6-屋敷と牢屋と侵入者

 言霊ことだまという言葉をご存知だろうか。推理ゲームの証拠品の呼び方の話ではない。

 言葉には何か霊的な力が宿っており、良い言葉を発すれば良い事が起こり、悪い言葉を発すれば悪い事が怒るという考え方だ。大雑把に言うと、「声に出した言葉は本当の事になっちゃうよ?」ということである。

 何故このような話をしたかというと……。


「ユキ、帰ってこねーなア、そんなに難しいもん頼んだ覚えはねーんだけど……」

「また何か事件に巻き込まれてるんじゃない? アタシの勘がそう告げているわ!」

「ユキちゃんならありえそうで笑えないわァ……」

 午後の『俺の料理屋』店内で、帰りの遅いユキを心配する3人。彼女が買い物に出かけてから3時間が経とうとしていた。

「本当に何か事件に巻き込まれたんじゃねーだろうな? アイツ行く先々で巻き込まれてるからなァ……。心配で仕事に手がつかねーよ」

「なら良かったじゃない。今はお客さん1人もいないし。珍しいわよねー、いくら小さい店でも1人くらいはいるわよね? いつもなら」

「お客がいなくて喜ぶ店員もどうかと思うけどねェ」

 ジエルやヒルマならここまで心配もしない。サラマンダーなんて心配される要素がほとんどない。ユキだからこそ皆心配するのだ。ある意味ユキの運の無さを信頼しているのかもしれない。

「やあ、サラマンダー」

 店の扉を開けて黄色い髪の男が片手を上げて入ってくる。

「いらっしゃ……ってなんだ坊ちゃんですかい」

「仮にも一国の王子相手に『なんだ』で済ませられるのは君ぐらいだよ」

 黄色い髪、もとい黄色いカツラの男、クロノワールは苦笑いでカウンター席へ座る。

「まあ2度目ですし、慣れました。で、何にするんで?」

「ああ、今日は食事をしに来たんじゃないんだ。伝えるべきことがあってね」

「伝えるべきこと?」

「この店の店員の女の子、ユキちゃんだっけ? 彼女が攫われた」

「……は?」

 場の空気が凍る。

「ゆ、ユキが攫われたア⁉」

「ああ、レイヴンからの確かな情報だよ」

「ま、まさかジエルちゃんが事件にでも巻き込まれてるなんて言うからァ?」

「いやそこまで責任持てないわよ⁉」

 言霊の存在は、異世界にもあるのかもしれない。


「ん……うん? ここは……」

 ユキが目覚めると、薄暗い鉄格子の牢屋の中だった。なんとなくデジャヴを感じるが、前回とは違い体を縛られていたりはしていない。

「目が覚めましたか」

 声が聞こえてきた方を見ると、恐ろしい顔つきの男が鉄格子越しにこちらを見ていた。驚いて叫びそうになったが、よくよく見てみると見覚えのある顔だった。

「……レイヴンさん?」

「はい。昨日ぶりですね、ユキさん」

 レイヴン。クロノワール親衛隊の彼が何故こんなところに?

「あの、これはどういうこですか? というか、ここは何処なんでしょう?」

「ここは、魔法研究家、ジオベル・コンテーニュのお屋敷です。どうやら彼の部下達に攫われたようですね」

「ジオベル……どこかで聞いたことがあるような? ……あ、新聞の」

 魔装武器開発の責任者、ジオベル・コンテーニュ。確かそんな新聞記事をサラマンダーが読んでいた。

「我々は女の子の連続行方不明事件について調べていると昨日言いましたよね? その犯人として睨んでいたのがジオベルなんです。奴がクロかシロかを確かめるため、屋敷の用心棒として潜入したという訳です。この恐い顔もたまには役立ちます」

「あ、自覚あったんですね……」

 誰も何もいわないので触れてはいけない所なのかと思っていた。

「初対面の人には大抵怖がられますから……。しかしながら、この状況を見る限りだとジオベルは何か後ろ暗い隠し事があるようですね」

 レイヴンと話していると、ユキの近くで何かがもぞもぞと動く音がした。

「う、んんー?」

 見ると、シロニカがユキの隣で倒れていた。

「あれえ? ここって……お姉ちゃん?」

 目をこすりながらシロニカが上半身を起こす。そして、周りをきょろきょろと見回して、

「ふわあ⁉ こわい⁉」

 レイヴンの顔を見て反射的にユキの後ろに隠れた。

「や、やっぱり怖いのか……分かってはいた、分かってはいたけど……!」

 レイヴンはレイヴンでがっくりと膝をついてしまった。慣れていても子供に怖がられるのはこたえるらしい。

「シロニカちゃん、大丈夫だよ? このおじさんはお姉ちゃんのお友達だから」

「……ほんとに?」

「うん。ですよね? レイヴンさん?」

 とりあえずシロニカを落ち着かせようとするユキだったが、

「お、おじさん……まだ23なのに、おじさんに見えるのか……」

 レイヴンはさらに落ち込んでいた。というか23で王族の親衛隊って、実はこの人すごいエリート様なのではないだろうか。項垂れている姿はともかくとして。

「レイヴンさん! 友達ですよねッ⁉」

「あ、はい! もちろん! お友達ですとも!」

 いつまでも四つん這いに近い態勢をとらせておく訳にもいかないので多少強引に話を進める。

「そうだユキさん。コレを渡しておきますね」

 なんとか調子が戻ったレイヴンはそう言うと、ユキに小さな何かを手渡した。

「この牢屋の合鍵です。私がこっそり作っておきました。もしも脱出できそうならばコレを使ってください。そろそろ見張りの交替の時間です。私はとりあえず、このことを外に知らせて来ます」

