第4話 レベッカ―4
どうして、私の名前を知って?
腰の剣に手を伸ばし――止めた。ショートケーキを口に運ぶ。
……抜いたら笑われる気がする。何となくだけど。
「おや? 切りかかってくると思ったのに」
「美味しいお菓子を食べる方を優先しただけ」
「それはどうも。紅茶も美味しいよ」
笑顔で勧めてくる男――ハルという名前らしい。
この国では珍しい黒髪で顔は童顔。歳は私より上だろう。20代前半位かな。
身長はそこまで高くない。細身、適度に筋肉が付いている。着ている服はかなりの高級品だ。今のところ、魔力は感じない。
観察しながら紅茶をゆっくりと味わう。今まで飲んだどの紅茶よりも美味しい。
変な男。敵意は全くなし。単に歓待しているだけ。こちらへの視線は最初から優しくて暖かい。お菓子も紅茶もとても美味しいし。
……あ、会ったばかりの男に、何、気を許しかけているの、私は!
自分の中に生まれかけた想いも慌てて打ち消す。
誤魔化すように質問。
「ど、どうして、私の名前と階位を知ってるの?」
「どうしてだと思う? うん、今日のケーキは良く出来た」
こいつと私は初対面。それは間違いない。
黒髪は目立つから一度会えば、印象は残る筈だ。
と、なると……ああ、そういうこと。
「あのぐーたら女――エルミアの入れ知恵ね」
「正解。あいつとは、お茶の合間に色々な話をするんだ。君の名前はよく聞いてたから、すぐ分かったよ。『――今度、会わせるから助けてあげて』ってね」
「へぇ。あの女がそういう事を言うなんて……」
「意外かい?」
「何時もなら『――面倒くさい。私は眠い』で終わるもの」
「ははは、言いそうだ。ここでそんな事を言ったら、二度とお菓子は食べさせないけどね。助言は後でするとして、ちょっと、失礼するよ」
こちらの返答を聞かないまま、封筒を開ける。中身は予想通り手紙らしい。
目の前で読みつつ時折笑う。まるで子供からの便りを喜んでいる父親みたいだ。
読み終わると次は小箱を手に取った。表のリボンを解き、蓋を取る。
――恐ろしく強い魔力の波動。
蒼い波動が目で見える程。これは水属性?
今まで感じなかったのは小箱に封がしてあったせい?
こんなに強い魔力を封じていたっていうの!?
ハルが小箱から、綺麗な蒼色をした、小さな硝子玉のような物を取り出した。
そして、少し苦笑。
「中々困る物を送ってきたな」
「それは何?」
「水の宝珠だよ」
「……は?」
何を言ってるのだ、この男は。
各属性宝珠と言えば帝国西方にある迷宮都市のそれが名高いが、入手は極めて困難な事でも知られている。
何しろ階層ボス級を討伐しないといけないのだ。その強さは龍程ではないにせよ、上位冒険者のパーティが複数組集まっても苦戦すると聞く。
ただし――希少価値の分、その効果は絶大。
宝珠を組み込んだ武具は、属性に応じて大きな魔力付与と耐性を得られる。
著名な冒険者や、騎士、魔法使いの装備品に、大抵これが使用されているのも当然か。
その価値は迷宮都市で年に2、3度出品された際こっちでも話題になる位。 取引額は最低でも金貨数千枚。
そんな物が平然と送られてくる。しかも、さっき自分が運んできた物?
「あ、信じてないね。手に取って見てごらん」
「ち、ちょっと」
ハルが宝珠だというそれを渡してくる。
……確かに凝縮された強い水属性の魔力。もしかして本物?
嫌な汗を自覚。
辺境都市のオークションに出したら一体幾らに。
少なくとも、私が普段やっている討伐任務数百回分か……ちょっと凹む。
それは置いておくにしても、本当に綺麗だ。
宝珠の人気は、その圧倒的な効果と美しさにある、と聞いたことはあったけど、納得する。
――ひとしきり眺めていると、いつの間にかハルが三本の棒を持って横に立っていた。それぞれ、材質が違うように見える。
「納得したかい?」
「……確かにそうみたいね。だけど、こんな貴重な物を送ってくる相手って、何者なのよ」
「さっきも言ったけど、昔少し後押しした子達が律儀に送ってくるんだ。一応育成者だからね。今回は、僕の失敗なんだけど」
「失敗?」
「この前、偶々訪ねてきた時に話しちゃったんだよ。『水の宝珠を探してるんだ』って。今度、何かお返しをしないと」
……もう何も言わない。
こいつが言ってるのは概ね事実らしい。だけど、付き合っていたら私の中の常識が音を立てて壊れるだけだ。
ハルが、こちらに持ってきた三本の棒を見せてくる。
何かをはめ込む為なのだろう、先に数ヶ所、穴があいている。杖の試作品らしい。
今度は何よ。
「どれが良いと思う? 直感で選んでおくれ」
「――その木かな」
「ふむ。了解」
そう言うと、虚空に残りの二本(金属と何かの骨?)が消え、今度は六つの宝珠? が次々と出て来て穴にはまってゆく。
……え? 待って、時空魔法を使えるのにも言いたいことはあるけど、目の前にあるこの杖は何? 私の目がおかしくなっていないなら、これは――
「君はとてもとても運が良い。それで完成だよ。はめ込んでごらん?」
「…………」
恐る恐る、空いている最後の穴にはめ込む。
宝珠が合計で――七つ。
「おめでとう。おそらく、帝国内にも一本しかない七属性宝珠付き世界樹の杖だ。我ながら良く出来てる。後で名付け親になっておくれ」
……人間は衝撃が大き過ぎると言葉を失う、というのを実感したのはこの時だったと思う。まぁ、その後も嫌と言う程、体験する事になったんだけれど。
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