2-抽選会と確率論

 夏の月の55日のこと。

 どうせ店も休みだし、たまには皆で買い物にでも行くかという話になって、ユキ、ジエル、ヒルマ、ステラ、サラマンダーの5人は集合商店に来ていた。

「お会計、銀貨5枚と銅貨3枚と鉄貨2枚になります」

「まさか1つの区画で銀貨5枚も使うとは、服屋でもねーのに……はいよ」

「はい。丁度ですね。それではこちら、銀貨5枚分のお買い物ですので抽選券5枚になります」

 会計を済ませたサラマンダーに営業スマイルの女性店員が紙の束を渡す。

「お、抽選会やってんの?」

「はい。1階の中央広場にて開催しております」

「うっし、お前ら1階に行くぞー!」

 サラマンダーに呼ばれて集まる4人。心なしかサラマンダーもヒルマもジエルも皆ドキドキワクワクしているように見える。

 そんな皆の様子をユキとステラは不思議そうに見つめていた。


「抽選券を持っている人はここに1列に並んでくださーい!」

 中央広場では人の行列ができていた。誰もが抽選券を手に期待に満ちた顔をしている。ユキ達も列の1番後ろに並ぶ。

「あのー、店長、これから何が始まるんですか?」

 ユキはサラマンダーに問いかける。集合商店という場所と抽選会という言葉から考えれば何をやっているのか大体予想はつくが、ここは異世界だ。どこに現実世界との違いが潜んでいるか分からないということを、ユキはもう知っている。

 1を聞いて10を知ろうとするよりも、1から10まで聞いてしまう方が良いのだ。

「ん? ああ、今から始まるのは抽選会だ。ユキはくじ引きって知ってるか?」

「はい、くじ引きは知ってます。『当たりが出たらもう1本!』『今日のアナタの運勢は?』『王様だーれだ?』『おめでとうございます! 1等です!』みたいなヤツですよね?」

「お、おう? いくつかよく分からん例えもあったが、抽選会はその最後の例が1番近いかもな」

 そう言ってサラマンダーはユキに先程店員から貰った抽選券を見せる。

「年に2回、夏と冬に集合商店では一定の金額の買い物をした客にこの抽選券を渡すんだ。んで、この抽選券を使ってくじ引きをする。1等とか2等とかハズレとか、くじ引きの内容によって景品が貰えるって訳よ」

