第8話 ダイソン

 その女を初めて見た時、強い衝動が湧き上がった。『この女を自分のモノにしたい。ひざまづかせたい』と。


 帝国某貴族の息子として生まれた俺は5年前、平民の女を犯し殺した。

 理由? そんな小さな出来事を今更覚えている筈がない。

 俺からすれば、たかが平民の一匹や二匹、何をしたところで問題があるとはまるで思えなかったのだ。

 いずれは俺が領主になるのだから、領土内の全て――当然、女も俺の物の筈。

 

 しかし、父は激怒した。

 

 「領主の息子が守るべき領民を殺めるとは……ダイソン、最早許せぬ! 貴様なぞ我が息子ではないっ!! 今すぐ、その首をねたいところだが……慈悲で命だけは見逃してやる。二度と、我が領地に立ち入るな!!」

 

 勘当を宣告され、それからは流浪の日々。生まれ持った『剛力』スキルがなかったら野垂れ死んでいただろう。

 そして紆余曲折あり……辺境都市へ流れ着いたのは2年前。

 当時の俺には、とにかく先立つ物がまるでなかった。

 生きていくには何より金が必要不可欠。これは、勘当されてからの経験で身に染みていたから焦ったものだ。

 手っ取り早く儲ける為に盗賊をやろうかと本気で考えた。

 一時期、手を染めていた時期もあったから分かるが、上手くやりさえすれば、あれは思っているよりもずっと実入りが良い。女も手に入る。

 そして、帝都近郊ならいざ知らず、辺境なら警備も手薄で、各地からの隊商等、獲物も十分。

 しかし、厄介事を引き起こせば冒険者ギルドや下手すると父から討伐依頼を出されかねない。

 俺は盗賊をしていた時期、そんなヘマはしなかったし、証拠も残さなかったが、帝国内では年に数十の盗賊団が討伐されている。

 何しろそれを専門にする冒険者がいるのだ。しかも任務の特殊性からか、ほぼ全員が第3階位以上。つまりは全員が『化け物』連中。

 そんな上位階位で構成される討伐隊から逃げ切る自信はない。 

 取り合えず、3年間の放浪生活で鍛えられた腕には覚えがあったし、『剛力』スキルと辺境都市へ辿り着くまでに身に着けた各種スキルもある。

 

 ――考えた末、俺は冒険者となることを決めた。

 

 多少の懸念材料があるとすれば、登録する際に必ず鑑定石に触れなければならないことだが、認識されるのはスキル等だけ。賞罰は申請後の登録だ。 

 あの父に申請する勇気などないだろうし、盗賊だったこともバレてはいまい。

 俺の実力をもってすれば、一気にのし上っていけるだろう。

 そして、登録に出向いた冒険者ギルドで、俺はあの女――レベッカと出会ったのだ。


※※※


「ダイソン」

「ああ?」

「今日はどうするんだ?」


 そう声をかけてきたのは、俺のパーティに所属している魔法使いだ。攻撃魔法と回復魔法をどちらも使うから重宝している。

 名前は……正直、覚えちゃいない。

 話していれば分かるが、こいつは平民出。俺が拾ってやらなければパーティも組めず、何処かで死んでいただろう。

 所詮、格が違い過ぎるのだ。こうしてパーティメンバーに加えてやっているのは、慈悲深い俺だからこそ。

 まぁ、使える内は使ってやろう。

 勿論、壊れたら捨てるが。代わりは幾らでもいる。


「何か儲かる依頼はあったのか?」

「めぼしいのはない」

「ちっ。新規もか?」

「今日出たのは『黒灰狼の討伐』だけだ。ひよっこ連中向けで俺達には到底合わない」


 そう魔法使いが嘲笑する。

 ――卑しい顔だ。これだけでも、生まれが分かるというもの。

 まぁ、確かに一理ある。今更、低階位向けの依頼を受けても儲からない。

 どうせなら、楽にかつ大金が手に入る依頼を受けたいものだ。早々あるものではないが。

 それに、何故か俺達のパーティは大規模討伐から締め出しをくらっており、参加することが出来ない。正直、懐は寂しくなってきている。


「そうか。なら、今日は各自行動を――」

「おい、ダイソンあれを見ろ」

「ああん? 何を」


 言葉が出てこなかった。

 大通りをレベッカが歩いている。その横には優男。長杖を持っているから後衛職か。

 見知らぬ顔だ。冒険者らしくない。何より、あの女が男と連れ立って歩いているのを初めてみた。

 その事自体も衝撃的だが、それよりレベッカの外見である。

 何時もの小汚い軽鎧ではなく純白の軽鎧。そして、ぼさぼさの髪を珍しく整えていた。それだけのことがあいつを恐ろしく目立たせ、周囲の人間もレベッカに目を奪われている。

 当の本人は、隣の男と何やら楽しそうに話をしているらしく、全く気付いていないようだが……。

 2年前に目を付けた頃から美しくなると確信していた。

 流石に、当時はまだまだガキですぐ手を出そうとは思わなかったが……正直、ここまでになるとは。

 その女が今、開花しようとしている。湧き上がってきたのは――憤怒。

 あれは俺のモノだ! そんなこと前から決まり切っている。

 ――何かが俺の中で疼き、そして囁いた。


『あの女が今すぐ欲しい』


「いい女だな、ありゃ。まだまだ、熟れかけってとこか……だけど、あれはあれでそそるものがあるぜ。今まで、お前の御執心が理解出来なかったが、今ようやく納得」

「……おい、他の二人を呼んでこい」

「はぁ?」

「いいから、呼んでこい!」

「あ、ああ、分かった。……だが、どうするんだ?」

「――良い機会だ」

「どういう意味だよ?」


 察しが悪い。これだから、下賤の輩は。

 まぁ、器が大きい俺はそんな有象無象にも慈悲をくれてやる。

 当然、俺が飽きた後でだが。



「レベッカを今日、俺のモノにしてやる」

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