第16話 陰謀の気配
ゼウラエの悪魔の死体は、放置して帰ることとなった。
ティアは何やら不満そうだったが、この人数で悪魔などという大物を退治した、あるいはその階層まで下りたと分かってしまえば、それはもはや自分の正体を名乗ったようなものだ。
デュランはそう言いつつ、ゼウラエの悪魔が守っていたダンジョンの魔力核を手に取った。真っ二つに割れているが、魔力は残っている。
ダンジョンを維持するための魔力核は、モンスターダンジョンからしか発見されない。
厳密には恩寵のダンジョンにも魔力核は存在する。が、恩寵のダンジョンは深く潜れば潜るほど攻略難易度が上がり、神が作っただけあって極めて深い。公式には最下層まで行って戻ってきた人間は居ないことになっているため、その辺りの事情は誰も知らない。
恩寵のダンジョンであれば、一日二日で入って戻って来られるはずがない。これを見せればブーレも納得してくれるだろう。
魔力核がなくなったことで、ダンジョンに設置されたトラップはその機能を失う。だが。
「さて、走りますよ」
「分かりました、師匠!」
「え?」
デュランの言葉に事情をよく知っているティアが頷き、ウィリエが首を傾げる。
「ウィリエ殿、こちらに」
「え? きゃあ」
説明している時間はないので、デュランはウィリエを抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこという体勢だ。
それを見たティアとカウラが騒ぎ立てる。
『ちょっと! ひいきが過ぎるんじゃなくて!?』
「師匠、ずるいです! 私も!」
「剣が何を言ってるんですかカウラ。ティア、ウィリエ殿ときみの体力を考えたら仕方のないことだろ?」
『ぐぬっ! やり直しを要求するわああっ!』
「くっ、鍛えたこの体が憎いいっ!」
「あ、ウィリエ殿。頭や足が壁に当たると危ないですから、出来るだけ身を縮めておいてくださいね」
「は、はいっ」
デュランが走り出すと同時に、ウィリエが顔を赤らめてデュランの胸元に頭を寄せる。極力背中と腰に負担のかからないように気を付けながら、デュランはダンジョンを上に向かって駆け抜ける。
ぱらぱらと、天井から砂が落ち始めた。魔力による補強を失ったダンジョンが、その構成を徐々に崩壊させているのだ。
ダンジョンアタックの死因で多いもののひとつが、魔力核を失ったダンジョンの自壊に巻き込まれて生き埋めにされることだ。
ひどいところだと、砂漠にあるという『不帰』のモンスターダンジョンが名高い。魔力核を失った途端に流砂が流入して、中に踏み入った冒険者を全滅させるという。埋もれた魔力核は再び起動して数か月ののちにダンジョンを再構成し、埋まって死んだ冒険者たちがゾンビ系のモンスターとなって住み着くのだとか。
ここはひとまず鉱山地域なので即時の崩壊はないだろうが、急ぐに越したことはない。デュランとティアは一心不乱にダンジョンの階段を駆け上がる。
逃げ出そうと上を目指すモンスターたちの背中が目に入る。魔力核の喪失はこうした棲息モンスターにとっても死活問題で、実際のところ冒険者もモンスターも戦っている場合ではない。
が、後ろを走るティアにとってはそうでもないらしい。魔剣ガルンケルブを抜き放ち、間合いに入ったモンスターを片っ端から斬りつけていく。
「ううむ、容赦ないね」
「背中を見せているのが悪いんです!」
機嫌悪くそう言い切ると、ティアは縦横に剣を振るう。
危険を感じた一部のモンスターが振り返るが、どうにもならない。
デュランは巻き込まれないようにモンスターたちの頭を踏みつけ、少しだけ先行する。
「ティア、気が済んだら急ぎなよ」
「師匠!?」
「だってほら、ウィリエ殿が居るからね」
デュランはカウラとの対話で妙な方に振り切れてしまった愛弟子を生暖かく見守ることにして、先を急ぐことにしたのだった。
***
ダンジョンから出てきたデュランは、すぐさまウィリエを降ろしてカウラを抜き放った。外は日が落ち、夜になろうとしていた。
ダンジョンから溢れ出てきたモンスターたちは、野生化すると周辺都市に害を及ぼす。
ティアより先行したのは、何もウィリエに累が及ばないようにするためだけではないのだ。
入口からわらわらと出てきたモンスターたちを、目にも留まらない速さで斬り捨てていく。
上層にいたであろうモンスターたちは、もう逃げ散ってしまっているだろうか。
「ウィリエ殿、浄化の聖印を刻んでいただけますか」
「え。あ、はい。分かりましたぁ」
