幕間 神様少女と薬学師の卵
「ここまで来たら大丈夫です。ありがとうございました」
「いえ、困った時はお互い様とも言いますから」
森の祠の前で、男は少女にお礼を言う。少女はそれに対してやんわりと微笑む。
男はすぐに自分の村に帰ろうとした。だが。
「あら、今日もお供え物が置いてある」
そんな少女の言葉に男は思わず足を止めた。
男が振り向くと、少女は手に持っていたカゴから薬の入った袋を取り出して祠に置き、祠に供えられた食べ物や飲み物をカゴに入れていた。
「貴方だったんですか? あの薬を作ったのは」
「あ、はい。そうなんです。な、何か問題点があったんですか⁉ 効き目が悪いとか!」
男の言葉に少女は返事をすると、ハッとしたような顔をして不安そうに男に聞いてくる。
「あ、いえ! 効き目はもうこれ以上ないくらい良くて! 村中で好評ですよ! どんな怪我や病気も神様の薬があれば治るって!」
「そうだったんですか。良かったあ……」
少女は安堵の表情を浮かべる。
男はしばらく祠に置かれた薬の袋を見つめていたが、やがて意を決したように少女の方を向く。
「あの…」
「どうかしましたか?」
少女の問いかけに男は緊張をほぐすように息を吸って、吐いた後、改めて口を開いた。
「僕に薬の作り方を教えてください!」
「え、ええ⁉」
男の申し出に少女は驚きの声をあげる。
「僕、
「えと、あの、その、急にそんなこと言われても……」
「お願いします! 薬で人を笑顔にしたいんです! 薬で人に気持ちの良い生活をさせたいんです! クスリで人をスッキリさせたいんです!」
「わ、分かりました! 分かりましたから! そのなんだか危なそうな発言は止めて下さい!」
今にも土下座しそうな、というか既に片膝を地面につけていた男に少女はつい了承してしまった。悪い人ではないのだろう。言動はアレだけど。
「とりあえず、暇な時にでも家に来てください。そうしたら教えますから」
「はい! ありがとうございます!」
そう言って男は土下座した。土下座を阻止するためでもあったのだが、土下座してしまった。
「ええと、それではこれから何と呼べばいいんでしょうか? やっぱりモノを習うのですから『先生』と呼ぶべきでしょうか?」
「せ、『先生』はちょっと恥ずかしいので止めて下さい……ルーナです」
少女の言葉に男はきょとんとする。
「私の名前、ルーナ・ワインレッドといいます。ですからルーナとお呼びください」
「分かりました。ルーナさんですね? それでは、僕のことはドクトールと呼んでください。ドクトール・メディーセル、僕の名前です」
「はい、ドクさんですね?」
「ドクさん⁉」
そんなこんなで、ルーナと名乗った少女はドクトールと名乗った男に薬の作り方を教えることとなった。
それはルーナにとって初となる、自分の世界の外側との交流であり、この日から彼女の世界は少しずつ広がっていくこととなった。
そしてそれは、彼女にとって最も輝かしく、楽しく、嬉しい思い出であり、彼女の過去の最高到達点であった。
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