第7話 結成! 身分詐称パーティ

 当たり前のことだが、デュランを称えるパーティは盛大に行われた。

 ユフィークトに住む有力な冒険者や豪商らが集い、代わるがわるデュランに挨拶していく。

 デュランとしては慣れたものだが、内心では冒険者としての自分に気付かれないかとひやひやしながら対応したものだ。

 だが、誰も気づく様子はない。冒険者の中には、デュランが一度ならずダンジョン攻略や護衛の仕事で組んだことのある者までいたというのに。


『安心して、デュラン。自分から明かした人物でない限り、素性に気付く相手はいないわ』

「……君のしわざですか、カウラ」

『私はあなたの剣だもの。あなたがしたいことを叶えるために出来ることをしただけよ?』

「恩に着ますよ」

『うふ』


 確かに、冒険者デュランと聖騎士ディーツー・フォースターが同一人物だと明るみに出てしまうと、やりにくいことこの上ない。

 カウラの気遣いに感謝しつつ、デュランは立食形式の料理に口をつける。


「とはいえ、ランドドラゴンのテールスープを味わった後だとなぁ」

「本当ですね、師匠。兄もこの街で用意できる限り最高級の品を用意したはずなのですが」

「おや、ミリティ。着替えたんですね。よく似合っていますよ?」

「あ、ありがとうございます」


 横合いから声をかけてきたミリティアは、飾り気の少ないドレスに着替えてきていた。

 師匠と弟子だったころと比べて、大人びた雰囲気と美貌、滑らかな肢体にデュランは思わず喉が鳴るのを抑えられなかった。


「師匠?」

「え? ああ、済みません。ミリティがとても綺麗でしたのでね、見惚れてしまっていましたよ」

「えっ……」


 思わず口から出た直截な言葉に、顔を赤らめるミリティア。

 次の瞬間、デュランは己の失言に気付く。顔から血の気が引くのを感じる。が。


「……あれ? 何も起きない?」

『あのね、デュラン。私だって四六時中雷を落としてばかりではないのよ?』


 背後から、呆れ声を上げるのはその元凶だ。

 カウラにだけは言われたくない。


「どうされました、師匠」

「いえ、何でもありませんよミリティ。ふむ、いい機会ですね。一曲お願いできますか、レディ?」

「っ! 喜んで!」


 ひとつ念じると、デュランの鎧は瞬く間に解け、光の粒子となって散る。その下に現れたのは、見事な仕立ての礼服だ。


「便利ですね」

「女神様から賜った鎧ですから。さ、手を」


 手を差し伸べれば、ミリティは笑みを浮かべてその手を取った。


***


 宴が終わって、アレキア家の面々とようやく落ち着いて話をする状況になった。

 現当主であるアディアラン・アレキア・ユフィークトとミリティア、その父であるフィクトラムがデュランを囲んで当主の書斎に座る。

 二人の母は随分と気持ちを持ち直したそうだが、数日伏せっていたのでこの場には同席しなかった。


「改めまして、フォースター将軍。このたびは本当にありがとうございました」

「お気になさらず。国の為に力を尽くすのは騎士として当然ですよ。……皆さんもそうでしょう?」

「はは、確かに。だが私は父として、娘のことに礼を言いたい。デュラン殿、本当にありがとう」

「いえ。僕としてもミリティを無事に連れ帰ることが出来て良かったです」


 デュランは目の前に置かれたハーブティを口にした。喉を通る暖かさとハーブの香りに、気持ちが落ち着く。

 と、アディアランが切り出してくる。


「ミリティアはこの街の民衆に人気があります。ですから、ランドドラゴン討伐に同行したことで私に疑惑を向ける者が出てきたことは確かです」

「やはり」

「実は家督は継いでいるのですが、まだユフィークト領主は父のままです。代替わりの申請が滞っているのは、おそらくミリティアを領主にしたいと思う者が国の中枢にもいるのだろうと理解しています」

「ユフィークトは富を生み出す恩寵のダンジョンを抱えていますからね。ミリティアを当主に据え、親族をその婿に入れることができれば、アディアラン殿に嫁を斡旋するよりも簡単にユフィークトの富を手にすることができますからね」

