第2話『終ぞ味うことのなかった青春の様な』


「ほら、お水。少しはスッキリした?」

そう言って水が入ったコップを笑顔で手渡してくれる。彼女は先ほどの時間で定員にお水をもらいに行ってくれていたのだ。


「ありがとうございます……。お風呂場のマーライオンになった気分でしたよ……」


それを聞いた途端に彼女は小さく吹き出した後に

「それなら私は真実の口に手を入れていた気分だったわよ?」

と返した。たまらず僕も吹き出しそうになった。


「これだけ軽口が叩けるようなら大丈夫だと思うのだけれど……。荷物。要らなかったかしら?」

「へっ……? 荷物?」


なんだ。介抱したお礼に荷物が取られたりするのであろうか、なにそれこのゼミ怖い。人間怖い。


「いや。取らないわよ……?」

ホントニ……? 僕の荷物カエシテクレル?


「だーから! 具合悪いかと思ったから先に抜けた方がいいんじゃないかと思って」

「いや……。確かにまだかなり酔ってますけど……。うん。ちょっと眠くなってきました」


どうやら僕はお酒を飲むと眠くなってしまうタイプの酔い方をするらしい。吐いてスッキリしてからも喋っていないとなんだか少し瞼が重くなってくる。


それを聞いた彼女は「うん。なら決定」と言い荷物を手渡してきた。

「私、ああいう飲み会って好きじゃないのよね。ホントはちょうど抜け出す口実を探してたの」

そう彼女は笑った。


「なーんだ。それが理由で介抱してくれてたんですね」


「あーっ、なーに。何かあると思ってた?」

次に見せたのは、意地悪そうな笑い方だった。存外彼女にはそういった笑い方が似合う。


「んーと、あったらいいなと」

曖昧に返す事が出来ただけ奥手の僕には上出来だろう。

「あら、素直なのね」

はい。それはもう。




「そういえば黙って抜けて来ちゃいましたけど良かったんですか?」

帰り道。ギリギリ路面電車が動いている時間帯だったので電停の椅子に座りながら話す。


「もちろん。あなたがマーライオンになっている間にお水もらって荷物取って来て、そのついでにみんなに伝えといたわよ」


なんと手際が良いのだろう。見習いたいものである。こういった感じで世の女の子は不埒な男の毒牙にかかるのかもしれない。それほどまでに無駄のない動きだ。


「慣れてますね……」

「お代は次のゼミの時でいいって。というか私も実はね。去年の飲み会で飲みすぎちゃったの」

なんと、彼女もマーライオンの経験があるのかもしれない。


「それ以来こういう大人数の時はあまり飲まない様に決めてるのよ。だから介抱する役回りが私に回ってきちゃう様になってね」

それは……。ご愁傷様です……。


「お酒。弱くはないんだけどね。その時は雰囲気に充てられて飲みすぎちゃって」

あー。なんかそれ解るかも。


「なんか周りが飲んでるからたくさん飲まなきゃってなりますよね」

「それにグラスを空けるとすかさず先輩が注いでくるしね。日本酒も飲まされたし……」

飲みにケーションほど怖いものはない。アレは飲まされる側としては恐怖でしかない。


「それにしてもアナタはお酒弱すぎ。ビール一杯目から顔が赤かったじゃない」

「いや、失礼な! 二杯目からですよ!」


「それ対して変わらないわよ……?」

まあ、誤差の範囲なのだろう。


「というかビール、そんなに美味しくなかったですね」

大人たちがゴクゴク飲むものだから美味しいものだと思っていたけれど、アレ、言うほど美味しくない。


「まあ、チョビチョビと飲まずに一気に飲んだ方が美味しいらしいけれど……。私もそれほど美味しいとは思えないわね」

「先輩もビール飲めないんじゃないですかー。人に言えませんよー!」

「アナタは酒に弱くて飲めなくて、私は味が好きじゃないから 飲 み た く な い なの解る? その違い」

ぐむむむむ……。


 そんな話をしているだけでブオォーーーとブレーキを踏み線路と擦れる音を立てて路面電車がやってきた。


「先輩。これ先輩の方面に行く最後のヤツですよ」

さっきからお互いお目当ての路面電車はなんどか来ているがスルーしている。


「言わなかったら終電、逃してたかもしれないのに」

そうほほ笑んだ際の表情は、暗さのせいか僕には読み取れなかった。冗談なのか、もしかするのか。


「……でも、さっきコッソリスマホで調べてたの見てましたよ?」

「……。アナタさてはモテないわね」

「……」

沈黙に路面電車のアナウンスの音がむなしく響く。


「あの……。お詫びと言ったら何なのだけれど、うん。よかったらまた飲みに行きましょう」


「先輩ってあんまり飲まないんじゃ」

「アナタと二人なら飲んでも良いかなって――」

そう言って路面電車に乗り込む。


「えっ、ちょっ待っ」

プーーッという音と共にドアが閉まり、先輩は笑顔で手を振っている。


「えぇ……」

さて、僕はここでどうすべきかと考えてみたが、まあ。その……。はい。



 グループラインのメンバーから先ほどの先輩のアカウントを探し出し、追加することにした。

 するとすぐに先輩からも追加された。


 それはなんだか、中学高校と終ぞ味わう事の無かった、青春みたいだなと思った。

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