 商店街でよく見かけそうな光景だと思った。まあ、ユキは見たことなど1度もないのだが。

「5枚あるから全員1回ずつ引けるな。さーて、今回は何が当たるのかなっと」

 そんなこんな並び続けること約10分。抽選の結果に一喜一憂する人々を見続け、ついに自分達が一喜一憂する側になる時が来た。

「これは……」

 ユキ達の前にあったのは、木製の八角形の箱に小さな穴とハンドルをつけたものを台に固定して回るようにしたもの。

 そう、ガラガラとかガラポンとか呼ばれてるアレである。正式名称は新井式廻轉抽籤器あらいしきかいてんちゅうせんきという。

「はい、抽選券5枚で5回ですね? それでは、こちらのグルグルを回してください」

 抽選器の側に立つ、抽選会担当のお姉さんの明るい声が響く。

 そうか、こっちじゃグルグルって呼ぶのかと、ユキは文化の違いを感じた。

「……もしやグルグルが正式名称?」

「ユキ? 何か言った?」

「いえ、なんでもありません」

「そう? ならいいけど」

 問いかけてくるジエルにユキは笑顔で返す。ジエルは少し不審そうな顔をしていたが、すぐに興味は抽選器、ガラガラ、ガラポン、もとい、グルグルに移ったようだ。

「まずは私から引かせてもらうわ! ここらで私の運の良いところを見せつけて今日から『幸運の申し子』と呼ばれてみせるわ!」

 そう言いながらジエルは勢いよくグルグルのハンドルを掴む。くじ引き1つで少々大げさなようにも感じるが、本人がノリノリなので何も言うまい。

「おりゃあああああ!」

 勢いのある声と共に勢いよくグルグルを回す。ジャラジャラと箱の中で玉が暴れているのが聞こえる。

 そして、しばらく回し続けた後に、コロンと、白い玉が出た。

「あー、残念ですが、ハズレです。こちら参加賞の携帯ちり紙になります」

「あちゃー、ハズレかー……」

 お姉さんの言葉にがっくりと項垂れるジエル。どうやら幸運の申し子にはなれなかったようだ。

「じゃあ次は、ステラちゃんやってみる?」

「ギイ!」

 ヒルマに問われ、ステラは元気よく4つの腕をあげる。そのままヒルマに抱きかかられながら爪で器用にハンドルを掴んでグルグルを回す。

 少し回すと、穴からころんと紫色の玉が出てくる。

「おめでとうございます! 7等です!」

 お姉さんがカランカランとベルを鳴らす。グルグルの置かれた机に貼ってある紙にどの色の玉が何等なのかが書かれていた。どうやら七等の紫色の玉はハズレの1つ上らしい。

「ギイ!」

 なんとも微妙な数字ではあるが、ステラは大喜びだ。何等が当たったとかよりも、当たったことが嬉しいのだろう。純粋な子だ。

「こちら、7等の景品のハクマ銅貨券1枚になります!」

「ギイ! ギイ!」

 お姉さんが茶色い紙をステラに渡す。ステラは嬉しそうに2本の腕で賞状でももらうかのように紙を受け取る。

「店長、銅貨券って何ですか?」

「買い物する時に使うと1枚で銅貨1枚分の代わりになるんだ。有効期間が過ぎたら使えなくなるけどな。こんなカンジで集合商店の抽選は銅貨券や銀貨券、店のタダ券とかが当たるんだ」

 なんとなく、行列ができる意味が分かった。

「現金な人達だ……」

 現金な人の使い方が間違っているような気もすると思いながら、ユキもユキで同じ列に並んでいるのだから同じ穴の狢かと思い直す。……多分、これも使い方間違ってるんだろうなあ。

「せっかくだから次は私が回してみようかしら?」

 ステラを抱きかかえて位置が丁度良いヒルマが続いてハンドルを回す。くーるくーると、他よりもゆっくりめにグルグルを回すと、中から青色の玉が出てくる。

「おめでとうございまあす! 3等です‼」

 お姉さんのテンションが高くなる。心なしかベルを振る勢いも強くなっているような気がする。

「あらあらあら、景品は何かしらァ」

「こちら、3等の景品の『俺の料理屋』のタダ券になります!」

「あ、あらあらあら?」

 自分の働いている店のタダ券に困惑するヒルマ。

「あー、そういやウチもタダ券提供してたな。すっかり忘れてたわ」

 そう言いながらガッハッハと笑うサラマンダー。『俺の料理屋』ではサラマンダーが従業員にご飯を作ってくれるので、タダ券はほとんど意味がないのだが……。

「ということは……これは店長からの遠回しな贈り物ってことねェ。キャー!」

 本人はそれはもう嬉しそうにしているので別にいいか。

「俺は最後でいいから、ユキ先に回しな」

「いいんですか?」

 サラマンダーに順番を譲られ、ユキはそう聞き返す。どうせ運なのだから抽選の順番なんてどうでもさそうなものではあるが、そこは社交辞令というヤツだ。

「おう! 残り物には福があるって昨日読んだ本に書いてあったからな。順番を最後にとっておけばきっと良い結果になると思った訳よ!」

「あー、そうですか……」

 店長としてとか、単に優しいからとか、そういう理由では全然なかった。

「嘘よ! 私が読んだ本には先頭が1番有利って書いてあったわ!」

 そこでジエルからの反論が飛び出した。

「何言ってんだ。お前さんハズレだったじゃねえか。それにその理屈だとグルグル回したのはお前が最初じゃないだろ」

「店長だって最後に回す訳じゃないでしょ! 後ろに何人並んでると思ってるのよ!」

「ぐぬぬ……」

「ぬうう……」

 決着のつかないジエルとサラマンダーの口論。

 そんな彼らに構っていると、いつまで経っても終わらないのでユキはほっといてグルグルを回すことにする。

 ガラガラと音を鳴らして回すと、ころんと黒い玉が出てきた。

「お……」

 お姉さんが震えている。

「お?」

「大当たりい! 1等でーす‼」

 本日一番の大声が中央広場に響く。

 ユキはぽかんと呆けてしまっていた。まさか当たるとは思わなかった。予想していなかった事態に、考えがまとまらない。

「それでは、こちらが1等の景品になりまあす!」

 そう言ってお姉さんはユキの手に紙を1枚手渡す。ちり紙、銅貨券、タダ券、どうにもこの抽選の景品は紙しかないようだ。


「1等、『赤桜あかざくら旅館りょかん』の無料宿泊券になりまあす!」

 ユキは開いた口が塞がらなかった。なんかスケールが違う。


 ちなみに、

「最後は俺だな」

「……白、ですね」

「……白、かあ」

 サラマンダーの残り物はちり紙だったようだ。

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