6-魔術研究の素

 剣と剣がぶつかり合う。

 イーベルとストラーテが周りの敵を蹴散らし、敵をロクトに近づけないようにしている中で、ロクトはバーターと戦っていた。

 ゴロツキ達のリーダーは剣を片手にレイヴンの方に向かってくる。レイヴンは指から肘までを覆う鉄の籠手を両手につけ、リーダーに応戦する。

 それぞれがそれぞれの戦いを始めていた。

「その剣、変わった形をしてるな」

 バーターと斬り合いをしながら、ロクトは口を開く。

「刀と呼ばれるものですよ。ハクマ王国の東の地方でのみ作られているモノですよ」

 バーターの使うその剣は、ロクトの使うものよりも細い刀身をしており、刃は片側にしかついていない。持ち手には何やら模様が彫られている。

「軽く、丈夫で、よく斬れる。片側しか斬れないから自分で自分を斬ってしまう事故も少ない。剣としては申し分ない性能を持っています」

 バーターが剣を前に突き出す。ロクトは横に移動して突きをかわすが、制服にかすったらしい。制服の腕の部分にぱっくりと穴が開いていた。

「……なるほど、本当に凄い剣らしい」

「ご理解いただけたようでなによりです。ですが、この刀が最も素晴らしいのは、切れ味ではなく、刃よりも鞘の方にありましてね」

 ロクトの斬撃をかわしてバーターは後ろに下がる。そして1度刀を鞘に納めると、すぐに刀を引き抜いた。

 刀を抜くと同時に、先程よりも細い熱線がロクトに向かって飛んでいく。

「うおっと⁉」

 体をひねらせてなんとか熱線をかわす。熱線は大広間の壁にぶつかる前に消えてしまった。

「新聞はお読みになりますかな?」

 バーターはこちらに鞘の穴を向けながら笑う。

「魔術の術式を組み込んだ武器、魔装武器。ジオベル様はその魔装武器の開発責任者であらせられるのですよ。そして私の持つこれがその魔装武器という訳です。この刀の鞘には火の術式が組み込まれていましてね。刀を鞘から引き抜くと、それまで鞘の中に溜まっていた魔力が凝縮された火のエネルギーとなって撃ち出されるという仕組みです。刀がフタの役割をするわけですな」

 そう言いながらバーターとロクトは剣をぶつけ合う。

 やりにくい。そうロクトは思った。バーターの刀が、魔装武器が、という意味ではない。脅威なのは刀でも魔装武器でもなく、バーター自身だ。

 距離が近づけばバーターは刀、あるいは体術でこちらを攻撃してくる。そして時折距離を離したかと思えば、刀を鞘に収め、もう1度刀を抜き、熱線を撃ち出してくる。攻撃の狙いの1つ1つがやけに正確で的確なのだ。ロクトの体勢を考えて、避けにくい位置へと攻撃を仕掛けてくる。

 戦いを自分のペースへと持っていくのが上手いのだ。

「はッ!」

 バーターは後ろに下がると、もう何度目となるか分からない熱線を撃ち出してくる。

「何度やったって当たるかよ!」

 そう叫びながらロクトは熱線をかわす。この短い戦闘時間の間に何度もやった応酬だ。

「そう、それでいいのですよ」

 だが、バーターはそんなロクトの行動に笑みを浮かべる。まるでロクトに当たらないことを前提としていたように。

 反射的に後ろを向くロクト。彼を越えて熱線が飛んでいく先には敵を薙ぎ倒すイーベルの後ろ姿があった。

「イーベルッ‼」

 ロクトの叫び声にイーベルは目の前に迫った熱線を屈んで避け、チャンスとばかりに襲い掛かって来たゴロツキを剣で斬る。

「危ないな……当たるところだったぞ……」

「髪の毛、焦げてますよ?」

 頭から煙を出しながらホッとするイーベルに大広間を駆け回って敵を倒し続けるストラーテがしれっと横を通過しながらツッコミを入れていった。まだまだ余力は残っているようだ。

