけの力がない。

 おそらく、保っていられるのは一撃が限界。

 だからこそ――全ての魔力を剣に注ぎ込む。

 剣が紫電を纏い、早く解き放て、と雄叫びを上げる。

 後は……意識をただただ、刹那の一撃に向かって研ぎ澄ます。


「ギャッ! ギャッ!! ギャッ!!!」


 悪食が、私に向かって恐ろしい速度で突進。さっきまでは分からなかった。こいつ、両腕に魔力を集中させて、一気に地面を叩きつける事で爆発的な加速を果たしていたんだ。

 

 次の瞬間はっきりと――


 躊躇わず、それに従い大きく右へと飛ぶ。私がいた場所を通り過ぎる悪食。

 感じる筈の凄まじい衝撃は、ほとんど感じなかった。

 明らかに、ハルの魔法障壁だ。ほんと過保護よね。

 こんな時だというのに自分は笑っている。そのことが嬉しい。

 体勢を立て直す前に今度は私が突進。

 そんな私を見て悪食は、にやぁ、と笑い、右腕を盾替わりに掲げる……さっきと同じだと思わないで!


「これでっ!!!」


 ――またも視えた。このままじゃ……殺られる。

 咄嗟に、攻撃してきた左腕に剣を振り上げ


「ギャァァァァァ!!!!」


 左腕は私の斬撃によって斬り飛ばされ宙を舞っていた。

 やった! さっきは弾かれたあいつの腕を貰ってやったわ!!

 だけど……がくりと膝が落ちる。

 もう魔力は空っぽ……補助魔法もどうやら時間切れ。

 一気に、身体が悲鳴をあげる。動くのも困難。

 ……視えないけど……この後は分かる。

 悪食が憤怒の表情で私を見る。そして、残った右腕を振り上げ――


「うん、良いタイミングだね」


 ハルの変わらない声が聞こえた。

 そして、その瞬間、眼で捉えきれない何かが通り過ぎ、悪食の右腕を簡単に粉砕、消失させた。


「!?」


 遅れて、凄まじい衝撃が私を襲う。ち、ちょっと何しているのよ!

 ハルに抱きかかえられ、その場を離脱。

 ……具体的な姿勢は黙秘権を行使。  

 悪食に目をやると、呆気にとられていたが声を上げる間もなく、次々と着弾する何かによってズタボロにされていき――やがて倒れた。


「及第点は取れてるよ」

「――嘘。物凄く鈍った。練習が必要。今度、付き合って」

「勿論だとも」


 そう言って、音もなくハルの後ろに現れたのはあの怠け者――エルミアだった。自分の身長よりも遥かに長い魔銃を肩にかけている。

 ……強いのは知ってだけど、こんなに強かったなんて。


「――ところで、ハル」

「何だい?」

「――昨日、会った女の子をするのは有罪。教え子裁判を開く」

「ち、違うのよ? こ、これは……緊急避難。そう、緊急避難的なものであって……何もやましい事はないわ」

「補助魔法+強制魔法剣+時詠の大盤振る舞いだったからね。しょうがないさ」

「――使ったの?」

「うん」


 エルミアの首が、まるで錆びているかのよう回り私を見る。

 明確な嫉妬がこもった視線。 

 な、何よ? かけたのはハルなんだからねっ! 

 

「――ズルい。滅多に見れない、かけてもらえない魔法なのに。明日からは私も一緒に貴女を虐め……訓練する」

「……冗談じゃないわ」

「ふふ、エルミアは僕より余程、教官向きだよ? 『鬼』がつくけどね。まぁその前に――」


 ハルが、私を地面へそっと降ろす。

 ――森から、巨大な物体が2つ轟音と共に降って来た。

 あ、あれは……


「嘘……でしょ……?」


 先程、倒したそれよりも二回りは大きく禍々しい魔力を発している――悪食。

 死体へ近付き立ち止まり――此方を見る。明確な殺意。

 ……まずい。私はもう戦えない。

 エルミアが強いのは分かったけど、先程の戦闘から考えれば後衛。ハルは言わずもがな。

 そして前衛がいない後衛は脆い。

 私の焦燥を他所に、ハルが前へ進む。

 咄嗟に肩を掴もうと――エルミア、どうして止めるのよっ!?


「――見とくといい」

「な、何をよ?」

「――ハルの凄さ」

「……っっ!」


 爆発的に魔力が膨れ上がった悪食が声もなくハルを目標に突進――出来なかった。

 何かに縫い付けられたようにその場で硬直している。

 そして天から光が走り、二頭の悪食は消えた。

 遅れてやってきたのは雷鳴。そして、巻き起こる土煙。


「ハル!」

「うん。この杖は良いね。納得出来るよ」


 私の声と裏腹に、のほほんとした声。 

 そして、頭に手が置かれる――何時の間に?


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。僕はそれなりに強いからね」

「――嫌味にしか聞こえない」

「ふふ、本当だよ。エルミア達とは真正面からじゃ負けるさ」

「――ハルは嘘つきだから信用しないほうがいい」


 エルミアは口調と裏腹に、心底誇らしそうだ。

 そして、それを見た私の中に湧き上がってきたのは――心からの悔しさ。

 分かってしまったのだ。この二人と私とでは、絶望的な差がある。

 さっきの戦闘だって、終わらす気になればそれこそ瞬殺だったのだろう。

 それを敢えて私に戦わせた。おそらく、死なせない確信すら持って。

 だけど、私だって……私だって!


「……ねぇ私も、ハルや、エルミアみたいになれるかな?」

「うん? 当然じゃないか! 一日目でこれだよ? いやはや、末恐ろしい」

「――確かに。風舞士サクラ以来」

「……なら……明日からもお願いね……だけど、今日はもう……」


 

 そう言った後、私は倒れこんだらしい。

 ……ハルがどうやって私を運んだかは黙秘権(二度目)を行使するわ。

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