第8話 恩寵「じゃないほう」のダンジョン
ダンジョンには、神々が作った恩寵のダンジョンと、悪魔や魔物が餌を得るために作ったモンスターダンジョンの二種類が存在する。
恩寵のダンジョンは人々の信仰を得るために神々が作った試練と褒賞の象徴であるのだが、一方でモンスターダンジョンは一攫千金を狙う人間や迷い込んだ生物を捕食して内部の魔物が成長するための巣穴だ。
だが、モンスターダンジョンの中にも、悪魔が成長して魔界の神となるために恩寵のダンジョンを似せて作る場合があり、新しくできたダンジョンが果たしてそのどれであるのか、判断するのは難しいのが現状だ。
「師匠、このダンジョンは外れでしたね」
「そうだね、ティア。残念ながら生き残りはいないようだ、本気を出すとしよう」
デュランとティアはとりあえず王都から離れるかたちで旅立った。
面倒な連中とのすれ違いもなく、レーガライト王国の西端に近い、鉱山都市ボルデコを目指すこととなった。
ほとぼりを冷ます意味もあって、だ。
ディーツー・フォースター将軍のドラゴン討伐の話は瞬く間に広まっており、噂は人の足より早いのだなと実感する。
途中の宿場町で酒場に入った二人は、ランドドラゴンとデュランの死闘を高らかに歌い上げる吟遊詩人の――ある意味で実際より現実的な――英雄譚を聞き流しつつ、最近近くに出来たという新しいダンジョンの噂を仕入れたのだった。
新しい恩寵のダンジョンを見つけると、その周辺は一気に栄える。そして、最初の発見者には多量の金銭か、適性があれば領主としての貴族位が与えられるのだ。
ティアの実家であるアレキア家もそのひとつである。新たな恩寵のダンジョンの発見は、冒険者にとっては大きな目標なのだ。
「やれやれ。僕もそれなりにたくさんのモンスターダンジョンを制してきたけれど、このタイプは初だな」
「どうします? 師匠」
「どうもこうもないよ。カウラ、力を貸してください」
『もちろん!』
恩寵のダンジョンは人の殺害を目的にしていない。信仰を力にする神々にとって、人間を殺してしまうのは大きな痛手だからだ。もちろん、自分の力を過信して進む愚か者が試練に敗れて死者になることはあるが、無茶な罠や経験の浅い人間が勝てないような魔物は出ない。
ユフィークトに現れたランドドラゴンは、特殊な事例というわけだ。ランドドラゴンを一蹴するデュランのような例もあるので、深層にランドドラゴンが住んでいることに意味がないわけではないという。
さて、デュランは青い鎧の召喚まではせずに、カウラの力を解き放つにとどめた。あれを呼んでしまうと、ディーツー・フォースターが現れたことが世間にばれてしまうためだ。
『神剣』カウラリライーヴァが緑色の光を放つ。
同時に、ティアが抜いた赤鞘の魔剣が黒みがかった光を放つ。
目の前には、群れを成す箱と壺の山。
それぞれが擬態型モンスターの一種、ミミックである。
「とりあえず、ここの主はあれだ、馬鹿なんだな」
「口が悪いですよ師匠。でも、そうですね。ミミックは確かに危険なモンスターですけど、ミミックしかいないと分かってしまえば意味がないと思うんですが」
ぎちぎちと牙を噛み鳴らしてこちらを包囲するミミックたち。
二人は囲まれているというのに、特に焦ることもなく話を続ける。
「ティア、君のその魔剣。ガルンケルブの力、見せてもらうよ」
「はい! 薙ぎ払いなさい、ガルンケルブ!」
がちん、と食らいつくような音。ティアが魔剣ガルンケルブを手近な箱型のミミックに叩きつけると、そんな音が響いた。
続いてぼりぼりと、齧るような音。ティアが刃を食い込ませるたびに、ミミックの箱の部分が乱暴に砕かれていく。斬っているのではなく、刃が相手を噛み砕いているのだ。
「噛み砕く魔剣、ですか。たしかライラスティート様の愛剣にもありませんでしたっけ」
『あれは
肉が焦げる香ばしい匂いが漂う。ミミックの中身を噛み砕くガルンケルブが、その高速の咬合で熱を発しているのだ。
「近くにいる者の腹が減るのが難点、ですかね。よいしょっと」
空腹を自覚したデュランは、神剣カウラを振り回してティアと逆側のミミックたちを切り刻む。緑色の光は竜巻のように回転しながらミミックたちを飲み込み、バラバラにしてしまう。
「さすが師匠!」
「これはカウラの力ですよ。さて、ティア」
「はい! 唸りなさいガルンケルブ!」
がりごりと異音を立てながら、ミミックの体の破片が飛び散っていく。
「破片が飛ぶなぁ」
「切れ味がないのを強引に腕力でどうにかしているわけではないんですよ? 師匠」
「うん、いくらなんでもそんなことは考えてはいないよ」
