1-才能の花が開く時

 次の日、夏の月51日、アイドル見学2日目。ユキが歌声前線の本部を訪れると、何やら騒がしい音が聞こえてくる。音の聞こえて来る場所を探すと、大練習場だいれんしゅうじょうと書かれた部屋たどり着いた。

「……! ……! ……‼」

 部屋の外まで響いてくる音。この部屋の中で一体何が起こっているというのか。

「……勝手に覗いたらダメだよね?」

 そんなことを考えていると。

「ユキさん?」

「わひゃあああああッ⁉」

 後ろから声をかけられた。振り向くと、叫んでしまったせいか驚いた顔のマネージがユキのすぐ後ろに立っていた。

「す、すいません。そろそろユキさんが来る頃かなと思って入り口前まで行こうとしたら、ユキさんの後ろ姿が見えたものでつい」

「い、いえ、こちらこそ勝手に入ってしまってすいません」

 怒られるかと思ったが、まさか謝られるとは思わなかった。そんなにひどい悲鳴だったんおだろうかと、ユキは少し余計なことを勘ぐる。

「あの、この部屋からさっきから聞こえてきている音は?」

 とにかく本題に戻ろうと、ユキは目の前の扉を指さしながらマネージに問いかける。

「ああ、ここでは今丁度ラゴラさんが曲の練習をしているんです」

「曲? 歌う練習じゃなくてですか?」

 扉を指さした姿勢のまま、ユキが首を傾げると、マネージは心の底から本当に嬉しそうな笑顔で答えた。

「はい! ラゴラさん、問題を乗り越えたんです!」


「叫べええええええええええええええええええええッ‼」

 部屋の中に入ると、激しい音楽と共にラゴラの叫び声が聞こえてきた。

「燃やせ! 燃やせ! それでいいのかお前の人生! 突っ立ってる暇があるならさっさと靴を履け! 走れええええええええええええええええええええッ‼」

 全力のシャウト。重くて激しい音楽が鳴り響く中でラゴラは声を張り上げて歌っていた。昨日の今日でここまで変わるものなのか。

「昨日ユキさんが帰った後にラゴラさんが私の所にやって来てこう言ったんです。叫べる曲を歌いたいと。最初は彼女の叫びがちゃんとした歌になるのかと心配しました。ですが、実際に歌ってみると、彼女、歌えるんですよ。今までこうした叫ぶように歌うことを前提とした曲がありませんでしたから、ついつい、既存の歌い方に当てはめようとしてしまうんですよね。それをラゴラさんは覆したんです。新しい可能性に挑戦することによって」

 ユキの隣でそう語るマネージの目は輝いていた。

「挑戦……」

「そう、新しいことへの挑戦。それを新人アイドルがやるにはかなり勇気のいることなんだけどね」

 独り言のつもりで呟いたユキの言葉を拾ったのは、いつの間にかユキの隣に立っていたマリアだった。

「歌って言うのは音と歌詞に込められた想いを伝えるためのもの。だけどそれは言いかえれば想いの押し付けにもなってしまう」

 想いの押し付け。重い押し付け。歌というのはいつだってなんだって独りよがりだ。そんな独りよがりの歌に共感して、好きになってくれる人がいるからこそ、歌は多くの人々に愛される。

「ラゴラちゃんがやろうとしているのは今までにない全く新しい歌い方。既存のレールにない歌い方である以上、どれだけの人が彼女の歌を愛してくれかは分からないわ。本当はこういうことっていくつか曲を出してるアイドルがやることなんだけどね。言い方は悪いけど、全然音版が売れなくて1曲ぐらい失敗してもまた立ち直れるもの」

 だが、ラゴラは初披露曲でそれをやろうとしている。たぶん本人にその自覚はないのだろう。初披露曲での失敗、それはアイドルにとっては重いダメージとなるだろう。

「でも、彼女はきっとへこたれないのでしょうね」

 そう言ってマリアは、優しい目でラゴラを見つめていた。

「何があったのかは大体知ってるけど、彼女には立ち直って前に進む才能がある。どれだけ大きな壁にぶつかっても、きっとその壁をよじ登るなり、ぶち壊すなりできる人になった」

「……なった?」

 マリアの言い方にユキは少し戸惑う。最初からそういう人物ではなかったということか?

