第15話 生き残りを探して
特に探索することもなく、デュランはずんずんとダンジョンを進む。
ティアとウィリエはその少し後ろをついて歩くばかりだ。
『ねえ、デュラン。本当に最下層まで行くつもり?』
「ええ」
背負われたカウラが疲れたような声を上げるが、デュランの反応は冷ややかだ。
正直なところ、現状背中で騒いでいるだけの気軽な立場なのだから、疲れた声など上げて欲しくないところだ。
「あのブーレが僕たち以外にも声をかけていた場合、深層に向けて頑張っている冒険者もいるはずですから。騙されて入ったなら彼らも被害者、諸共に吹き飛ばすのは申し訳ないというものです」
『自己責任よ自己責任。天災に抗い得るほどの力を持つ人は少ないわ。ねえ、デュラン。時間の短縮にもなるわ、やっちゃいましょう?』
「しつこいですよ、カウラ。その天災を作り出すのは僕ときみです。それを決断できるほど、僕は強くありません」
『まったく、頑固なんだから。そこがいいんだけど』
カウラが口を閉ざすと同時に、前方から数本の矢が飛来する。
デュランはカウラを抜くまでもなくそのすべてを叩き落とした。視線を巡らせるがモンスターの姿はない。トラップを踏んだか。
「落とし穴の類は沈黙させましたし、あとはこの手のトラップだけ気を付けないと」
「そ、そうですね」
ティアが呆れたような声で応じる。
地面を強く踏み叩いて、落とし穴系の罠をすべて誤作動させる。見える範囲の落とし穴という落とし穴、落下系のトラップが次々と反応していく様は見ていて壮観だったが、そういえばティアは唖然としていたような。
「トラップの解除って、簡単なんですねぇ」
「いえ、ウィリエさん。そんなことはありませんからね、絶・対!」
何やら嫌な思い出でもあったのか、ティアがウィリエのぽやんとした感想をばっさりと切り捨てる。
「そうなのですか?」
「ええ! 私の住んでいたユフィークトでは、落とし穴系のトラップが一番死因の高い罠なの。一流のトラップバスターは、どんなパーティでも絶対に手放せない重要なポジションなんですよ」
「へえ、その方たちもデュランさまのように?」
「……こんな力技で解決するひと、ほかにいません」
失礼な会話だが、これが一番効率的で楽なのだ。
そして、この手の楽な方法でトラップ解除が出来ないので、普段のデュランはダンジョンアタックを嫌っていた。
ユフィークトの恩寵のダンジョンにも、ランドドラゴン級の話がなければ入ることはなかっただろうし、別の理由もあって、デュランは根本的に恩寵のダンジョンに入るのを極力避けている。
今回は周囲に気を使わなくて良いし、楽なトラップ解除を行うこともできる。デュランは本当に気楽な面持ちでダンジョンを進んでいた。
「おっと」
壁の左右から突き出された長槍を、カウラを抜き放つことなく両腕で掴み、そのままへし折る。
引き抜くこともできたが、むやみに引き抜くと次の槍が補充されて逆に危ない場合もある。
「このフロアに人の気配はありませんね。じゃ、次に行きましょう」
しかも、全体を見て回ることすらせず、フロア内の生き物の気配だけを頼りに進むのだ。
と、前方からモンスターの姿。粗末な装備で身をつつんだ小鬼たち、ゴブリンである。
キィキィと彼らの言葉を叫びながら、こちらに駆けてくる。
デュランは小さく溜息をついた。
「ティア」
「はいっ!」
勇躍、飛び出したのはティアだ。魔剣ガルンケルブを抜き放ち、間合いに入ったゴブリンの頭部を斬りつける。
斬りつけたはずなのに、がぶりと噛みつくような音が響く。先頭のゴブリンは、最も勇敢であったゆえに最初にその命を喪うこととなった。
「ギィッ!? ギャギャッ!」
警戒を叫ぶのは一番後ろの、おそらくリーダーだろうがもう遅い。
ティアが振り抜いたガルンケルブは、傷口の周囲に重篤な裂傷を与える。しかし、脳天を断ち切られたゴブリンはそれだけで即死だ。
撒き散らされた血漿を鎧で堂々と受けながら、ティアは次の獲物に取り掛かる。
デュランは周囲の気配を探り、他のゴブリンが近づいてきていないことを確認している。ウィリエを守る必要があるからだ。
