第10話 赤髭のモグラ亭にて
日が暮れるころに、デュランとティアは赤髭のモグラ亭に顔を出した。
カウラは留守番である。
少し出発に手間取ったが、特に集まった者たちは出来上がったりしておらず、しんみりと杯を酌み交わしているのだった。
「おう、来たかい」
「やあ」
最初にデュランたちを目に留めたのは、組合で声をかけてきた男のひとり。確かザッダとか言ったか。
「今日はリージェットのやつを思い出してちびちびと飲むことにしてるんだ。あいつは豪快に飲んで騒ぐのが好きだったが、だからこそあいつがいないといまいち盛り上がらねえ」
「分かるよ」
一晩だったが、リージェットと酌み交わした酒は確かに楽しかった。
差し出された木製のジョッキを手にし、注がれたエールをちびりと飲む。
「ありがとよ、デュラン。リージェットに代わって礼を言うぜ」
「うん」
「ああ、来たんだね新入り」
暗い顔でふらふらと歩いてきたのはディネイ。こちらは出来上がっているというより、泥酔に近い酔い方だ。随分と酒量を過ごしたのだろう、アルコールが全身に漂ってさえいるようだ。
「あんたが最初から手伝っていたら、リージェットは死ななかったのかねぇ」
「俺はそこまで凄腕じゃないさ」
「じゃあなんで、あんたはあいつのタグを回収してこれたのさ!」
絡み酒だ。ティアが立ち上がろうとしたのを目で制して、デュランはディネイの杯をやんわりと取り上げた。
「ミミックは、それがミミックだと分かっていれば対処は簡単だ。そうだろう?」
「ああ。あいつらは硬いけど、本体に石灰を浴びせれば逆に動けなくなるからね」
「リージェットはほとんどのミミックを倒していた。俺たちが到着した時には、残りのミミックもその本体を見せていたからね、対応は簡単だった」
「そうかい……! あいつは強かった! 本当に強かったよ。あたしたちの憧れだった」
ぐずぐずと鼻をすするディネイ。
テーブルに突っ伏してしゃくり上げていたが、暫くすると寝息を立て始めた。
「すまねえな、デュラン。ディネイはリージェットに惚れていたからよ」
「それくらい分かるさ。惜しい男を亡くしたね」
「本当だとも。リージェットは組合でも貢献の高いやつだった。まったく、どこで未踏破のダンジョンの話なんぞ聞きつけたのか」
ザッダがぼやく。デュランはそれをなんの気なしに聞いていたのだが、続けて後ろから聞こえてきた言葉に意識が冴える。
「最近、行方不明になる腕利きが多くてな。やあデュラン、来てくれたんだな」
後ろから注がれるエール。振り返れば、先ほど組合の窓口で担当してくれた男が小さな樽を手に笑顔を見せた。
「行方不明?」
「そうなんだ。お前たちが踏破したモンスターダンジョンにはタグはあれしか残っていなかったのか?」
「一応、ちゃんと調べたとも。あれ以外は見つからなかったが、ミミックに消化されていたとしたら責任は持てないな」
「そうか。やはり、モンスターダンジョンが増えているという噂は本当なのかね」
「行方不明に関係しているって?」
「ああ。上層部は半信半疑だけどな。少なくともこの半年の間にモンスターダンジョンが四つ増えているのは確定している。ひとつはお前たちが踏破してくれたから、残りは三つだ」
エールをちびりと飲みながら、デュランは生返事を返した。もちろん、内心では話に集中していたが。
「モンスターダンジョンの討伐は?」
「予定しているよ。できればお前たちにも参加してほしいな」
「そんなに期待されても困るなぁ」
「何を言ってるんだ。ミミックはともかく、あの大きさのラットヘッドコボルトをたった二人で討伐したんだろう?」
ラットヘッドコボルトは、鼠頭の小型獣人だ。大型になればなるほど年を経て強くなるのが魔物の特徴だが、元々ラットヘッドコボルトは、体の小ささに似合わずベテランの冒険者でも危険な魔物だ。