ティアが顔を赤らめて言い訳する。デュランもそういうつもりで言ったわけではなかったので、頷いてティアの言葉を流すのだった。
***
ボルデコは八方を山に囲まれ、今日も新しい坑道が掘り進められている。鉱山と鍛冶の街であり、冒険者や国を顧客とした多くの商売で賑わう。
廃坑となった場所だけでもいくつもあり、中には魔物が住み着いて天然のダンジョンのようになった場所や、鉱石としては役に立たないが美しい石の多い坑道を観光名所に整備した場所など、独特な雰囲気を持っている。
組合に立ち寄ったデュランとティアは、ミミックだらけのダンジョンの主、鼠頭の
「こいつはラットヘッドコボルトじゃねえか。えらく大きいな、ダンジョンマスターでも狩猟したのか?」
「ああ。アメディル街道のふたつ向こうの宿場近くに出来てたやつだ。リージェットってやつがここの所属だったろ?」
デュランはダンジョンで拾ったタグをカウンターにざらざらと並べる。
そのうちのひとつが、リージェットと刻まれたタグだ。
「こいつは」
「酒場でリージェットと飲んだ時にダンジョンの話を聞いたんだ。うちは何しろ二人だけなんで最初は断ったんだけどな、胸騒ぎがして追いかけてみたらこんな状態だったんだ。取り敢えず、こいつが主だ。仇は取ったってことにしといてくれ」
組合の中がざわつく。
ダンジョンの踏破については、報酬の多額さから仲間割れが起きやすいのも特徴だ。恩寵のダンジョンの発見者の権利を巡って殺し合いが起きたという話もザラにある。
恩寵のダンジョンが発見されることはほとんどないが、これがモンスターダンジョンでも踏破後の殺し合いはよく起きる。モンスターダンジョンの主は極めて強大なモンスターになっている場合が多く、討伐の報酬だけでもひと財産になるというのも理由だが、多くは中で手に入る財宝や鉱石の配分で揉めるためだ。
デュランを見る視線に剣呑なものが混じる。
だが、担当の男は溜息をついて頷いた。感情を見せずに答えてくる。
「そうかい、それは大変だったな。リージェットのやつ、儲け話を見つけたとか言って出かけたと思ったが、馬鹿なやつだ。戦利品は?」
「中にいたモンスターが全部ミミックの巣窟だった、って言えば分かるか?」
「何だって? ミミックの巣⁉」
「ああ。外れも外れ。リージェットたちがミミックをほとんど倒してくれていたから、ダンジョンマスターのところまでは楽なもんだったけど。戦利品って言えそうなのはそのコボルトだけだった、ってわけさ」
両手をひらひらと振って骨折り損をアピールすれば、周囲の気配が目に見えて軽くなった。
「これが証拠」
デュランの言葉を受けて、横にいたティアが手に持った袋から箱の破片と、そこにへばりついたミミックの一部を並べていく。
「おいおい、どれもこれも色と材質が違うじゃないか。本当に全部ミミックだったんだな」
「言葉だけじゃ信じてもらえないだろ? 戦果って言えそうなのはタグの回収とコボルトだけだよ。取り敢えず清算してくれ。宿もまだ取ってないんでな」
頷いて奥に引っ込む担当。
と、何人かの冒険者がデュランの方に近づいてきた。
「あんた、見ない顔だな」
「ああ。デュランだ。こっちは相棒のティア。元はユフィークトの辺りで動いていたんだがね、ほら、噂には聞いてるだろ?」
「ああ、ドラゴン騒ぎがあったな。だが、確か王都のフォースター将軍が倒してくれたって話じゃねえか」
「らしいね。けどまあ、こっちは逃げ出したようなもんだ。しばらくはどのツラ下げても戻れないからね。ほとぼりが冷めるまで河岸を変えようと思って、さ」
「そうか、まあ、誰にでも事情があらあな。俺の名はゴーフ。リージェットはダチだ。連れ帰ってくれてありがとよ」
「俺はザッダ。宿を取ったら後で赤髭のモグラ亭に寄ってくれ。リージェットの定宿だ、一杯奢らせてくれ」
「ディネイよ。アタシからも一杯奢らせて」
それぞれの声に頷いて返す。
と、奥から出てきた担当が、貨幣の詰まった袋を持ってきた。
「リージェットほか、うちに所属した馬鹿ども七人のタグと、うちの馬鹿じゃない連中のタグが四つで銀貨七枚、銅貨四枚。ラットヘッドコボルト、ダンジョンマスターの討伐で金貨五枚だ。ありがとよ、後で俺からも一杯奢らせてもらうぜ」
袋を受け取り、デュランは気持ちのいい飲みっぷりだった一夜ばかりの友人を思う。
随分と仲間内に好かれていたようだ。
厚意はありがたく受けることにして、デュランは袋を受け取って彼らに聞くのだった。
「そいつはありがたい。それでさ、良ければ飯の美味い宿を教えてくれないか」
と。
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