一方、神の領域を目指すと決めたティアは、モンスターとの戦闘を通じて神の領域を目指すと決めたらしい。カウラもいけだのそこだの、何というか師匠のようである。
酔狂なものだと思うが、本人たちは充実しているようなので最早止めるまい。
程なくゴブリンの群れは駆逐され、革鎧とガルンケルブを血に染めたティアが戻ってくる。青肌のブルーゴブリンはダンジョンに住まうゴブリンの中でもそれなりに厄介な部類なのだが、彼女にとっては何ほどのものでもなかったようだ。
「あらあら、血に汚れてしまいましたね。
ウィリエが笑顔のまま、ティアに浄化の魔術をかける。
彼女も随分と胆の据わった女性だ。ティアの魔剣はその性質上、どちらかというと周囲は惨状の様相を示すことになる。血まみれのティアを見ても動じない辺り、巫女としてもよく鍛えられているようだ。
「武器のチョイスを間違えたんじゃないかな、ティア」
「……かもしれません」
『あら、私はミリティアらしくて素敵だと思うわよ?』
邪教の祭壇と言われても仕方のないような様子になった周囲に溜息をつくデュランとティア。
喜んでいるのはカウラくらいだ。
取り敢えず、嘆いていても仕方ないのだ。
一行は先に進むことにする。
***
蹂躙と言っても良い行程でダンジョンを進んだデュランたちは、ひと際強い気配を感じるフロアに到達した。
「ここが最下層のようだね」
デュランは目の前にある巨大な扉に掌を当てて呟いた。
内部にある気配はひとつ。巨大な生物であるのは間違いないが。
「結局、人はいませんでしたね」
「そうだね。全滅したのか、ブーレは本当に僕たちに初めてここを案内したのか。どちらにしろ無用な被害者を出さなくてすんで良かったよ」
にこやかに告げるデュランは、既に攻略を終えたような言い方だった。ティアが首を傾げる。
「ここが残っていますけど?」
「モンスターダンジョン攻略の鉄則。最下層では馬鹿正直にやらない」
「はあ」
「特にこういうあからさまなやつはね。という訳で」
デュランは二人を後ろに下がらせると、カウラを抜き放った。
「さて、やりますよカウラ」
『任せて!』
柄を通して、カウラに魔力を送り込む。剣を頭上高く掲げ、緑色に輝く刀身を思い切り振り下ろす。
音はなかった。抵抗もない。振り下ろされたカウラの刀身から放たれた緑色の輝く刃は、問答無用で扉ごと部屋の中を両断していった。
――ギャウン!
断末魔の声は短かった。
少し待てば、部屋の中の気配はすうっと消える。
「はい、おしまい」
デュランが扉を押すと、抵抗なく倒れていき、そして。
その奥には、一応避けようとしたのだろう、頭だけが少しだけずれて無傷で、その下の体を真っ二つに斬り裂かれた巨大な魔物が横たわっていた。
「これは一体、何なのでしょうか」
人型の魔物である。
魔物の顔は、現存するどんな魔物のそれとも違って見えた。
角はないが、毛髪を必要としていないつるりとした皮膚。見開かれた瞳は五つ。耳にあたる部分には穴が開いているが、耳そのものはない。
腕は四本。壁を見ると、巨大な武器がいくつも所狭しと飾られており、状況に応じて手に取って振るうつもりだったのは明白だ。
『ゼウラエの悪魔じゃない』
「知っているのですか、カウラ」
『知っているも何も。魔界の伯爵級悪魔よ。私の直属じゃないから名前までは知らないけど、魔界にあるゼウラエ地方で領地を持っていたはずだわ。なんでこんなところに』
その言葉に、同郷の者に対する憐憫の情のようなものはない。あくまで理解できないという疑念だけがあった。
魔界の主神であるカウラリライーヴァが執着するものは少ない。そのうちのひとつであるデュランの前に立ったならば、たとえ自分の配下である悪魔であろうとその刃にかかることに微塵の躊躇もない。
デュランは今更ながら、交戦するまでもなく斬り伏せられた挙句、母たる主神に悼まれることすらなかった悪魔にわずかばかり同情するのだった。
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