第7話 ジゼル

「お気をつけて~。ああ、ハルさんを襲っちゃ駄目ですよ~」

「お、襲わないわよっ!! ……後で覚えておきなさいよ、ジゼル」


 そう言いつつレベッカさんは、ハルさんの手を取って冒険者ギルドを出て行かれました。

 怒ってるように装っていましたが……傍目から見れば、初めてのデートに浮かれる女の子にしか見えません。

 

 しかもあの装備。分かってらっしゃいます! 

 

 白を基調としつつも、機能性を損なわず、かつ細かい部分にも超絶技巧な刺繍や細工が施されているあの軽鎧! 

 それが華奢なレベッカさんに似合い過ぎてて、ただでさえ外見が整っているのに、魅力が倍増です。

 ハルさんが隣にいたせいか、何時もは分厚く張っている『私に近寄るな』障壁も大分薄らいでいました。

 普段からああなら、パーティも組みやすいと思うんですけど。

 そう言えば、さっき、ちらちら、と男の冒険者さん達が見ていましたね。

 まったく気付くのが遅すぎます。もう手遅れです、きっと。

 はぁ……あのレベッカさんが、2年前に初めて会った時には、業務内容以外、一言も口をきいてくれず、日常会話をしてくれるようになるまで1年近くかかった、あのレベッカさんが……あそこまで可愛らしい姿を私に見せてくれるなんて! しかも、私の名前まで呼んでくれるなんてっ!!

 今日は本当に良い日です。ハルさんに感謝。

 まぁ多少、嫉妬もありますけど……すぐに仲良くなり過ぎだと思います! 

 そこは、今度会った時に厳重抗議をしましょう。

 ……正直、今日までその存在自体を疑っていました。

 てっきり、私は先輩が廃教会でお昼寝をしてるんだとばっかり。


「――悪口を考えてる?」

「!」


 気配なく先輩――白髪が印象的で、一見子供に見えてしまうハーフエルフの美少女、エルミアさんが後ろに立っていました。

 ちらりと時計を確認します。まだ、朝……おかしい。こんな時間に来る人じゃないんですが。

 そして……これはまずいです。ピンチです。

 まだ、昨日の荷物について、隠蔽工作をしていません!

 せ、先輩は滅多に怒りませんが、怒らすと本気で怖いんです!!


「ま、まさかー。お、おはようございます。今日は早いんですね」

「――荷物が来ていた筈」

「あ~……えっと……あの……その……」

「――誰が持って行った?」

「……ご、ごめんなさいっ! レベッカさんに頼んでしまいました!! だ、だけど、彼女に責任はありません。わ、私の判断です」


 ぎゅっと目を閉じつつ、頭を下げます。

 ……あれ、冷たい一言がこないな。

 恐る恐る、頭を上げると何時ものやる気がなさそうな先輩の姿。


「――そう。手間が省けた」

「は、はぁ……運ぶ手間がですか?」


 そう尋ねると、首を振られました。

 確かに考えて見ると、荷物を運ぶのを嫌がってるのは見たことがありません。


「――あの子は、そろそろ連れて行くつもりだったから」

「レベッカさんをですか?」

「――うん。『今度、連れて来なさい』って言ってたし」

「へぇ~。ハルさんはもう目を付けられてたんですね」


 流石です。見る目があります。

 ……おや、どうしてでしょう、殺気が。


「――どうして、名前を知ってるの?」

「!」

「――私は言ったことない」

「!!」

「――言え」


 冷や汗を自覚。これは本気でまずいやつです。

 ……こんなに怒ってるのを見たのは、先輩が何時も髪につけている星の形をした髪飾りを馬鹿にした冒険者(第4階位の前衛さんでしたが)を、素手で叩き伏せた時以来かも。

 受け答えを間違えた時は、もしかして『死』……ま、まだ死ねません! これからのレベッカさん可愛い映像を見るまでは!!


「さ、先程こちらに来られたんですよ。レベッカさんとパーティを組みたいって」

「――相変わらず手が早い」

「せ、先輩、一つ質問して良いですか」

「――何?」

「あの人は何者なんですか?」


 声を潜めて、先輩に先程渡された紙を見せます。

 偽物かと思いましたが、私の鑑定スキルでは間違いなく本物です。


「この書類――なんて、普通の人ではとても手に入らないと思うんですけど」

「――? ハルが望んで手に入らない物なんて、この世界に存在しない。中々欲しがってくれないから私達が困ってる」

「は、はぁ……」


 答えになっていません。だけど先輩は何も疑問を感じていないみたいです。

 ……知らない方が良さそうな予感。

 私の葛藤を他所に、先輩からは殺気がなくなりました。何時もの緩い感じです。


「――仕方ない。若い子を育てるのはもう病気。治療の方法がない。外に連れて行くという事は、それだけ有望」

「装備もハルさんが選んだっていってましたよ」

「――そう。獲物は?」

「黒灰狼です。最近、目撃情報が多くて。今朝から任務が追加に」

「――群れ?」

「はい、そうですけど」

「――ちっ。意地悪。……緊急情報を流して。黒灰狼を狩るのを禁止。それと第3階位以上の冒険者を非常招集」

「はっ? え?」

「――あの役人はいる?」

「支部長ですか? い、いますけど」

「――話をしてくる。貴女は先に進めておいて」


 先輩が次々と指示を出してきます。い、何時もの怠け者な姿じゃありません。

 だけど、内容が? 

 黒灰狼は群れでも低階位推奨。討伐任務に問題があるとは。


「その、どういう意味でしょうか?」

「――黒灰狼は普通こんなとこにいない。全然強くないけど頭が良く、足もかなり速い。だから、その姿を見せるのは極めて稀。それが多数目撃されている。変」

「それって……」


 先輩――元第1階位冒険者『千射』のエルミアは断言しました。



「――何かいる。狼達に余裕を失わせている何かが」

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