第1章 レベッカ

プロローグ

 大陸最強国家である帝国の帝都には毎日、全土から様々な物品が持ち込まれる。 

 北方から、南方から、東方から、西方から――貴重品や珍品は贅沢にも飛空艇や飛竜が使われる事もしばしばだ。

 この都を探してなければ大陸内にその品はない、とすら言われる程の繁栄を誇っている。

 そんな帝都に大陸中にある冒険者ギルド、その本部が置かれるのは必然だった。

 本部ギルドに配属されている職員は百戦錬磨である。各地のギルドで経験を積んできており、早々驚いたりはしないのだが


「……何ですか? これは」

「何って、だけど」


 あっさりとそう言ったのは白金の長髪が印象的な若い女だ。

 冒険者にしてはかなりの軽装。腰の魔剣だけが高位の冒険者であることを主張している。


「……レベッカさん」

「うん」

「何回、言えば分かってくれるんですかっ! ソロで真龍に挑んだりしないで下さい!! 無茶です、無謀です、自殺願望でもあるんですかっ!!!」


 この世界において、竜とは最強種の一つである。並の冒険者ではまず歯が立たず、毎年多くの者が命を落とす。

 そんな竜が歳をとると『龍』となる。これらは真龍と呼ばれ、ここまでくると最早、天災である。個人が挑むべき相手ではなく、国家単位で対処する相手なのだ。

 だが、同時に龍の素材はその希少性から、恐ろしい高値で取引きされている。

 そんな素材が今、無造作にギルドの受付に置かれていた。


「買取りは出来ないの?」

「そ、そう言う話じゃありませんっ。勿論、買い取らせていただきますが……」

「一頭分あるから全部お願い」

「…………今、何て?」

から。何処にその素材を出せば?」


 聞き耳を立てていた、ギルド職員、冒険者達の中でその瞬間、時が止まる。


 そして――爆発するような大歓声。

 真龍を討伐した冒険者、しかも単独での討伐者となると、大陸に数多いる冒険者でも二十人足らず。

 彼等は新しい『英雄』の誕生を目撃したのだ。騒ぐな、という方が無理である。

 そんな周囲の喧騒を他所に、レベッカは職員に淡々と告げた。


「何か騒がしいし今日は帰るね。明日、また来るからその時に引き取りをお願い。取り合えず、その牙は手紙と一緒に何時もの所へ送っておいて。超特急で」

「え? レ、レベッカさん! ちょっと、待って――」


 引き留める間もなく、彼女の姿が掻き消える。

 茫然とした職員は自分の頬をつねってみる。痛い。夢ではない。

 目の前には禍々しいとすら思える牙と、彼女らしからぬ(と言っては失礼だけど)可愛らしい封筒が置かれている。牙だけで一体幾らになると思っているんだろうか?

 黒龍一頭分の素材となると想像も出来ない。おそらく入札制になるだろう。当分の間、大商人や大工房、国の研究機関や軍はてんてこ舞いに違いない。

 まぁその前に、主役が消えても大騒ぎをしている目の前の連中をなんとかしないといけないのだが。


「……また、とんでもない事をしたねぇ、彼女」

「ギルド長」


 好々爺、と表現されるのが適切だろう白髪の老人が、いつの間にか後ろに立っていた。

 大陸全土に根を張る巨大組織冒険者ギルド、その頂点である本部のギルド長である。種族は半エルフと聞いたことがあり、年齢は軽く300歳を越しているらしい。


「彼女が帝都に出て来てから約2年になるけど、真龍を討伐するまでになるとは思わなかった」

「帝都に出て来て2年って……レベッカさん、まだ10代後半ですよね? 私が去年配属された時、既に第1階位でしたけど」

「2年前は第5階位だったよ」

「……天才っているんですね」


 冒険者の階級は、最初第21階位から始まる。

 当然、実績を積めば少しずつ上がっていくのだが、彼女のように10代で、表向きの最高位である第1階位まで登り詰める人間は極めて稀だ。歳からして、僅か数年でそこまで辿り着いたことになる。

 そして、今回の一件で彼女は『屠龍士』の資格を得た。第1階位の更に上へ進むのはほぼ当確だろう。


「そういえば、その牙は先に鑑定してしまっていいのかな?」

「いえ、何時も通り送ってほしいそうです、辺境都市へ。……毎回、思うんですけど、誰に送ってるんでしょう、これ。しかも、レベッカさんだけじゃなく、結構な人が同じ場所へ戦利品を送ってますよね?」

「…………さぁねぇ。きっと、お師匠様でもいるんじゃない?」

「第1階位の冒険者で、龍殺しになるだろう人や有名冒険者達のお師匠様、ですか? ふふ、もしそんな人がいるなら大陸中から教えを乞う人が殺到しちゃいますよ」

「ハハハ、ソウダネェ」


 ギルド長が乾いた笑いをしている。どうしたんだろう? 単なる冗談なのにな。

 優秀な師匠につくだけで簡単に強くなれたら苦労はないじゃないですか!




 とある辺境都市の廃教会に、一人の男が住んでいた。

 若い頃は冒険者をしていたらしいが、細かい話を聞いた者は誰もいない。

 そんな廃教会には今日も今日とて、大陸全土から様々な物が届く。

 武器・防具・魔法の巻物・古書・各種魔石、時には龍や悪魔の素材。

 毎日届く品々に頭を抱えているこの男、一部の人間からはこう呼ばれている。



 ――『辺境都市の育成者』と。

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