第11話 懸念と出会いと怪しいローブの男
翌朝。
色気のないうめき声を漏らしながらベッドに突っ伏しているティア。
確認するまでもなく二日酔いだ。
「飲み過ぎですよ、ティア。今日は水を飲んで休むんですよ」
「し、師匠はなんで何ともないんですか」
「そりゃ、あなたと違って飲む機会は多いですからね。慣れました」
一方のデュランは平静そのものだ。酒など一切残っていない。酒への強さが生来のものなのか、カウラやエイリウルメーヴェシュの加護によるものなのかは自分でも分からない。
恨みがましい目でこちらを見てくるティアには構わず、デュランはカウラを背負い、準備を完了する。
「うう、師匠はどこへ?」
「何やらダンジョン絡みで奇妙な事件が起きているようですからね、ちょっと調べてきます。無理して起きる必要はありませんよ。僕も今日はダンジョンには入りませんから」
「分かりました、お気をつけて」
ベッドに突っ伏して呻き始めるティアを置いて、デュランは部屋を出た。鍵だけはしっかりとかけて。
***
山中には基本的に、恩寵のダンジョンが存在しない。それにはいくつか理由があるのだが、人の身でそれを知る者は少ない。
山中にモンスターダンジョンが多数発生するというのは、決して珍しいことではない。何らかの力が発生している場合もあるが、恩寵のダンジョンが近くにあるとダンジョンを作ったとしてもそもそも旨味がないのだ。
デュランが懸念しているのは、この現象が何者かによって起こされた場合だ。
何気なく街並みを散策している風を装いながら、デュランはカウラに問う。
「カウラ、今回の件はどう思いますか」
『どうかしらね。この前のミミックダンジョンも奇妙だったけど、酒場で聞いたっていう怪しいローブの男の話? それが引っかかるわ』
「モンスターダンジョンに人が関わる理由はありませんからね。坑道を観光名所にしているこの街でダンジョンが増えているのは大ごとです。その割には王国軍に討伐を依頼した様子もない。気になりますよ」
デュランは溜息交じりに街並みを見回す。
ボルデコの街は今日も賑わっている。縦横に引かれた水路に沿って、石造りの鍛冶工房が並ぶ。
ユフィークトや王都ではボルデコ産の装備は一流の品と評判だ。工房に併設された装具屋には、冒険者よりも商人の姿の方が多い。
冒険者は恩寵のダンジョンを好む。ボルデコに住む冒険者は、自分たちが恩寵のダンジョンでは歯が立たないと諦めた者か、恩寵のダンジョンに挑む前に自らを鍛えようと思っている者のどちらかだ。
ミミックダンジョンで命を散らしたリージェットは果たしてどちらの冒険者だったのだろうか。
「お、スルオリ神殿ですね」
『え、ええ』
カウラは姉妹でもあるスルオリディレーソを苦手にしている。メリッサでもあるエイリウルメーヴェシュのことは好敵手と言い張るのだが、不思議なものだ。
メリッサがスルオリ神殿に詣でたという話も聞かないから、もしかするとふたり揃ってスルオリディレーソが苦手なのかもしれない。
と、神殿からぞろぞろと法衣を着た一団が歩いてくるのが見えた。
男女八人。スルオリ聖教は入信するのに資格を必要としないが、神殿に就業するには何らかの資格が必要であるという。一応は信徒であるデュランは、聖騎士という立場上スルオリ聖教の神官位も持っている。
ボルデコは良質な鉱石の産地ではあるが、だからこそ『僻地』でもある。スルオリ聖教の神官たちの中に、デュランの正体を知っている人物がいるはずもない。
「あっ」
と、思っていたのだが。
「せいきし、さま?」
美しい声で呟く女性。顔立ちは幼く見えるが、体つきと身長の高さは彼女が立派に成人していることを理解させた。
デュランは一目見て、その顔立ちに心を奪われた。
「あなたは」
「ミティエといいます。巫女見習いをしています」
「そうですか」
決して特別な美貌というわけではない。声は美しいが、天上の美声というならメリッサこそが相応しい。
