3-植物の怪

 加害者に明確な意思がある場合、受け手というものは大抵事前準備ができないものである。明確な殺意を持った計画殺人は、被害者に抵抗されないように、気付かれないように殺すだろう。それと同じことだ。

 だからこそ、このような状況になるなんて部屋で待っていた彼らには想像もつかなかった。警備隊の人が部屋に入って来たかと思ったら、部屋の中に植物の怪物が現れるなどとは。本来、おかしくなったガショウを探していたのだ。それが怪物騒ぎになるなんて誰も思いもしなかったことだろう。

「キッヒヒヒヒ‼」

 怪物は甲高い笑い声のような叫びをあげる。そして目の前にうずくまっている警備隊の人の頭を足で踏み潰そうとする。

「させるかッ!」

 そんな怪物に向かってサラマンダーは口から火の玉を撃ち出す。

「キヒイ⁉」

 怪物は慌ててその場から離れるが、次の瞬間、剣を握ったロクトが目の前まで迫っていた。

「ふっ!」

 剣を横に振って怪物の腹を両断する。上半身と下半身に分かれた怪物の体は下半身が緑色の光の粒となって消えたのに対して、上半身はモゾモゾと動き続けている。

「花を破壊してください! コイツ、花を破壊しない限りは殺せません!」

 片手で頭を押さえたままの警備隊の男が立ち上がろうとしながら叫ぶ。ロクトはとっさに剣を怪物の花のような頭に突き刺す。一瞬ビクリと身悶えた後、怪物は動かなくなって下半身と同じように光の粒となって消えた。

「魔物とは違うのか? 死体も残らないなんて……」

 まるでそこにいたのが嘘のよう。さっきまで怪物が居た場所に残っているのは、上から突き刺したせいで床に軽く突き刺さっている剣だけだ。

「分かりません。ただ、少し前から旅館の中では今のと同じ奴らが現れて徘徊しだしたんです。奴らの総数も分かりませんが、花を破壊すると殺せることと、植物のような見た目からか火を極端に嫌うということは戦ってみて分かったんです」

 やっと立ち上がった警備隊の男が説明する。

「私は外円警備隊ミツキゴンダ支部所属のヒダネ・ヒバナといいます。ハルフリング支部長の命を受けて皆さんを怪物が徘徊する旅館から脱出させるために来ました。ついて来てください」

 そう言ってヒダネを先頭に、後ろはロクトとサラマンダーが守りながらユキ達は部屋を出る。

 そこはもはや数時間前とは完全に別の空間と化していた。壁やっ天井には植物の『根』、あるいは『つる』と呼ぶべきものが張りついており、完全に植物に支配された場所となっていた。

「何だコレ? これもガショウの仕業だってのか?」

「断言はできませんが、支部長はそう考えているようです」

 サラマンダーの呟きにヒダネは頷く。

「この植物が旅館のあちこちに侵食しだしたのも、植物の怪物が現れたのも、ガショウさんが逃げてからのことですからね。ガショウさんに憑依した何者かには植物を操るような力があるのではないかというのが支部長の考えのです」

 廊下を周りに敵がいないか確認しながらゆっくりと進む。その途中でばったり怪物達と出くわして襲われることもあったが、ロクトやサラマンダーが怪物達を倒していった。ヒダネも不意打ちさえなければそこそこの実力はあるようで、前から来る怪物の頭を炎の魔術で焼き払っていく。

「どうやら怪物達はルーナさんを狙っていると考えていいでしょう」

「わ、私、ですか?」

 ヒダネの言葉にルーナがビクリと体を震わせ、不安そうな顔を見せる。

「ええ、怪物達は他の宿泊客や従業員達には見向きもしないんです。それこそただ徘徊してるだけと言ってもいいでしょう。さすがに、こちらからちょっかいをだせば攻撃されますが、近づかなければ無害なんです。私も皆さんの部屋に入るまでは奴らに攻撃されるとは思ってもいませんでした」

 ヒダネは後頭部をさすりながら話し続ける。

「奴らはルーナさんを狙っている。そして、他は基本的に無視するが邪魔する者は排除するという指針で行動しているようです」

 だからこそ、ルーナを旅館から脱出させる必要があるのだ。怪物達はルーナがユキ達の部屋にいるとは知らなかったのだろう。だからこそ、こうして旅館内を徘徊して彼女を探していたのだ。

 そして、怪物達は情報を共有していない。既に怪物達にルーナの居場所がバレている現状で、まだ怪物達が徘徊しているのがその証拠だ。

 つまり、ルーナを見つけた怪物を倒しながら彼女を旅館から出すことができれば、敵はルーナが旅館から出たことを知らずにいもしない彼女を探し続けることになる。それは大きな隙となるだろう。

 そうして時間をかけて歩き続け、旅館の玄関までやって来た一行だったが、玄関の戸にも植物が絡みついていた。ちょっとやそっとじゃ開くようには思えない。

「まあ、こうなっている予感はしました。他の脱出できそうな場所を探すか、この戸を塞いでいる植物を燃やしてしまうか……」

 ヒダネがそう言いかけた時、ギシリと床の軋む音が鳴り響く。


 振り返ると、複数体の怪物達が、皆を取り囲むようにして玄関に集まって来ていた。


「キヒ、キヒヒ!」

 甲高い声をあげて怪物達が近づいて来る。

「ルーナさんを1番奥に!」

 ヒダネが叫ぶ。

 ルーナを守るようにユキ、ジエル、ヒルマ、ステラが彼女を囲うように立ち塞がり、さらにその外側にロクトとサラマンダーとヒダネが立ち塞がる。扇のような形を描くように怪物達に対する壁となる。

