6-騎士の約束
「レイヴン。お前が個人で裏切るとは、流石に予想外だったよ」
抑揚のない声が上から聞こえて来る。
見上げると、大広間の2階の廊下に男が1人立っていた。着ている服は誰が見ても高級なものであると分かるが、痩せこけた細い体とぼさぼさの頭と目の下のクマからはこの男が金持ちとは思えない。
「ジオベルさん……」
男を見てレイヴンが呟く。
「まあ、裏切ってくれたのがお前1人で助かったけどね。新たに人さらいをやってくれるゴロツキ達を探すのは面倒だ」
ジオベルはそう言うと、パンパンと手を叩く。
すると、扉を開けて執事服の男達と少し汚れた服の男達が入り混じって大広間に入ってくる。屋敷の使用人達とゴロツキ達だ。
「よう、レイヴン。お前を仲間に入れてたせいで俺達の信用はダダ下がりだぜ。ここでお前らを逃したら契約金が減らされちまう。だからよう、大人しく捕まってくれねえか?」
そう言いながら大柄な男がバ-ターの隣に立つ。察するに、ゴロツキ達のリーダーだろう。
「この人数です。そちらのお嬢さん2人を守りながらこの場を切り抜けるのは無理だと思いますがね?」
クックッとバーターは笑いながらレイヴンの後ろにいるユキとシロニカを見る。
ユキはシロニカを庇うように立ち、シロニカはユキにひしとしがみつく。
「その女2人は帰す訳にはいかないのだよ。このことをバラされたら困るというのもあるが、それ以上に彼女達は実験材料なのだから。……少し、喋り過ぎたな。バーター、終わらせてやれ」
「かしこまりました」
ジオベルの言葉に、バーターは腰を低く落とし、片手で剣の持ち手を、もう片方の手で剣の鞘を握る。フィクション作品において抜刀の構え、あるいは居合の構えなどとしてよく見られるものである。
「ッ……」
レイヴンの額に冷や汗が浮かぶ。
「では、レイヴンさん。さようなら」
バーターが剣を抜こうとしたその時だった。
大広間で1番大きな扉がゴッ! という爆発音と共にはじけ飛んだ。
「……何?」
目を見開いたジオベルの口からそんな言葉がこぼれた
レイヴン、ユキ、シロニカ、バーター、使用人達にゴロツキ達、大広間にいる誰もが唖然としてさっきまで扉のあった場所を見つめる。
それは、屋敷の外へと繋がる玄関口の扉だった。
「ここに人がさらわれてるって通報を受けて来たんだけど……」
騎士団の制服を着た3人の男女が屋敷の中に入って来る。
「とりあえず、お前ら全員、騎士団本部まで同行してもらおうか?」
剣を構えたロクト、イーベル、ストラーテの姿がそこにあった。
数時間前。
「だから何度も言ってるだろう! 仲間を待たずに突っ走るのはよせって!」
「何度も言ってるでしょう。仲間を待ってばかりではチャンスを失うんです」
騎士団本部の廊下では、プライネルとストラーテが言い争っていた。騎士達にとってはすっかり見慣れた光景である。
「まーたやってるよあの2人」
「いつものことではあるが、近寄りがたいな……」
堂々と2人の世界を作っている中に入るのは気が引けるが、こちらも用事があるのだ。覚悟を決めてロクトとイーベルは言い争う2人へと近づいてゆく。
「ん?やあ、イーベルにロクトじゃないか。どうしたんだい?」
さらりと表情を変えるプライネル。プライネル隊に所属するイーベルは今まで『触らぬ神に祟りなし』といった対応をしてきたが、最近はこの変わり身の早さを見る限り、本気でケンカしている訳ではないのかな? とも思うようになってきた。
「プライネル隊長。頼まれていた資料です」
「ああ、ありがとう!」
イーベルがプライネルに資料を渡す。書かれているのは騎士団が今までに捕まえた人達の記録の1冊だ。
「昨日の死体なんだけど、どうにも見覚えがあってね……えーと……ああ、そうだ彼だ。コアクト・アンダーボード」