天性のすばしっこさと武器を扱う程度の知能、狡猾さを併せ持つ。
「さっきも言ったように、腕利きが次々に行方不明になっているんだ。少しでも見込みがあれば依頼は出すさ」
「気が向いたらな」
「ああ。モンスターダンジョンは危険だからな、無理強いはしないさ」
「軍に依頼は?」
「言ったろ、上は半信半疑なんだ。探索は少しずつ進めているがね」
「残っているのが三つで済めばいいけどな」
デュランの言葉に、男は渋い顔で頷いた。
「そこだよ。行方不明になっている連中は、他のダンジョンに入ったんじゃないかという話もある」
「へえ?」
「行方不明になる直前に、怪しいローブの人物と会っていたって話もあってよ」
「怪しいローブ姿」
「冒険者には山ほどいるからな」
話を聞いていたザッダが呆れたように言う。
確かに、見回したら三人に一人はローブ姿だ。だいたい薄汚れているので、総じて怪しい。
魔術師は鎧を着ないというのは偏見だが、温度変化に敏感な金属鎧を彼らが嫌うのは事実だ。同時に、速さに特化した剣士たちも鎧よりローブを好む傾向がある。
デュランとティアはともに安手の革鎧を身に着けているから、彼らから最初の時点で疑われなかったのはその辺りの事情があるのかもしれない。
「この街の近くには恩寵のダンジョンはないんだっけか」
「ああ。残念ながらないな。神様は鉱山を嫌うって話を聞いたことがあるが」
「それ、俺も知っているぜ。巫女様のお話だろ? 巫女様がおっしゃるなら本当かもしれないな」
「スルオリ聖教の巫女かい。この街にも?」
「ああ。美人で気立ても良い、素敵な方さ」
三女神のひとり、維持を司る女神スルオリディレーソは人間の信仰を一身に浴びる女神だ。
同じ三女神でありながら、カウラリライーヴァやエイリウルメーヴェシュは信仰の対象になりにくい。
破壊の女神であるカウラリライーヴァは言うに及ばず、創造の女神であるエイリウルメーヴェシュは鍛冶師や研究者など、一部の者の信仰しか得られていない。
多くの人々の願うものは、新しい価値の創出よりも変わらぬ穏やかな日々であるということなのだろう。
と、ザッダが立ち上がった。周囲を見回して、大きな声を上げる。
「まあ、小難しい話はここまでだ。おうお前ら! こいつがリージェットのタグを持ち帰ってくれたデュランだ! リージェットに借りのあるやつはあいつの代わりに一杯奢れ!」
「おおっ!」
酒場じゅうから声が上がる。
ぞろぞろと立ち上がり、エールの入った樽をカウンターで受け取る冒険者たち。
「リージェットは本当に、ずいぶんと慕われていたんだな」
「腕もそうだが、面倒見のいいヤツだったのさ。この街の中堅どころの連中は、半数がリージェットに何かしら世話になってた」
「へえ」
ザッダとデュランの間に、無言で突き出される樽。
注ぐ前に飲み干せという意思表示なのだろう。ちらりとザッダを見ると、すまなそうな顔で片目をつぶった。ちびちび飲んでいる場合ではなくなったということか。
仕方なく一息にエールを飲み干す。こういった場面はデュランにしてみれば初めてではないので、慣れたものだ。
「ゴードだ。リージェットの旦那のこと、礼を言う」
「デュランだ」
なみなみと注がれるエール。乾杯を交わして、もう一度飲み干す。
「旦那は楽しく騒がしく飲むのが好きだった。ありがとよ」
「ああ」
「おう、次いいか? ティーグリーだ」
「おう」
次々に樽が差し出される。デュランは一人ひとりに答えつつ、律儀に注がれた酒を飲み干していくのだった。
隣でそのとばっちりを受けたティアが酔いつぶれて寝てしまうまで。
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