第17話 悪魔の魔力核

 宿に戻ってきたデュランは、その日は特に何もせず、そのまま休むことにした。

 ブーレが単独なのか、あるいは何らかの組織の一員であるかがこれでハッキリとするからだ。組織の一員であるならば黒、単独であるならばやはり黒だ。

 事情を聞いたティアも、ガルンケルブを手に取れる位置に置いてベッドに入る。

 カウラを壁に立てかけて、デュランも自分のベッドに入った。

 特に手の届く範囲ではないが、それでいいのだ。


「頼みましたよ、カウラ」

『ええ。心配しないで』


 心配はしていないが、そう言ってしまうとまた拗ねてしまうのがこの女神のややこしいところだ。その辺りはぼかして、眠りにつく。

 どうせ、どんなに気配を消したとしても、この体は侵入者や敵意があれば勝手に目覚めてしまうのだ。ならば警戒するだけ損というものだから。


***


「あう、うああ、いえうああああっ!?」


 悲鳴にもなっていない声が室内に響いたのは、深夜だった。周囲に漂う、甘ったるい匂い。比較的嗅ぎなれたものだ。

 デュランは慌てることなく体を起こす。暫く目を閉じて光のない状態に慣らしていたので、侵入者の姿はしっかりと見えている。

 侵入者は四人。そのうちの一人はカウラを手にしてしまったので、もはや戦力としては数えられないだろう。


「な、なんだ……!?」


 声を上げてしまったのはブーレだ。気配を消すのは素人にしてはなかなか上手いが、だがそれだけだ。ティアも無論起きていて、ガルンケルブをそのうちの一人に突きつけている。


「その日のうちに、とはこらえ性のないやつ」

「デュラン!」


 黒づくめの一人が憎々しげに呻いた。ブーレの声だ。

 相変わらずフードを被っているが、四人の中ではひときわ背が低いので、誰だかよく分かる。


「く、尾行させたのは誘いか!?」

「お前、最初の時に尾行に失敗したのに気づかなかったのかよ」


 呆れたように言えば、ブーレは今更自分の失態に気付いたようだった。舌打ちして、得物を抜く。もう一人も得物を抜くが、残りの二人はそれどころではない。


「魔力核はどこだっ!」

「どこもなにも、ここにあるよ」


 と、懐から魔力核を取り出す。

 視線がそちらに集中するところで、デュランはそれを握りつぶした。


「なっ! お前、何を!?」

「お前、この魔力核に魔力を注いでいたのが何者か、知っていたな?」

「何をばかなっ」

「ゼウラエの悪魔。あのダンジョンを俺たちが攻略したことも、割られたとはいえその魔力核を持っていたことも、予想外だったはずだな」


 ブーレは答えない。ベッドから降りて近づくと、それと同じだけ後ずさった。


「この香は貴族の間で使われているバリベルト草の香だろ? 深い催眠作用があるが、今時の貴族はこの程度の量では効かないぞ」


 何しろ、長い期間使われすぎて耐性を持ってしまったのだ。

 今ではかなり濃く使っても、ある程度代を重ねた貴族は少し眠気を強くする程度で、逆に安眠用の香として愛用されるようになっているほどだ。


「この街には貴族は居ませんからね。昔ながらの使い道をしていても不思議ではありませんよ、師匠」

「お、お前ら貴族か! 貴族のくせに何故」

「何故も何もあるかよ。声をかけた相手が悪かったのさ。さて、教えてもらおうか」

「な、なにを」

「お前たちが管轄している同種のモンスターダンジョンはあといくつあって、冒険者を今まで何人送りこんだのか、をさ」


 誰もが息を飲んだのが分かった。

 まさかデュランが状況を言い当てるとは思わなかったようだ。


「何のことだッ!」

「凄むなよ。図星だと言っているようなもんだぜ? 最近、組合では冒険者の失踪が問題になっているそうだ。あんたも言っていたとおり、何人も送り込んだんだろ? となると、あのダンジョンだけではないはずだ」

「っ……!」


 ブーレの口が軽かったわけではない。しかし、デュランたちが入ったダンジョンひとつに冒険者を送り込んでいたのだとするなら、やはりあまりにも痕跡が少なかったのだ。


「さて、教えてもらうぞブーレ。なに、心配するな。すぐに言いたくないなんて言ってられなくなるから」

「く、来るな! 来るなよっ!」

「ティア。ロープを用意しておいてくれ」

「はい、師匠!」

「うああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 香はこの部屋だけに焚かれたものではないようで、ブーレの悲鳴に反応する者は誰もいなかった。


