第14話 神々のゴミ捨て場
翌日。スルオリ聖教の聖殿奥にて。
何とか復帰したティアは、どちらかというとデュランにとっては不幸なことに、アリッサの願いを受諾した。
確かに、聖女見習いのミティエの為には最善だろう。デュランとて、アリッサさえ絡んでいなかったら二つ返事で引き受けていたはずだ。
ということは、つまりデュランが気分を害しているのは、アリッサが絡んでいるという一点に尽きる。世間知らずの聖殿騎士がダンジョンでものの役に立つはずがないことを考えれば、デュランが手を貸すのは真っ当な道理なのだ。
ミティエに手を貸すことで複雑な気分になっているのは、あくまでデュランの個人的な感傷によるものでしかない。聖騎士としての己の未熟を恥じつつ、デュランはアリッサを前にやはり冷淡な口調を隠せなかった。
「聖殿騎士達への説明は勝手にそっちでやってくれ。あと、俺の素性はどうあっても明かさないこと。それくらいの義理は果たせよ?」
「ああ、はいはい。分かってるわよ。心の狭い弟分を持つとこれだからねぇ」
「人を売るような姉貴分を持つとこうなるのさ」
剣呑な様子のデュランとアリッサに、ティアが驚いたような顔をして、そしてぼんやりとしているミティエに話しかけた。
「ミティエさん。私はミリティアと言います。ティアと呼んでくださいね」
「ティア様、ですね。私はミティエ。ええと、お名前。似ていますね」
「そうですね」
「ああ、それならミティエ、あんたは今日からウィリエと名乗りなさい。聖ウィリエ。この聖騎士サマが手伝ってくれるんだから、万にひとつも失敗はしないでしょ。先にあんたに聖女としての名前をつけても怒られることはないわ」
何しろ最高神のふたりから愛されている聖騎士サマだからねえ、と含んだような言い方でアリッサが言い放つ。
デュランは頭を押さえながら、ミティエ改めウィリエに視線を向けた。
「ありがとうございます、アリッサ様。ではデュランさま、ティア様。これから私のことはウィリエとお呼びください」
「ああ、その、うん。ミティ……ウィリエ殿がそれでいいのであれば」
何というか、ペースの掴めない女性だ。
捉えどころがないというか。
「師匠、それで行先のダンジョンというのは」
「ああ。ちょっと情報が手に入ったのでね。まずはそのダンジョンに入ってみようと思っているよ」
「情報ですか」
「恩寵のダンジョンらしいダンジョンが見つかったという触れ込みだね。恩寵のダンジョンであるという証を渡すことを条件に、中で手に入ったものは全部こちらの物にしていいという条件で」
「ずいぶんと気前がいい話ですね?」
「それは違うよ、ティア。恩寵のダンジョンの証を手にするということは、貴族に列せられてこの街を支配する権利を手にするということだからね。それに、ダンジョンで価値のあるものが手に入る保証なんてどこにもない。それを善意とばかり考えても良くない」
「はあ、そういうものなんですね」
「ユフィークトはすでに恩寵のダンジョンだからね、そういうものを目的にしている冒険者はいない。恩寵のダンジョンじゃないダンジョンを狙う冒険者たちの目的の大半は貴族になることさ。さて、じゃあちょっと話をつけてくるよ」
貴族なんてそんないいものじゃないけどね、と結んで。デュランはアリッサの居室を後にしたのだった。
***
「アリッサ様は、師匠と何か?」
デュランが出て行った後、ティアはアリッサに問いかけた。ダンジョンの場所を聞くからと昼まで別行動と決まっていたからだ。
アリッサは――デュランに見せていた冷笑を崩すと、苦い笑みに変えて首を振った。
「そうね。小さいころは、結婚を約束していたこともあったわ」
「えっ」
「二人とも、今のような立場なんてなくてね? どこにでもある、農村の子供だったのよ。小さいころから、あの子は違った。賢くて、力持ちで、いつだって遠くを見てて。周りは変なやつって言っていたけど、私には違って見えた」
在りし日を思い浮かべるアリッサの瞳は、果たして何を映していたのか。