プライネルが資料に挟まれていた写真を見せる。写真に写っていた男は確かに、昨日発見された、胸に大きな穴が開いていた死体の男と同じ人物だった。
「窃盗の罪で捕まり、2ヶ月間の牢屋生活。昨年の秋の月に釈放され、その後マギ研の研究者、ジオベル・コンテーニュの研究助手として就職。……とりあえず、ジオベルの屋敷に行って話しを聞いてみるのがいいだろう」
「分かりました。早速行ってみます」
プライネルに礼をして、ロクトが後ろを振り向いて歩き出そうとした時だった。
「お待ちくだしゃい」
廊下に小さな少女が立っていた。
「お話をきかしぇてもらいました。貴方がロクト・ネイベルしゃんでしゅね?」
「お、おう?」
「初めまして。私、ハクマ第一王子、クロノワール様の親衛隊に所属しているクロウと申しましゅ。以後、お見知りおきくだしゃい」
空気を抜けるような話し方のクロウはロクトに向かってぺこりとお辞儀をする。
「はあ、その親衛隊さんが、俺に一体何の用で?」
状況が飲み込めないロクトは少し困った様な顔でクロウを見る。
「単刀直入に言わしぇてもらいましゅと、ユキしゃんがしゃらわれました」
「ッ‼」
ロクトの顔つきが変わる。
「何処に⁉」
「ジオベル・コンテーニュの屋敷です」
その瞬間ロクトは走り出そうとして、イーベルに腕を掴まれた。
「いいのか? 確実な証拠がない状況で屋敷に向かってもきっと中には入れてもらえないぞ?」
「だったら無理矢理踏み込むさ」
ロクトはイーベルの腕を振り払う。
「約束したんだ。また何かあったら助けるって。ここで助けに行かないようなら最初から騎士になんてなってない」
「……分かった。なら、俺も行く」
「イーベル?」
「友達だからな」
大した理由などいらない。ロクトとイーベルは走り出した。
「クロウさん。今の話、本当なんですね?」
遠ざかっていく2人の背中を見ながらプライネルがクロウに尋ねると、クロウはこくりと頷いた。
「なら、私も2人の後を追いましょう。ウチの隊のモットーは『疑わしきは斬る』ですし、私もいれば隊長の権限である程度の自由はきくでしょう」
ストラーテも2人の後を追って走り出す。
「さて、それじゃあプライネル隊は突入の準備でもしておくか。屋敷で暴れたとなれば、動かぬ証拠ってヤツも飛び出すかもしれないしね」
「しょの前にしょの手に持った資料はしまわなくていいんでしゅ?」
「あー……先に資料戻さないとなー……」
そして現在。
ジオベルの屋敷の大広間で3人の騎士と、屋敷の使用人達とゴロツキ達が激突していた。
「……バーター。どうせ知られたら終わりなのだ。皆殺しにしてしまえ!」
「かしこまりました」
ジオベルの言葉にバーターは頷き、ロクト達の方を向くと、改めて居合の構えをとり、鞘から剣を抜いた。
次の瞬間、巨大な赤い熱線がロクト達に方へと飛んでいった。
「ッ!」
イーベルが前に出て、目の前に氷の壁を作り出す。
氷の壁に熱線がぶつかる。ジュウジュウと音を立てて熱線は氷の壁を溶かしていく。
「まだだッ!」
イーベルは氷の壁に手をかざし、新たに氷を作り出して壁を補強していく。氷の壁に穴が開くのと熱線が消えるのは同時だった。
「時間切れか……」
バーターが呟くと同時、氷の壁の穴からロクトが飛び出し、バーターに向かって剣を振るう。
「お前が敵戦力の要だな? 1番ヤバそうな感じがするんだけどどうよ?」
「さて、どうでしょう?」
ロクトの剣をバーターは自分の剣で受け止める。
その周りを使用人とゴロツキ達が取り囲むが、イーベルとストラーテが人々を飛び越え、ロクトと使用人ゴロツキ達の間に割って入る。
レイヴンもユキとシロニカを背に臨戦態勢をとる。
「かかれェ‼」
ゴロツキ達のリーダーが叫ぶ。大広間の誰もが一斉に動き出す。
1つの大きな戦いが始まった。
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