「ええ」


 溜息をつくアディアラン。ミリティアの表情は硬い。父と兄に迷惑をかけてしまったことを理解し、反省しているのだ。

 その横で、今度はフィクトラムが口を開いた。


「ところでフォースター将軍。今は何やら身分を隠して諸国を旅されているとか」

「ええ。旅をしながら、治安が悪くなっていないか、魔物の動きが活発化していないかと直に自分自身で見て回っております」

「そうでしたか。では、最近は王都ではなく?」

「ええ。組合長から手紙をいただきまして、アバディから」

「アバディ! なるほど、だからこんなにも早く」

「今頃、王都から僕の影武者が向かっているところでしょう。顔を合わせるのは嫌なので、明日にはここを出ようと思っています」

「何か複雑なご事情があるようですね。将軍、その道行きにミリティアを同行させるわけにはまいりませんか」

「……事情を伺っても?」


 治安維持という目的と同時に、デュランは嫁探しという目的があった。

 ミリティアは未婚の美女だ。同行させると嫁探しに大きな支障をきたす恐れがあった。無論、そんな内心は平静な表情で覆い隠して、問いかける。


「先ほども言いましたとおり、ミリティアはこのままでは政争の道具にされかねません。ランドドラゴンに手も足も出なかった自分を恥じて武者修行をしたい、と本人からも先ほど言われましてな。それならばお忍びで旅をしている将軍のお手伝いをしながら、ご指導を賜れば家族としても安心というもの」

「はぁ」

「それに、将軍も未婚でおられましたな? よろしければミリティアをもらってやっていただけませんか。この娘、二十二にもなって、師よりも弱い男は嫌だと。ランドドラゴンを一蹴するような豪の者が、将軍以外に居るはずもありません」

「と、父様⁉」


 真っ赤になるミリティア。

 実は先ほどのドレス姿のミリティアに、強く心惹かれる部分があったのは確かなのだが。

 デュランには背後で先ほどから沈黙を守っているカウラ以外に、もう一つの強い懸念があった。


「そうですね。ミリティと結婚するかどうかは別にして、お連れするのは問題ないですよ」

「本当ですか!」

「ええ。ですが、僕は冒険者のデュランを名乗って旅をしています。ミリティにもユフィークトの令嬢としてではなく、冒険者として振る舞ってもらうことになりますが」

「それは問題ないでしょう。このお転婆娘は、普段から冒険者に混じってダンジョンに潜っていますので」


 恥ずかしそうに頬を掻くミリティア。ことここに至っては断ることもできそうにない。


「分かりました。では明朝、出発します。僕は一旦宿に寄って荷物を整えたいので、暗いうちに出ます。ミリティ、魔剣は置いていくんだよ」

「えっ」

「ヘインバルドは色がね。ユフィークトの令嬢騎士ミリティアは桃色の魔剣を振るうっていうのは冒険者界隈でも有名だから」

「そ、そうですか。では、ヘインバルド以外の魔剣を見繕ってきます」

「え」


 デュランは目を丸くした。確かにアレキア家には家督を継ぐ者が引き継ぐ魔剣があると聞いているから、二振りあるのは知っていたが。


「幻覚効果を持つ魔剣ヘインバルドは、アレキア家の家宝である十二魔剣のひとつでしてな。当主が引き継ぐ半神剣ラッサヘディンを別として、どれも素晴らしい業物ですよ」


 自慢げにフィクトラムが一本一本を自慢げに語りだす。

 どうやら何かのスイッチが入ったようで、アディアランが苦笑を漏らした。ミリティアはそそくさと書斎を出てしまったので、戻ってくるまでは中座できそうにない。


「斬れ味だけならばやはりトゥルーシィルですな。あの護りを冒涜しているとしか言えない鋭さは一見の価値ありですよ。それにですな――」


 夜はまだまだ長い。


***


 ライトダール王城、メリッサ姫私室。

 ベッドに入っていたメリッサが、がばりと身を起こした。

 視線するどく虚空を見上げ、表情を強張らせる。


「泥棒猫が近づく気配がする! ああ、デュラン!」


 メリッサ・レーガライト。当年とって十五歳。

 さすがは創造の女神エイリウルメーヴェシュの化身である。愛情の重さだけは早くもかつての領域に届こうとしていた。


***


 翌朝。

 ユフィークトの城門そばに、五つの人影があった。


「ミリティア……いや、これからはティアか。しょうぐ……デュラン殿に迷惑のかからないよう、努めるのだよ」

「はい、アディアラン様。師匠のもと、しっかりと腕を磨きます!」


 鋼の胸当てと、赤い鞘の魔剣を腰に提げたミリティア――改めティア。デュランの場合は本名より通称のディーツー・フォースターの方が有名なので問題ないが、ミリティアは変名として普段とは違う形に名前を短縮したのだった。

 デュランは宿に置いてきた市販の革鎧と、姿をふつうのロングソードに変えたカウラ。


「それにしても、装備を見すぼらしくするだけで、こんなに変わるものなのじゃな」


 感じ入ったように組合長がぼやく。

 ちゃんとした鎧を身に着ければ二人はともに王国の至宝と呼ばれるに足る美男美女であるというのに、今はちょっと顔が良い冒険者程度にしか見えない。


「さて、では行こうか、ティア。領主さま、すみませんが、後のことは頼みます」

「はい、確かに」


 頷くアディアランとフィクトラム。組合長が何やら怖い目つきで睨んでくるのは無視して。

 デュランはティアを連れて歩き出すのだった。

 行く先は特に決めていないが、王都とは反対の方向に向かって。

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