第5話 ランドドラゴンのテールスープ

 激痛が走ったのだろう。じたばたと悶え苦しんだあと、角の一本を失ったランドドラゴンはようやく起き上がった。

 これまでとは違う、本気の怒号を上げるランドドラゴンに対し、デュランはあくまで平静だった。

 特に剣を抜くこともなく、周囲を見回す。


「タウラス、部下を下げるんだ」

「し、しかし!」

「ドラゴンの外皮は鉄より硬い。ミリティの魔剣ヘインバルドならば外皮を裂くことはできるけれど、短すぎて肉には届かない。ヘインバルドの幻惑の魔術で時間を稼いだのは正しい判断だったよ」

「師匠」


 ずん、と地面が揺れる。

 大地を踏み鳴らして、ランドドラゴンが近づいてくる。頭を掴まれるのには懲りたのか、後ろ脚だけで立ってこちらを見下ろす体勢だ。


「おっと、尻尾を使うようだね。少し下がっているといい」


 デュランもまた、剣の柄に右手を添えてランドドラゴンに近づく。

 わずかにのぞいた刀身から、赤い光が漏れる。


「ヴァルラァァァァァォ!」


 尻尾がデュランに向けて叩きつけられる。


「聖騎士殿!」

「隊長、師匠なら大丈夫です」

「しかしだな、破城槍さえ曲げるような威力なん……だ……ぞ」

「おぉい、危ないよ」


 デュランは緊張感なく、警告を告げた。

 ランドドラゴンが悲鳴を上げた。タウラスの頭上に飛び上がる影。デュランは赤く輝くロングソードを肩に担いでいる。

 ランドドラゴンの尻尾は、半ばから綺麗に切り取られている。

 タウラスが何かを察したのか、慌てて走り出した。

 落下してきた尻尾が、地面に激突する。


「カウラ。あれくらいあれば足りますか?」

『残念だけど、あれはステーキに使う部位よ。テールスープの材料になるのは根元の部分ね。生きているうちに切断しないと質が落ちてしまうから気を付けて』

「了解。それではさくさくと切り取るとしましょうか」


 ロングソードの刀身は、明らかに尻尾の断面より短い。

 だが現実として、ランドドラゴンの尾部はきれいな輪切りにされている。

 痛みと混乱で形相を変えたランドドラゴンの足元に駆け寄ると、デュランは。


「威力の出し過ぎで全部吹き飛ばさないように気を付けないと」

『調整は手伝ってあげるわよ』

「たのみます。よいしょぉ」


 力などまったく入れていない口調で、剣を振り抜いた。


『ヴルギァァァァァァァァァッ!?』


 更に太い尻尾の付け根から先が、ぼとりと切り離されて地面に落ちる。


「これで?」

『満点よ、デュラン』


 カウラの賞賛に顔が綻ぶ。

 自分の体よりもはるかに大きいその部分を引っ掴むと、デュランは力任せに斜め後ろに放り投げた。


「危ないですからねぇ」

「言ってから投げてくれよ、聖騎士殿ぉっ⁉」


 背後からは悲鳴まじりの騒ぎが起きている。

 デュランはこりこりと頬を掻くと、大きく息を吸い込んだ。


「さて、君に恨みはありません。これ以上の恐れも、痛みも、苦しみもなく」


 怯えた様子を見せるランドドラゴンを、殺意も殺気もなく見据え。


「我が前に立った不運を嘆くこともなく」


 構えもせずに剣を振れば、放たれた不可視の刃が、ランドドラゴンの頭蓋を真っ二つに両断してのけた。


***


 騎士団が取りついて、ランドドラゴンの解体を始めている。

 デュランはと言うと、残された冒険者たちの装備の残骸を集めて魔術で成形し、巨大な鍋を作っていた。

 所有権を主張したランドドラゴンの尻尾については騎士団の誰も手を出さず、ただ興味はあるのかたまにちらちらと視線が向けられる。

 一緒になって作業を手伝っているのはミリティアだ。彼女だけは弟子の気安さで普段通りにデュランに声をかけてきてくれるので助かる。


「師匠、設置できました。ここに乗せてください」

「ありがとう、ミリティ。よいしょ、と」


 急ごしらえの調理台に大鍋を乗せ、カウラに問う。


「水はどうします、カウラ?」

『分かっているわ、ちょっと待ってね。えい』


 刀身が今度は蒼く輝き、鍋の底から清浄な水が溢れ出す。


「わっ、綺麗」

『ランドドラゴンの肉と骨は、普通の調理方法では駄目なの。さ、ぶつ切りにした肉と骨を投入して』

「分かりました!」


