第2話 レベッカ―2

「ごめんなさい。今、レベッカさんにご紹介出来る討伐任務はありません」


 受付の担当職員(因みに私より一つ年下の女の子だ)がそう謝ってくる。

 朝の鍛錬を終えても、昨日から続くむしゃくしゃと漠然とした不安は収まらず。 こういう時は、思いっきり剣を振り回せる討伐任務でも、と思って来た冒険者ギルドだったのだが……。

 不発とは。ついてない。溜息が出る。


「そう……仕方ないわね」

「申し訳ありません。あ、でもパーティを組まれるなら」

「……いい」

「そ、そうですか――あ、ならこれはどうですか?」


 そう言うと、職員は受付の奥へ引っ込み、すぐ出てきた。

 そして、机の上に置いたのは片手で持てる位の小箱と、封筒。


「これは?」

「はい。本当は先輩のお仕事なんですけど、今日、偶々お休みされてまして、支部長が依頼にして良い、と」

「つまり?」

「冒険者なりたての頃よくやりませんでしたか? おつかいクエストです!」

「…………帰るね」


 きびすを返して外へ――行く前に手を掴まれる。

 げんなりしながら顔を向けると、思ったよりも真剣な表情。


「レベッカさん、これを単なるおつかいクエストだと思ってなめていませんか?」「思ってるけど」

「甘いですね。甘々です。これは、あの先輩が、怠け者で、隙あらば仕事を押し付ける、あの辺境都市一のダメ人間が、誰にも渡してない仕事なんですよ?」  

「分かった。今度、愚痴は聞いてあげるから」

「ありがとうございます――って違います!」 

「ちっ」


 思ったよりも反応が早い。しかも、珍しくしつこく絡んでくる。

 余程、鬱憤が溜まっているみたいだ。可哀想に。

 まぁ確かにちょっと気になる。

 この子の先輩職員はとにかく仕事をしないことで名を馳せており、辺境都市の冒険者ならば誰しもが知っている。あの人間ハーフエルフが仕事を渡さない?

 異常事態だ。天変地異を少し疑う。


「先輩はこの事について何も教えてくれません。なので、分かっているのは二つだけ……まず、品物と封筒――多分手紙だと思います――が届きます」

「届くって、何処から?」

からです」

「へっ?」

「帝国内だけじゃありません。大陸各地からです。北も南も東も西も、何処からだってきます」

「だ、誰が送って来てるの?」

「流石にそこまでは。この封筒にも、宛先としてうちのギルド名が書かれているだけですし。開けたら法律違反になっちゃいますから……」


 置かれた封筒と小箱をしげしげと眺める。確かに、宛名が書かれているだけだ。

 それにしても大陸各地とは。こんな辺境に送ってくるだけでも大変だろうに。


「それが届くと先輩は荷物を持ってすぐ出かけられます。つい最近まで行先は不明でしたが……秘密を知りたいギルド内有志がカンパを募り、高位冒険者さんに尾行してもらい、先日突き止める事に成功しました!」

「……何をしてるのよ、あんた達は」

「仕方なかったんですよっ! あの人、異常に警戒能力が高くて、非番の職員ではあっさり撒かれるか、からかわれるばかりで……」

「で、何処だったの?」


 そう尋ねると、にやりと笑う。

 ……悪そうな笑顔ね。可愛い顔が台無し。


「クエストを受けてくれない限り、これ以上は話せません」

「……分かった。受けるわ」

「ありがとうございます。そう言って下さると信じてました。この小箱と封筒をですね、街外れにある廃教会――御存知ですか? に運んでください」

「知ってるけど……それだけ?」

「はい。現状分かっているのは先輩がそこに行ってることだけです。帰る時、手ぶらなので、品物は置いてきているか、誰かに渡していると思われます」

「ねぇ……」

「なんですか」

「これ、危ない話じゃないわよね?」


 何か、無性に胡散臭い!

 しかも、私がちょっとだけ苦手な怪談話の気配も漂う。まさか、はめられた?


「違います。むしろ良い話です。確定した情報は話した点だけですが、その廃教会には、噂話がありまして」

 

 曰く『街外れの廃教会に奇妙な男が住んでいる』

 曰く『その男は育成者を自称している』

 曰く『その男に育成を頼んだ冒険者は今や皆、大陸級である』


 怪しい……余りにも怪しい。

 そんな人間がいるなら苦労はないだろう。

 第一、すぐ有名になって人が押し寄せるだろうに、そんな話は聞いたこともない。噂ですら初めて聞いたし。

 やっぱりこんな話は断って――



「しまえなかったのが私の悪い癖かな?」


 目の前には廃教会。

 確かに古びてはいるが、思ったよりもボロボロじゃない。

 門をくぐり敷地内に入る。怖い話はちょっと、ほんのちょっとだけ苦手なので、勿論、まだ真昼間。


『先輩が、廃教会内に入って行くところまでは確認が取れています』


 あの子の言葉を思い出しつつ、教会の扉をそっと押す――開いてる。

 覗いてみると中は意外な程、広かった。ステンドグラスから十分な光が入ってきていて明るい。少なくとも入り口から見る限り人影はなし。

 ベンチが幾つか置かれている。……はっ!


「まさか、昼寝をする為に来てたんじゃ?」

「いや、あれで律儀な子だからね。ここでは寝ないし、真面目だよ。他では怠け者だけど」

「ああ、分かる気がする。確かに妙なとこで律儀――」


 ……私は今、誰と話している? 

 後ろを振り返ると、穏やかそうに笑う眼鏡をかけた細見の男が立っていた。

 何時の間に。



「珍しく、外へ出てみたらこんな可愛らしいお客人がやって来るとは。さて、僕に何か御用かな?」 



 これが、ハルとの出会い。なお、私にとっては『運命の』がつく。

 ……恥ずかしいから誰にも言ってないけどね。 

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