第1話 レベッカ―1
伸び悩んでいる。それを自覚したのはつい最近のことだった。
二回り以上歳が離れた男と無理矢理結婚させられそうになり、実家から逃げ出したのが約2年前。
冒険者になったのは生きる為だったけれど、全てが自己責任なこの世界は私の性に合っていた。
幸い、剣も魔法もそれなりに使えたから色々あったものの、階位も確実に上がって順調……少なくとも半年前までは。
今、私の冒険者階位は第8階位。中堅どころ。
それが半年間全く上がってない。剣術や魔法、その他スキルも。
伸びが鈍ったことはあった。けれど、こんなに長く自分が何も成長してなかったのは初体験。
冒険者ギルドからの依頼はこなしているし、強敵ともやりあっている。
そして、今日
「残念です。上がっていませんね」
「ありがと。何か良い依頼があったら教えて」
「はい。あの、レベッカさん……気になさらない方が良いですよ?」
「大丈夫。気にしてないし。私はまだ16歳だからね」
「そうですよ。はい、今日の買取り金です。少しおまけしておきました」
冒険者ギルドの担当職員からお金を受け取る。強張りそうな顔に何とか笑顔を浮かべ、その場を後にした。
定宿にしている宿屋に戻り、ベットに寝転がりながら考える。
(……何でなんだろう?)
鍛錬は毎日続けている。
自分よりも強い冒険者に教えを乞うてもいる。
階位に合った怪物とも戦っているし、格上の敵を倒してもいる。
だけど、何も成長しない。
実戦経験という、見えない部分は成長しているだろうけど、やはり数字(ギルドに設置されている鑑定石と呼ばれるアイテムで測れる)も少しずつで良いから成長してほしい。
じゃないと不安になる。
今更、家に戻る気はないし、頼れる人間にも当てがない。
(私はもっと強くならなきゃ。そうでないと何時か……)
不吉な考えが頭をよぎる。
ダメだ。
今日は、外で美味しい物を食べよう。多少、気分も晴れる筈だ。
私が拠点にしている辺境都市は、その名の通り帝国辺境領の中心都市。
駆け出しから、中堅、熟練者まで多くの冒険者が集い、それに関連する店も多く活気に溢れている。
歩いていると、顔馴染の冒険者や、店の主人から声。軽く挨拶。
ここに流れ着いて約2年、それなりに名前も知られるようになってきた。
美味しい行きつけのお店も出来たし、少ないけど友人がいない訳でもない。
ただ、何となく固定のパーティを組むことはしないまま、ここまできてしまった。多分、ソロが気楽なんだろう。
今日は、買取り金も手に入ったし、ちょっと高めの定食屋へ。
『定食屋カーラ』。このお店のうりは、海鮮料理である。内陸にある辺境都市で魚介類を食べれるお店は少ない。輸送コストを考えれば高くなるも仕方なし。
「いらっしゃいませ。あ、レベッカさん」
「こんばんは」
「ここ最近、来られないからどうしたんだろう、って父と話してたんですよ」
「この通り無事よ」
「良かったぁ」
お店の看板娘であり、店名の由来でもあるカーラが声をかけてくる。私と同い年で、数少ない友人の一人。今日も元気だ。
席へ通されて、おまかせ定食を頼む。
「お、レベッカじゃねぇか」
……嫌な奴の声が聞こえた。無視。
「おい! 無視すんじゃねぇよ! 聞こえてんだろ!」
「……うるさいわね。お店の迷惑になるでしょ」
「やっぱり聞こえてんじゃねぇか」
ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべこっちを見ているのは、ダイソン。
私と同じ第8階位の冒険者で、つい先日まで第9階位だった。
同じ時期に辺境都市へ流れつき、それ以来、私にちょっかいをかけてくる。
当初、圧倒的に私を下に見ていたが、あっという間に抜かれたのを根に持っているんだろう。
……そして、追いついたことを自慢したくて仕方ないのだ。
「そろそろ第7階位かと思えば、まだ上がってないみたいだな」
「……あんたには全く関係ないことでしょ?」
「はん! 俺は知ってんだぜ?」
「……何をよ?」
「お前がこの半年、足踏みしてることをだよ」
「…………」
どうして、その事をこんな奴が知ってるんだろうか? ギルドが漏らした?
いや、それは考えづらいか。わざわざ、信頼を崩壊させない筈。
「諦めてうちのパーティに入ればいいんじゃねぇか? 夜も含めて可愛がってやるよ」
「……気持ち悪い。鏡を見てから言ってほしいわね」
「つけあがるんじゃねぇぞ。今まではお前の方が多少、先に行ってたが、これからは違う。俺の方が上になった時、泣いてパーティ入りを懇願しても」
「――小僧。うちの店で何してんだ?」
殺気を感じる声。
お店の主人であり、カーラのお父さんでもあるロイドさんが立っていた。
「ロ、ロイドさん。ち、違うんすよ」
「うるさい。出て行け」
「……ちっ。レベッカ覚えておけよ」
そう言い捨ててダイソンは逃げていった。
「大丈夫か?」
「すいません、ありがとうございました。流石は元第3階位。威圧感が違いますね」
「レベッカさん!」
カーラが飛びついてくる。震えている。
……私の身体も。
「ごめんなさい。止めようとしたんですけど、あの人、強引に……」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「嬢ちゃん、一ついいか」
ロイドさんの目が此方を見据える。
私も背筋を伸ばす。
「お前さんは何時も気負い過ぎだ。そんなじゃ足をすくわれるぞ」
「はい……」
「よし、説教は終わりだ。飯、喰ってけ」
今なら分かる。きっと、この時がどん底。
翌日、冒険者ギルドで私は運命に出会う。
――最初、全然信じてなかったのは秘密だけど。
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