しかし、その声はデュランの耳に心地よく響く。陶酔しかけたところに、デュランは今の自分の状態を思い出して慌てて否定した。
「ミティエ様。俺の名はデュラン、旅の剣士です。聖騎士なんて高い立場の人間ではありません」
「デュラン、さま」
と、周りもそれはないと思ったのか、口々にミティエに対して否定の言葉を投げかける。
「ミティエ様はフォースター将軍とお会いになったことが?」
「いいえ」
「そうでしょう。さすがに私も、この街に将軍閣下がおいでになるとは思いませんよ」
「でも、ダンジョンのことが」
「それは分かります。ですが、私たちが王都に遣いを出したのが三日前。王都までの道行きは遠く、まだ到着してもおりませんよ」
「では、この方は」
「ミティエ様が注目されるほど、善の力を持っておられるのですね? この方は見たところ冒険者のご様子、デュラン様と仰いましたね。よろしければ神殿で浄化の法などを学ばれてみては」
「いや、気持ちは嬉しいんだが、寄進できるほどの蓄えもなく」
デュランは慌てて言い訳の言葉を口にする。
ミティエの視線が熱く、なんとなく居心地が悪くなる。胸の高鳴りも納まる様子がない。
「それは残念。さ、ミティエ様。参りましょう。聖女様がお待ちです」
促されて歩きだすミティエと一行。
他の面々はミティエの護衛であるらしい。見ると、彼女を護るように隊列を組んで歩いている。
話を聞く限りでは、聖女は別に存在するようだが、デュランにしてみるとミティエこそが聖女であった。
「ミティエ殿、か」
『デュランの浮気者ぉっ!』
と、突如としてカウラががなり立てた。
ミティエたちが見えなくなってから騒ぎ出すのは、ティアとは違うかたちでいつもとは違う。
「そういえばミティエ殿には雷撃を放ちませんでしたね」
『うぐ』
「スルオリディレーソ様への気遣いですか?」
『ま、まあね。悔しいけどエイリウルメーヴェシュもそうだと思うわ』
「ふむ。それは良いことを聞きました」
『デュラン?』
「ミティエ殿に何か贈り物をするならば何が良いでしょうか……」
『はっ!?』
背中で愕然とした声を上げるカウラ。少々ガードが甘いと思うのだが、デュランにとっては好都合である。
***
足を組合の方向に向けたデュランは、その道中でこちらの様子を窺う視線に気づいていた。
既にカウラがその姿を克明に教えてくれていた。赤いローブの男であるという。
デュランは気付かれない程度に少しずつ歩く速度を落とす。
距離が詰まってくる。デュランが適当なところで道を曲がると、慌てて駆けてくる。
「何か用か」
「っ!?」
その一瞬で物陰に隠れたデュランは、こちらを見失って辺りを見回す男の背後に回ると、肩に手を添える。
カウラの言う通り、赤いローブの男だった。びくりと体を震わせると、媚びた笑みを浮かべて振り返った。
見えるのは口元だけで、目深にかぶったローブの下、顔の全ては見えない。
「こ、こりゃあ驚いた。気付かれていたんだね」
「ああ。視線を感じたからな」
「さすが、さすがだね! あんたみたいな凄いひとを探していたんだよ!」
肩にかけた手を握り、ローブの男は笑いかけてきた。
やはり、そう。笑みの端にはどこか気に障る空気を感じさせて。
デュランは気付かないふりをしながら、男の次の言葉を待つ。
「見てたんだ。あんた、神殿の巫女様に見とれていただろう?」
「あれを見ていたのか」
「そうとも。あの巫女様は素晴らしいお人だ。あのお方に贈り物をするなら、やはりちゃんとした品じゃないとな」
デュランの勘が告げる。何を理由に声をかけてきたのかは知らないが、どうやら大当たりを引いたらしい。
男の口元の笑みが深くなった。
「実は、まだ誰も知らないダンジョンを見つけたんだ。恩寵のダンジョンかもしれない。宝物が見つかれば、一攫千金も夢じゃないぜ」
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