「いいのですかな? お仲間の心配ばかりなさって」

 だが、ロクトの方はホッと暇もない。振り返れば、イーベルの方を向いてしまったことで隙が生まれてしまったロクトの顔面にバーターの刀がすぐ近くに迫っていた。

「ッ!」

 体を後ろに逸らすことでなんとか刀を避けるが次の瞬間、がら空きとなったロクトの腹にバ-ター踏み込むような蹴りが叩きこまれた。

「がふッ⁉ おぶッ……‼」

 吐き気を感じながら仰向けに倒れるロクトだったが、さらにバーターはトドメをさそうと刀を振るう。

 ロクトは床を転がって斬撃をかわす。なんとか立ち上がるが、腹を蹴られ、床を転がって三半規管を揺らしたことで吐き気に加えてめまいにも似た感覚が体を襲う。

「この乱戦状態で味方なんて気にしているからそうなるのです。周りで戦っている者など敵も味方も駒として割り切りなさい。まあ、それが出来ないからこういった方法が通用するのですがね」

 そんなロクトをバーターは容赦なく殴りつける。刀による斬撃だけはなんとか防いでいるものの、ダメージは確実に着実に蓄積していった。

 そう、バーターの攻撃はどこまでも的確だ。相手との距離、相手の体勢、相手の状態を見て的確な攻撃を繰り出してくるだけではない。彼は目の前の敵を倒すためなら周りで別の戦いを繰り広げている者達をも利用する。

 戦場全体を見て個人の戦いを行うからこそ、彼は敵を自分のペースに引き込むことができるうのだ。

 殴る。蹴る。バーターの容赦ない攻撃がロクトの体をボロボロにしていく。だが、相変わらず刀による斬撃と熱線は防がれ、かわされ続け、トドメをさすことは出来ずにいた。

「貴方もしぶといですね……」

「そうそう簡単にやられる訳にもいかないんでね……」

 よろめきながらも、ロクトはまだ立っている。倒れまいと、2本の足でしっかりと立っている。

「それに、しぶとくしつこく食らいついた意味はあったらしいぜ?」

 そう言ってロクトは笑う。

 怪訝な顔をしながらバーターが周りを見回すと、大広間にはもう立っているのは、数えるくらいしかいなかった。

 戦いをずっと見つめていたジオベル、ユキ、シロニカ、騎士団のロクト、イーベル、ストラーテ、数人の使用人とゴロツキ、裏切り者のレイヴン、そして自分。ほとんどの使用人とゴロツキは床に倒れていた。

「守りながらというのは骨が折れますが、なんとかなりましたね」

 そんな声と共にまた1つ、ドサリと倒れる音がする。

 バーターが振り向くと、そこには床に崩れ落ちたゴロツキ達のリーダーの姿が。

 味方のほとんどが倒された現状に、残った使用人、ゴロツキ達も戦意を喪失していく。

「これで、残ったのはアンタとジオベルだけだ」

 そう言いながら、ロクトはバーターに剣を向ける。それに合わせてイーベル、ストラーテ、レイヴンの3人もそれぞれ武器を構える。

「くく……ふはは、はははははは! はァーはははははははッ‼」

 そんな中で響く笑い声。

「まさか、この人数をやってのけるとはね。さすがだよ。私が思っていたよりずっと騎士団というのは働き者だ」

 それは、2階にいるジオベルのものだった。

「だが、戦いを仕事とする者が目の前しか見れないというのはどうかとおもうがね?」

「ああ?」

 ロクトがジオベルを睨みつけると、彼は笑みをさらに深くした。

「はは、教えてやるからそう怒るな。つまりこういうことだよ」

 そう言ってジオベルはポケットから何やらスイッチのような物を取り出すと、カチっと親指でボタンを押した。

 ……ゴゴゴゴゴ。

 遠くからまるで地響きのような音がする。音はどんどんこちらに近づいて。

 そして、大広間の壁を破壊して奴は現れた。

「なっ⁉」

 イーベルが目を丸くする。

 細く白い体、4つの腕、ギチギチと音を鳴らす巨大なカマキリに似たその姿。

 魔物の名はテトラフォリア。

 それも1体ではない。6つの目、12本の腕。


 3体のテトラフォリアが大広間の壁を突き破って集まっていた。

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