顔を赤らめてぼんやりとしていたウィリエが、地面に手をかざす。
「魔に穢されし大地よ、維持の女神スルオリの名の下に命じます。その魔を吐き出し、正しき姿を取り戻しなさい。
ウィリエの詠唱が終わると同時に、地面に白い光が刻み付けられる。
周囲が微振動を始めるのと、ダンジョンからティアが飛び出してくるのはほぼ同時だった。
「師匠!」
「来ましたか、ティア。周囲に散ったモンスターを探しますよ」
「分かりました!」
「ウィリエ殿。ボルデコに戻るのはもう少しお待ちください。繁殖するタイプのモンスターを放置しておくと、後々ボルデコに悪影響が出ますので」
「分かっています、デュランさま。さあ、参りましょう」
地面の振動が止まる。聖印が消えた。
魔力の残滓を吐き出し尽くし、ダンジョンが完全に崩落したのだ。穴は完全に塞がり、もうどこがダンジョンだったのか分からないほどに跡形もない。
その後、デュランたちは周囲を探し回ってダンジョンから逃れ出たと思われるモンスターたちを斬り捨てて回った。
ボルデコの街に戻ったころには既に深夜となっており、酒場と宿くらいにしか明かりはついていなかった。
***
「嘘だ! あれは恩寵のダンジョンだ……そのはずだ!」
ブーレは思ったよりも強情だった。
ダンジョンを出てから三日の間、デュランとティアは宿に、ウィリエは聖殿に籠もって表に出なかった。宿の女将にも金を渡して口裏を合わせるように伝えてあったので、三人が一晩かからずにモンスターダンジョンを踏破したことについては表に出ていないはずだ。
デュランが怪訝そうな顔をすると、ブーレは慌てたように首を振った。
「す、済まない。命がけでダンジョンを踏破してくれた人に言うことじゃなかったな」
「いや、構わないさ。恩寵のダンジョンはそう簡単に見つかるもんじゃないしな。期待に応えられなかったことは済まないと思うが」
「それこそ、俺があんたに当たることじゃなかったよな。すまん」
再び媚びたような笑みを浮かべたブーレが、デュランが見せていたダンジョンの魔力核に手を伸ばしてくる。
が、デュランは魔力核を渡さず、そのまま懐にしまい込んだ。
「え?」
「どうした?」
「いや、それ。ダンジョンの核だろ?」
「ああ、そうだな。これは恩寵のダンジョンではない証拠だが、恩寵のダンジョンの証拠じゃない。当初の取り決めでは、これはこちらの取り分だったはずだな?」
「そ、それは」
ブーレの口元が歪む。事前に出してきた条件を忘れていたはずはない。魔力核を必要とする理由でもあるのだろうか。感情を悟らせないように気をつけつつ、デュランは笑みを浮かべてみせた。
「勘弁してくれよ。こっちは魔力核くらいしか大した実入りがなかったんだ。使った分は回収しないとな」
果たしてブーレは食いついてきた。うんうんと大きく頷くと、両手を広げて提案してくる。
「そりゃそうだ! 悪かったよデュランさん。どうだろう、その魔力核を言い値で買い取らせてもらいたい」
「そうだな、そりゃ助かるが。魔力核は売るよりも俺たちにとっては有用な使い道があるんだよな」
「使い道?」
「ああ。聖印を刻み込んで、転移の魔術石にするんだ。これだけの純度なら、相当上質の魔術石が出来る」
「馬鹿な、そんなことをしたら!」
「……そんなことを、したら?」
間違いない。ブーレはあのダンジョンが恩寵のダンジョンではないことを理解していた。そして、魔力核に魔力を注ぎ込んでいた悪魔の正体も知っている。
「そんなことをしたら、折角の魔力が変質してしまう」と、ブーレが言いかけたのはそれだ。慌てふためくブーレに、デュランはもうひと押しする。
「転移の魔力石は、モノが少ない分超高級品だからな。金も欲しいが、その前に命を大事にするならこの選択肢もありだろう?」
「う、それは」
「ま、どちらにしても俺の一存じゃ決められないな。連れや今回パーティを組んだ連中と相談してから返事するよ。それでいいかい?」
「仕方ないな。だが、どちらにしても工房に持ち込む前に返事をくれないか? 頼むよ」
「分かった分かった。仲間たちも疲れちまって寝込んでるから、返事はまた三日後でいいか?」
「ああ」
フードの奥の見えない部分から、睨みつけるような視線を感じる。
デュランはぷらぷらと手を振ると、ブーレに背を向けて歩き出した。
宿までの道を体を解すふりをしながら、ブーレがこちらを尾行しているのを確認しながら。
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