 襲い掛かってくる怪物達の頭を斬って、殴って、燃やす。だが、ロクト、サラマンダー、ヒダネの3人に対して、怪物達はどんどん集まってくる。元々玄関にたくさん配置されていたのか、それとも怪物達の叫び声に集まっているのか。頭を破壊されて光となって消える度に、新しい怪物が現れる。

「くそっ! キリがない!」

 ロクトが何体目になるか分からない怪物の頭を斬った時だった。

「キキイ!」

 怪物の内の1体が自分を構成している植物のつるのような体をほどく。そうすることで、怪物の姿は花の頭とつるを編んだ人型ではなく、花の頭に何本かのつるの触手を持ったクラゲのような姿へと変わる。

 別の怪物がクラゲ型に姿を変えた怪物の触手の内1本を掴むと、そのままロクト達に向かってムチのように振るった。生きているように動く、というか生きているムチは器用にロクト達の間をすりぬけてつるを伸ばす。

「ルーナさ……」

 狙われているであろうルーナに呼びかけながら振り向いたヒダネの言葉が途切れる。ロクトも、サラマンダーも、ユキも、ジエルも、ヒルマも、ステラも、ルーナも、誰も伸びたつるの先を見て、驚いて動きを止めた。


 怪物の触手が巻き付いたのは、ユキの腕だったのだから。


「キヒヒ!」

 まるで狙い通りとでも言いたげに、嬉しそうな声をあげながら、クラゲ型の怪物は自身の触手を引っ張る。

「きゃっ⁉」

 引っ張られたユキは抵抗する暇もなく、3歩4歩とよろけながら歩いて、前のめりに転んだ。

 クラゲ型の怪物はそんなユキの腕から触手を離し、再びつるを編んで人型になる。

 2体の怪物がユキを担ぐと、そのまま走り出した。

「え? え? えええ⁉」

 もはや何が何だか分からない。胴上げでもするかのように担がれギャグマンガのように運ばれたユキは、戸惑いの叫びをあげるしかなかった。


「いたあっ‼」

 しばらくの間わっせわっせとお祭りのように担がれて、ついた先で投げ捨てるかのように雑に降ろされる。胴上げされるような体勢だったために尻もちをついてしまった。

 ユキは尻をさすりながら立ち上がって周りを見る。湯気が立ち上っており、シャワーやら風呂桶やらが見える。どうやら大浴場まで運ばれたようだ。

「来たか……」

 そんな声と共に、浴槽の中から枯れ木のような老人が顔を出す。頭までじっとりと濡れていて、全身をお湯の中に沈めていたようだ。

「ガショウさん……」

 ガショウはゆっくりと立ち上がる。そして、浴槽の上にふわりと浮いた。

「温泉は良い。体は温まり、疲れもとれる。そして何より、炎に対抗できる水がこれでもかという程にある。そうは思わんかね?」

 怪しく、赤く、目を光らせながら語るガショウ。

「花のお嬢ちゃんではなく、自分がプラントクン共に連れて来られたのが不思議かね? 君を初めて見た時から感じていたのだよ。異界の臭いってヤツをね。君からはどうにも、この世界のものではない臭いを感じるのだがね?」

「この世界のものじゃ、ない……?」

 突然の言葉に、ユキは何と言えばいいのか分からなくなる。さっきまで、ルーナを狙っていると思っていた奴が、いつの間にか、標的を自分に切り替えていた。異界。この世界のものではない。確かにどちらも当てはまる。

「異なる世界の臭いを混じり合わせた君ならば、乗り移った時にさぞかし素晴らしい力が手に入ると思ったのだがね? 試してみる価値はあると思わんかね?」

「乗り移るって、やっぱり貴方は……!」

 彼はやはりガショウではない。だが、それが分かったところで、ガショウに憑りついた何者かは逃がしてはくれないだろう。

 ガショウが手を上に掲げると、何もなかった空間に黄緑色で先端が赤く染まっているトゲが現れる。

「さて、それじゃあ、君には眠っていてもらおうかね?」

 そう言って、ガショウが腕を振るってトゲを飛ばそうとした時だった。

「させねえよ‼」

 大欲情に大きな叫び声が響き渡った。

 振り向くと、怒りの表情を浮かべたロクトが大浴場の中にいた。

「……大浴場の入り口も、脱衣所も、プラントクンを配置していたはずなのだがね」

「あの、植物の怪物どもか? 全部潰してきたさ」

 そう言いながらロクトはユキの前に立つと、剣の先をガショウに向ける。

「ユキに危害は絶対に与えさせない。まずは俺を倒してからにするんだな」

「ふん、人間如きが一丁前なセリフを吐きおる」

「まるで、自分は人間じゃないみたいな言い方だな?」

 ロクトの言葉にガショウは顔を大きく歪ませて笑い声をあげる。

「キヒ! キヒヒ! キーヒヒヒヒ‼ そうじゃの、自己紹介をせねば学の無いこの世界の人間にはワシのことなど分かるハズもあるまいて‼」


 ガショウは大きく両手を広げ、目を見開き、口を開いた。


「偉大、強大、そして絶大なる我が名はユグドラ‼ 九の世界を支配し新たに十の世界へと根をを伸ばす、異界の神である‼ 理解できたかね? 矮小で弱小で卑小なる人間よ」


 そしてもう1度、ユグドラと名乗った何者かは顔を歪ませて笑うのだった。

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