「あ、でしたらレイヴンさん。騎士団のロクトって人に私が捕まってること、伝えてくれませんか?」

「ロクトさんですね? 分かりました」

 レイヴンがそう言うと同時に、ドアの開く音が聞こえてくる。そして牢屋の前に男が1人現れる。

「新入り、交代の時間だ」

「分かりました」

 レイヴンは男と入れ替わりで牢屋の前から去る。

「お前達も運が悪いよなあ? あの時間にあの場所にいなければ、俺達に会うこともなかっただろうに。まあ、そのおかげで脱走したテトラフォリアを捕まえることが出来たんだけどな」

 男は牢屋の近くに置かれた椅子に座ると、ニヤニヤと君の悪い笑みを浮かべてこちらを見つめる。シロニカはユキの服をより強く握る。ユキはそんなシロニカを抱き寄せる。男はそんなユキ達の姿を見てより一層顔を歪ませて笑う。不快なことこの上ない。

「テトラフォリア?」

「知らねえのか? お前らと一緒にいた魔物だよ。あんな小さな個体がいるとは思わなかったし、何より逃げ出しているとは思わなかったが、大事になる前に捕まえることができて良かった良かった。ホント、お前らには感謝してるよ」

 そう言って、男はニヤニヤとした不快な笑みを浮かべ続ける。

「……」

 ユキはこれ以上話しているとどんどん不快な気分になっていくと思い、口を閉じた。


 それからどれだけ時間が経っただろうか。1時間か、それとも2時間か、もしかしたら30分も経っていないのか。時計のない牢屋の中ではそれを確かめる術はない。

「先輩、交代の時間ですよ」

 ドアの開く音と共に、レイヴンがやって来る。

「おお、そうか、それじゃあ俺はちょっと外の空気でも吸いに……」

 そう言いながら男が立ち上がった瞬間、レイヴンの拳が男の腹に突き刺さった。

「な……⁉ テメェ……!」

 男は崩れるように倒れ、意識を失った。レイヴンは男をロープで縛ると、鍵を使って牢屋の扉を開ける。

「れ、レイヴンさん?」

「ユキさん、どうにもこれ以上はマズイです。実験が始まろうとしています」

「実験?」

「人体実験ですよ。このままだとユキさんかそちらのお嬢さんが実験材料にされてしまう。そうなる前に逃げ出しましょう」

 レイヴンに連れられて、ユキとシロニカは牢屋を出て長い廊下を歩く。

「ここは屋敷の地下です。上へと上がる階段があるのでそこから地上へ出ましょう。誰かに会ったら『実験のため研究室へ連れて行く途中だ』と言ってごまかすのでそのつもりでいてください」

「屋敷を持ってる人って皆地下に牢屋を持ってるんですか?」

「大抵の屋敷はそうかもしれません。お金持ちというのはなにかと狙われやすいですからね。皆が皆地下という訳でもないでしょうが、地下は逃げ出しにくいですし」

 話ながら3人は薄暗い廊下を歩き続ける。

「にしても、広いですね。前の屋敷はここまでの広さではなかったんですが……」

「この屋敷は研究施設も兼ねてますから、普通の屋敷に比べれば規模は大きいでしょう。金持ちの見栄だけではないですからね」

 話していて、ユキは気付く。シロニカはさっきから一言も喋っていないことに。ユキと手を繋いで歩くシロニカは、不安そうに周りをきょろきょろと見回している。

「シロニカちゃん、大丈夫?」

「うん……お姉ちゃん、ステラちゃんはどこ?」

「ステラちゃん……」

 この状況で友達の心配ができるなんて、自分も攫われて恐い思いをしているだろうに、たくましい子だ。

「大丈夫、きっと見つかるよ」

「……うん」

 だが、ユキには無責任な言葉をかけてあげるしかできない。なんとかしてシロニカをステラに会わせてあげたい。そう思っても、今のユキには諦めるしかなかった。

「この階段を上がれば1階に出ます。そしたらなるべく急いで屋敷から出ましょう」

 学校でよく見る『コ』の字のような構造の長い廊下を歩き続けてようやく階段に着いた3人。

 ここまではなんとか大丈夫だった。まだ安心はできないが、ホッと一息ついて、ユキとシロニカはレイヴンの後に続いて階段を上る。

 1階につくと廊下を挟んで向こう側に扉がある。扉の中に入ると大広間のような場所に出た。広い長方形の部屋が階段で1階と2階に分かれており、2階は『ロ』の字の通路となって1階が見渡せる作りとなっている。

「ここから屋敷の各部屋、各場所に繋がっています。さあ、玄関はこっちです」

 そう言ってレイヴンが先導しようと歩き始めた時だった。

「お待ちなさい」

 突如、片手に剣を持った初老の男が大広間の2階に現れる。男は2階から飛び降りて1階に着地すると、鞘に収まったままの剣を構えた。


「コンテーニュ家の執事をしております。バーターと申します。お見知りおきと、そして、御覚悟を!」

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