「彼はきっと、物語で語られるような英雄になる。日に日にその思いは強くなるの。そして、自分の方は日々何も変わらず、ただの村娘のまま。焦っていたのよ。置いて行かれるようで、いつか自分では物足りなく思われそうで」
「アリッサ様は、師匠を今も?」
「そしてある日、スルオリ聖教の聖殿に迎えられるの。巫女の資質を認められてね。彼は喜んでくれた。でも、私がその時言った言葉が、王家の耳に入った。村に、英雄になると思う人がいる。自分はその人に釣り合うようになりたくて聖女を目指しますって」
ティアからの問いには答えず、アリッサは続ける。
「デュランはすぐに騎士団で頭角を現して、私は聖女候補になった。好き勝手なことを言う人はいてね。彼を国に売ることで、私は聖女候補になったって。彼を取り込みたい人たちはそれを触れ回るのよ。本当かどうかなんて関係ないから」
「そんなことが?」
「彼はずっと私を信じてくれていたけれど、いろいろあってね。今はあの通り、よ」
「じゃあ、その誤解を解けば師匠も」
「……なんてね?」
と、そこでアリッサは再び人の悪い笑みを浮かべた。
きょとんとするティアに、くすくすと笑いながら否定するのだ。
「嘘よ、嘘。私は聖女として人々から傅かれるこの生活が忘れられなくなっちゃったの。求婚してくれたあいつを手ひどく袖にしたのよ。だってほら、考えてもみて? 何もしなくて良かった生活から、あいつのために家のことをして、人に頭を下げて、それでいて聖女みたいに楚々としてなきゃいけないわけ。さすがにね、耐えられないわぁ」
「え、と」
「恨まれても仕方ないことしてるのよ。貴女、デュランが好きなんでしょ?」
「あの。いえ、それは」
カウラに続けて、アリッサからも見透かされてティアは顔を赤らめる。
答えるに答えられないのでもじもじしていると、アリッサは視線をウィリエの方に向けた。
「ウィリエ。貴女はデュランのことをどう思う?」
「とても素敵なかただと思います」
「そう。ならもし、デュランから求婚されたなら、聖女の立場を捨てるつもりはあるかしら?」
「はい」
「ちょ、ちょっと待ってくださいアリッサ様⁉ ウィリエさんも!」
慌てて止めに入るが、アリッサは悪戯な笑みを浮かべて言う。
「気をつけなさい、ティアさん。ウィリエはデュランの好みのタイプだから」
「えっ!?」
「ライバルを受け入れたのは貴女だからね。ゆめゆめ気をつけなさい? あいつはそろそろいい年だから、身を固めるのには積極的なはずよ」
***
デュランがブーレに教えられたダンジョンは、街から出てしばらく山道を歩いたところにあった。
確かに大きなダンジョンが口を開いている。
場所を確認したデュランは、ティアとウィリエを連れて再び入口の前に立ち止まっていた。
「そんなに、遠くないのですね」
「確かに。これほどの大きなダンジョンが今まで見つかってないなんて、不自然ですよ。ねえ、師匠?」
「ここを紹介したブーレいわく、このあたりは麓と街をつなぐトンネルの近くだから人が近づかないという話だね。その話の真偽はともかく、筋は通っている」
「では、ここが恩寵のダンジョンかもしれないと」
「それはありません」
ウィリエの言葉を、デュランは明確に否定した。特に強い調子でもなく、それがさも当然であるかのように。
首を傾げる彼女に、デュランは平然と続ける。
「山中に神々は恩寵のダンジョンを作らないからです。なぜなら、そもそも山とは恩寵のダンジョンを掘る時に掘り出した土を積んだ土と岩の集積場だからです」
「え!?」
「ほかの神が捨てた盛り土にダンジョンを掘るなんてことは、神様がたにとってはプライドが許さないそうで。神様がたなんてのは個性の塊ですが、そういうことにはうるさい。ですから」
黒々とした穴を開けて犠牲者を待つダンジョンの入口を見据えて、デュランは言い切った。
「このダンジョンは悪魔かモンスターが作った、モンスターダンジョンです」
『そうね。だから山に作られたモンスターダンジョンは、昔はこうも呼ばれていたのよ』
背にいるカウラが、呆れたような声で言った。
『神々のゴミ捨て場、ってね』
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