「ラゴラちゃんをあそこまで前向きにしたのは、貴方よ」

「へ?」

 急な指名にさらに戸惑うユキ。マネージもマリアも嬉しそうに笑っているものだから、悪いことをした訳ではないのだろうが……。

「ラゴラさんが言ってたんですよ。ユキさんに『叫んでしまえばいい』と言われたって」

「い、いや、それは……」

 マネージの言葉にユキはうろたえる。さっきからあたふたしてばっかりだ。

 そりゃあ確かに言ったけども。元気づけるために言った言葉でここまで変わると思うかね普通。

「ユキさんのおかげで、ラゴラさんは自分がどんなアイドルになりたいのか、定まったんだと思います。ありがとうございます」

 マネージは頭を下げる。

「そ、そんな、大したことじゃないですよ。私がいなくても、ラゴラさん前向きで元気だし、彼女なら自分でなんとかしたと思いますよ?」

「それでも、よ」

 とりつくろったように早口になるユキの肩に、マリアが優しく手を乗せる。

「貴方のおかげでラゴラが決意を固めた事実は変わらないわ。自分で道を切り開くことも大事だけど、迷ってる人に誰かが道導を置いてあげるのも同じくらい大事なのよ? ラゴラちゃんは貴方のおかげでやりたいことをやるっていう道を見つけられた。だからこそ、今あんなに素敵な笑顔で歌えるの」

 そう言って、マリアは練習を続けているラゴラを指さす。

「よーし! いいよ! ラゴラちゃん! もう1回最初からいける?」

「はい! 頑張ります!」

 コンポーの指導で、ラゴラは歌っている。そして、歌う彼女は本当に嬉しそうな、楽しくて楽しくて仕方がないという笑顔を浮かべていた。

 良い笑顔だった。誰が見ても良い笑顔だった。

「……やりたいこと、か」

 そんなラゴラの姿を見ながらユキは呟く。

「マネージさん、お話があります」


 昼頃。

「ただいま戻りましたー」

「おう、おかえりーってユキか? 随分早かったな? 見学はもう終わりか?」

 早々に『俺の料理屋』に戻って来たユキにサラマンダーは驚きを隠せない。

「あらあらあら? ユキちゃん? 早かったわねェ。ああ、そうだ。ジエルちゃん見かけなかった? お使い頼んで結構時間経つからそろそろ帰って来る頃だと思うんだけどォ」

「ギィ?」

「いえ、見てませんが」

 店の奥からヒルマとステラも顔を出す。この店はいつでもいつも通りだった。

「っとゆーか、珍しくお客さんいないですね。今日定休日じゃないでしょう?」

「いや、さっきまでいたんだがよ、丁度皆帰った後にお前が帰って来たんだよ。タイミングが良いな!」

 ガッハッハとサラマンダーは笑う。店としてはお客ゼロの状態を見られるのはむしろタイミングが悪いのではないだろうか。お昼時だし。

「あ、そうだ店長」

 ユキは皿を洗っているサラマンダーに呼びかける。

「うん? どうした?」

「私アイドルの話は断ってきました」

 ユキがそう言った瞬間、サラマンダーは洗っていた皿を落としかけた。

「な、何だってえ⁉ あ、あんなにノリノリで『私、アイドルになります!』って言ってたユキが……⁉」

「言ってないです、ノリノリじゃないです、驚き過ぎです」

 どちらかというと見学には嫌々行った覚えがある。

「まあ冗談はさておき、こっちから聞く前にわざわざ自分から言うってことは、何か壮大な理由でもあったんか?」

「いえ、大した理由ではないんです」

 笑ってユキは続ける。


「ただ、アイドルは自分のやりたいことじゃないなって思っただけなんです」


「やりたいこと、か」

「はい。生活が慌ただしくて考えたこともありませんでしたけど、いつかは私もやりたいことを見つけたいです」

「そうか。まあ、気長に探しな。それまではウチにいつまでいてもいいからよ」

 サラマンダーもまた笑う。

 異世界に来て、いろいろなことに巻き込まれ、自分の将来なんて考える余裕もなかったが、ユキは少しだけ前向きになれた気がした。


 ユキが帰った後の歌声前線本部のとある廊下にて。

「ユキさん、絶対良いアイドルになると思ったんですけどねえ」

「まあ、あそこまでハッキリと意思表示されちゃったら仕方ないわよ」

 がっくりと項垂れるマネージを、マリアが慰めていたそんな時である。

「プロデスさん! 私、やっぱりアイドル続けたいです! アイドルとして歌いたいんです!」

「ええ、私もお手伝いします。また、頑張っていきましょう……!」

 女の子が泣きながら男の人に抱き着くシーンに遭遇してしまった。

「あらら、こっちもこっちで何やら解決してるわ。何があったかさっぱり分からないけど……」

 突然感動シーンっぽい何かを見せられても、マリアは苦笑いするしかなかった。

 おまけになりえたかもしれないはなし。

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