 デュランが切り分けたランドドラゴンの尻尾を、ミリティアが抱えて鍋に投入する。

 カウラの指示を受けててきぱきと作業を進めるなか、ふとデュランはあることに気付いた。


「あれ、ミリティ」

「はい、師匠。どうされましたか?」

「君、この剣の声、聞こえるの?」

「はい! さすがは師匠です」

『……そういえば返事していたわね。あなた、武の女神の信者と聞いたけど』

「はい、そうです。女神ライラスティート様の信徒です。師匠の剣から聞こえてくる声が、時折いただく神託のお声に似ていて」

『でしょうね』


 苦笑をもらすカウラ。破壊を司る女神カウラリライーヴァのいち側面として存在する武の女神ライラスティートは、独立した神格でありながら、カウラと明確に繋がっている。

 カウラは何やら思案している様子だったが、この場ではミリティアに指示を出すばかりに留めていたのだった。


***


 ユフィークト駐屯騎士団の面々とミリティア、そしてデュランはダンジョンに腰を落ち着けて、仕上がったランドドラゴンのテールスープに舌鼓を打っていた。

 濃厚な味わいの薄い紅色のスープは、辛いわけではないが舌にぴりぴりとした刺激を与えてくる。


「聖騎士殿。これが天上でも饗されるというランドドラゴンのテールスープですか。本当に美味い」


 タウラスが堪らないといった様子で五杯目のスープを流し込む。

 心なしか、白く染まった髪の色つやが戻ってきたような。


「天上の調理器と調理師が作れば、千年は寿命が延びるというスープですから。まあ、ダンジョンでありあわせの調理器で作ったものではそこまでの効果はありません。せいぜい無病息災の加護がつくのとちょっぴり気分が若返る程度らしいです」

「いやいや、それでもこの味わいは素晴らしい! 済まないが、家内への土産に少しばかりいただいても?」

「ええ。何しろ量がありますからね。ずずっ」


 解体が済んだランドドラゴンは荷台に乗せられ、運び出しが始まっていた。

 食事を終えて元気いっぱいになった騎士団の者たちがパワフルに荷台を押して地上に向かっている。

 思った以上に効果が強いような気もする。不用意に寿命が延びたりしていないといいのだが。


「さて。それでは戦利品の一部は、王都の姫様に送っておいてくださいね」

「師匠は王都に戻られるのではないので?」


 正直に言うべきか、ちょっとだけ悩む。

 と、カウラが口を挟んできた。


『デュランは市井の人々の幸せを守るために、冒険者に身をやつして国じゅうを歩いているのよ』

「そうなのですか!」


 カウラの声は、デュランとミリティアにしか聞こえない。

 何事かとタウラスがこちらを見てくるが、デュランは気にしないでくれと手だけで彼を制した。

 ちなみに、内心では嫁探し云々を言い出さないでくれたことに安堵しているところだった。


「師匠は、邪龍を討伐された後も高潔なままであらせられるのですね。あれ、でも王都で先日お見掛けした師匠は」

『女神の使徒よ。天使が変身しているの』

「成程、そうだったのですね。私のことなどお忘れになられたのかと」

「大事な弟子のことを忘れるわけがないだろ?」

「師匠!」


 剣の指南をしていた十代の頃の可愛らしさとは違い、二十を過ぎたミリティアの美貌はデュランをして胸が高鳴るほどのものだ。

 瞳を潤ませてこちらを見てくるミリティアに、カウラが無反応なのが不気味ではあるが。


『さて、それはそれとして自己紹介をしておきましょう。私の名はカウラリライーヴァ。あなたの信奉するライラスティートとは同一の存在よ』

「ら、ライラスティート様の剣⁉」


 唖然とするミリティア。デュランは、彼女の間違いを訂正はしなかった。

 それより先に、そんな事を言い出したカウラの思惑の方が気にかかったからである。


「何を企んでいるのです? カウラ」

『や、やぁねえデュラン! 私にとってこの子は信徒なのよ? 企んだりなんてしないわよ』


 怪しい。

 企みごとという点において、カウラに対してもメリッサに対しても、まったく信用をしていないデュランであった。

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