***


「で、こいつらを監禁しておけというわけね」


 寝起きなのだろう、不機嫌そうな顔でアリッサが呻く。

 無理もない。まだ日も昇っていない時間帯だ。

 スルオリ聖殿に四人の侵入者を連れて現れたデュランに、アリッサは目元を揉みながら告げる。


「事情を考えれば、仕方ないでしょう。しかし、こういうことは出来れば今回だけにしてほしいものね」

「何を言っているんだか。僕はそちらの依頼を遂行しているだけさ。聖殿は今回のダンジョン多発の調査をしている。そして、こいつらはその原因を知っているか、あるいは首謀者だ。尋問するなり拷問するなりお好きにどうぞ」

「人聞きが悪いわね」


 フードをはぎ取られたブーレは、青ざめた顔でデュランとアリッサを見比べている。


「聖殿の奥まで入るなんて。お前、聖殿の回し者だったか」

「ああ、神官位は持っているが」

「なに、デュラン。あんた素性を明かしてないの?」

「まあね。様式美ってやつさ」

「ああ、そういうこと」


 アリッサが納得したように頷く。

 彼女を護るべく傍らに立つ聖殿騎士たちが、四人を引っ立てる。


「ああ、へらへらしている男はカウラを手にして心が砕け散った奴だから、尋問しても無駄だと思うよ」

「あらあら。業の深い魔剣ね、あいつ」


 縛られたブーレたちがぞろぞろと連れ出される。ブーレ以外は街のごろつきという風情なのだが、フードを剥かれたブーレは意外なほど整った顔立ちの男だった。

 背丈は低いが、育ちは決して悪くなさそうだ。わざわざフードで顔を隠すまでもないような風貌だということは、街では比較的知られた顔だということだ。

 最後に振り返り、じろりとこちらを睨んでくるブーレ。


「ブーレ」

「何だ」

「冒険者を悪魔への供物にするのはどういう気分なんだ? 悪魔に殺された人間の魂は、冥界に行くことなく魔界でやつらの慰みものにされるわけだが」

「知るか。冒険者など、社会の底辺じゃないか。この街のためにその命が費やされるのだ、感謝してもらわないとな」

「そうか」


 歯を剥いて笑うブーレ。この表情こそが彼の素の笑顔だということか。


「この街で生まれ育った職員に顔合わせをするといい。きっとそれなりに知られている男だ」

「デュラン、貴様ぁっ!」

「あと、王都に連絡を入れてくれ。騎士団が必要になるおそれがある」

「騎士団?」

「ああ。カウラからの情報だ。悪魔による魔王殿敷設の可能性があるとさ」

「それは大事件ね?」


 あくまでアリッサは余裕の姿勢を崩さないが、部屋を出ようとしていた聖殿騎士たちが愕然とした顔でこちらに振り返る。


「聖女様⁉」

「そうね。王都の聖殿に伝達を。ボルデコで魔王殿発生の予兆あり、と」

「しかし! 魔王殿の情報がその男一人によるものでは……!」

「不満?」

「ええ! いかに聖女様の昔馴染みと言いましても――」

「デュラン?」


 困った様子でこちらに話を振ってくるアリッサ。

 だが、こちらに向けられた顔はにやにやと、明らかに狙っている様子だ。


「……ったく。貴殿ら、口は堅い方ですか」

「は? 口ですか」

「ええ。僕はこんな姿をしていますが、聖殿の神官位を持っています」

「先ほども言っていましたね。ですが、私はそれを信用しておりません」

「ならば、これなら信用してくれますか」


 デュランは溜息をついて、を呼び出した。

 青い光が夜明け前の聖殿を照らし、満ちる静謐な魔力。

 聖殿騎士のふたりが、今度こそ顎を外さんばかりに驚愕する。


「信じてくれました?」

「ふぉ、フォース」

「それ以上はいけない。よろしい?」

「は、はいっ」

「な、何だよ。あの青い鎧が一体何だって」

「煩い! 黙って歩け!」


 背筋がピンと伸びた二人が、何やら気合もあらわに四人を連れて行く。

 鎧を消しても静謐な魔力だけはそのまま残る。アリッサが苦笑しながらつぶやく。


「てきめんねぇ」

「まったく。じゃ、頼んだよ」

「あら? お茶くらい出すわよ?」

「戻って寝る」


 アリッサの流し目に反応することもなく、デュランは彼女に背を向けた。


「情報が引き出せたらこちらに伝えてくれ。あと、ブーレの素性だけは早いうちに確認しておいた方がいい」


 捨て台詞のようにそれだけ告げて、聖殿を後にする。

 アリッサが肩を竦めるのが気配で分かるが、デュランは振り返らなかった。

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