第3話 レベッカ―3

 思わぬ遭遇に内心動揺する。まさか、いきなりなんて。


「えっと……ギルドからのおつかいで」

「なんだ、あいつはこの仕事もサボるようになったのか。……今度、お灸をすえないと」

「オキュウ?」

「ああ、こっちの話。ありがとう。助かるよ」


 軽く手を振り男が答える。

 ……なんか、変な奴だ。とっとと渡して帰ろう。

 腰につけている荷物袋から、封筒と小箱を取り出す。


「はい、これ。後でもめるのは嫌だから何か紙にサインを」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 男が外套のポケットや懐をまさぐる。

 そして、申し訳なさそうな声で告げてきた。


「ごめんよ、手元にない。中でするからお茶を飲んでいくといい。あいつも毎回、飲んで行ってるし」

「は、はぁ……いや、でも私は……」

「いいから、いいから。偶には君みたいに可愛らしい中堅冒険者さんと話すのも面白そうだ」


 男は、そう言い廃教会の奥へさっさと入って行ってしまう。

 ……正直、入りたくない。

 けど、肝心の荷物を渡していないし、少し気になるのも事実。

 

 ――誰が、何時もお茶してるって? 

 

 あの、男っ気の欠片もないぐーたら女が、お茶?

 それが事実なら、このネタだけで一年は楽しめる!

 意を決して、扉を開けて中へ。


「こっちだよ、早くおいで」


 男が奥から手を振っている。

 どうやら、この広い空間は昔の礼拝堂。男の居住スペースは更に奥らしい。

 まぁ、こんなとこで寝起きはしないか。

 追いつき、尋ねる。


「どうして、こんな所に住んでいるの?」

「話せば長くなるけど、単に巡りあわせかな。あと、案外と部屋が広くてね、物置に便利なんだよ」

「物置?」

「見てもらった方が早いかな。さ、どうぞ」


 そう言って、扉を開ける。そこには――


「!?」

「いいね、その反応。最近、あいつは無反応か皮肉しか言わないからね。昔は初々しかったのに……時の流れは残酷だ」

「な、何なの、こ、これは……」


 言葉にならない。

 目の前に広がっていたのは天井までの巨大な棚。それが何列も続いている。

 収められているのは、無数の剣、槍、斧等の武具。私が持っているそれとは、格が違う。これ、全部魔剣とかなんじゃ……。

 そして、明らかに上級と分かる魔石や宝石の原石。こんなのは、オークションでも見た事がない。

 強い魔力を帯びている無数の本。昔、実家にいた頃、一度だけ見たことがある禁書らしき物も。

 そして……まさか、そんな――恐る恐る近づき、聞く。


「……これ、龍の鱗じゃないわよね?」

「ああ、それ。赤龍らしいよ。『ごめん、仕留めそこなった!』って手紙が来てたね、王都から」

「…………」


 何を言ってるのか理解出来ず茫然とする。

 龍――龍と言ったのか、今。

 冒険者を志したならば、誰もが倒してみたいと夢想する、あの龍と。


「昔、少し後押しをした子達がいるんだけど、未だに色々と送ってくるんだよ。手紙だけで良い、と言ってるんだけど……みんな聞き分けてくれなくて」


 男の顔をまじまじと見る。

 その瞬間――職員の子が言っていた事を思い出した。


『その男は育成者を自称している』

『その男に育成を頼んだ冒険者は今や皆、大陸級である』


 まさか、本当に?

 私が見つめたままでいると、困った表情。


「どうかしたかな?」

「あ……な、なんでもないわ」

「そうかい? 君が今日、持ってきてくれたのも多分そうだよ。ここの物が気になるなら後で見ておいき。さ、こっちだ」


 通路なのだろう、一列だけかなり広めに幅が取られている。

 進んで行くとまた扉。

 開けると、そこは明らかに生活スペースだった。

 椅子を指さし、声をかけてくる。


「そこに座ってて。紅茶と珈琲どちらが好みかな?」

「なら紅茶で」

「はいはい。甘い物は大丈夫?」


 こくり、と頷く。それを見た男は笑顔。口笛まで吹いている。

 ……まるで、冒険者らしくない。ましてや、龍を倒すような冒険者の師匠には全く見えないけれど。

 手持ち無沙汰なので、椅子にかけたまま周囲を見渡す。

 綺麗に整頓されている部屋だ。とても、独り暮らしの部屋(しかも男の)とは思えない。

 私が泊っている部屋よりも余程綺麗。何か、敗北感。

 そして、ふと気が付く。あれ、客観的に見たら今――


(見ず知らずの男に連れ込まれてる!?)


 腰が浮き、がたん、と椅子が音を立てる。

 動揺。何しろそんな経験、今までない。男の部屋に入ったことすら初めてなのだ。


「どうかしたかい? はい、お口に合えば良いけれど」 

「あ、う、そ、その……」

「変な子だなぁ。さ、お食べ」


 男が小皿を差し出してくる。載っているのは三角形の白いお菓子? 真ん中にちょこんと野苺が置いてある。


「食べたことある? ショートケーキと言うんだ。流石に苺が手に入らなくてね。野苺で代用。あ、紅茶もどうぞ」

「……いただくわ」


 いきなり、毒を盛られる事もないだろう。……多分。

 お菓子を口に運ぶ――そして、衝撃。何これ!

 とても甘く、土台部分もふんわりとして、中にも野苺が入っている。

 こ、こんなの食べたことない。

 夢中になっていると、穏やかな視線。

 

「気に入ってくれたかな?」

「う……と、とっても美味しいわ、ありがと」

「良かった。はい、サイン」


 男が小さな紙を差し出してくる。受け取り封筒と小箱を手渡す。

 ――サインの名は『ハル』。珍しい名前。



「自己紹介もまだだったね。僕の名はハル。一応育成者をしてる。ここで知り合ったのも何かの縁だし、役に立つ助言はいるかな? 8

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