6-ユキと子供とカマキリと

「それじゃあ僕達はそろそろ行くよ。サラマンダーの知り合いなら、正体をバラすようなことはしないだろうしね」

「皆様、また、お会いしましょう」

「しゃようなら」

 そう言ってクロノワール達は店から出て行った。

「なんだかとっても疲れました……」

 3人が出て行った後、ユキは店のカウンター席に倒れ込むようにして座った。

「アタシも……ってかユキがあんなの連れてくるからじゃーん……」

 ユキの隣にジエルが脱力しながら座る。

「仕方ないじゃないですか、アレがあんなヤバイ人だとは知らなかったんですから……」

「こらこらこら2人共? アレでも一国の王子なんだからそんな危険人物みたいな言い方はよくないわよォ?」

「いや、お前もそこそこ酷い扱いしてるからな?」

 2人をなだめるヒルマにサラマンダーがツッコミをいれる。本人に聞こえてなければわりと何でも言えてしまうのだから人間って怖い。

「それにしても連続行方不明事件ですか。それも女の子ばかり、恐いですねえ」

 誘拐とかではなく行方不明と言うあたり、原因もまだ分かっていないのだろう。事件について調べると言っていたが、まるで時代劇のようだ。

「暗いニュースばかりじゃ気が滅入らあな。何か明るいニュースはないもんかっと」

 そう言ってサラマンダーは新聞を手に取る。適当にページをめくって何かポジティブな記事を探す。

「お、これなんかどうだ?『マギ研、武器と魔術の融合に成功』って記事」

「どんな内容です?」

「えっと……マギアート魔法技術研究所、通称マギ研にて、魔術を融合させた武器、魔装武器まそうぶきの開発に成功した。開発の責任者はジオベル・コンテーニュさん。武器に術式をあらかじめ組み込んでおくことによって魔力を与えるだけで武器に仕掛けられた魔術が発動するというもの。術式を頭の中で構築する必要がないだけでなく、魔術の才に関係なく誰もが同じ魔術を使うことができるようになる利点が生まれる。早ければ来月にでも騎士団などを中心に導入予定である……だってよ。いいねえ、技術の進歩ってのは。魔装武器、心が弾むじゃねーの!」

 興奮した様子でサラマンダーは新聞を握っている。

「ホント、男って好きだよね? 新兵器とかそういうの。ねえユキ?」

「そうですか? ワクワクしません? 新兵器って」

「あー、アンタもそっち側だったかー……」

 呆れたように言うジエル。仕方がないだろう。ユキだって体は女でも心は男なのだ。ロボット、ドラゴン、パンチラ、胸、そういう『男のロマン』とも呼ぶべきモノの1つや2つ憧れたりもするものだ。

「いいんだよ。こういうのは分かる奴だけ分かればよ」

「そうですね。ロマンは人に押し付けるものではありませんし」

「うう、なんだか仲間ハズレになった感じ? ヒルマさんは分かる? こういうの」

「うーん、私もちょっと分からないかなァ? でもでもでも、好きなモノは人それぞれだから」

 すっかり話題は新兵器の方へと移っていた。もうクロノワールとか第一王子とか親衛隊とかは完全に頭の片隅に追いやられていた。


 次の日の午後。

「えーと、コレとコレは買ったから……コレは別の店……」

 ユキは紙に書いた買う物リストとにらめっこしながら町を歩いていた。こうしてお使いに行くのにも慣れたものだ。

「うー……えぐ……ひぐ……」

 叫びたいのを我慢しているような声に振り向くと、道の真ん中で今にも泣きそうな顔をした白い髪の女の子が辺りをきょろきょろと見回していた。

「……どうしたの? お嬢ちゃん?」

 一瞬、声をかけるべきか迷ったユキだったが、周りに人もいないし、今の姿なら大丈夫だろうと判断して女の子に声をかける。現実だと「どうしたの?」と話しかけただけで警察を呼ばれる可能性もあるので、たぶん無視していただろう。

「あのね、友達がみつからないの」

 女の子は震える声でそう言った。

「じゃあ、お姉ちゃんが一緒に探してあげる」

「ほんと?」

「うん、その友達について教えてくれる? 今日はどんな服を着てたとか」

「えっとね、服は着てないの」

「うん……うん?」

 女の子のトンデモ情報にユキの表情が凍り付く。危ないお友達なのかな? いやいや、きっとペットだろう。

「このくらいの大きさで」

「うん」

 女の子が自分のお腹の高さに手をもってくる。やはりペットだろう。

「腕が4本あって」

「う、うん?」

 足ではなく腕? なかなかにインパクトのありそうな見た目をしているらしい。

「真っ白な虫なの!」

「虫⁉」

 ユキにとって予想外過ぎる答えが飛び出してきた。まさか虫とは……。

「お姉ちゃん?」

「う、ううん? 大丈夫。ちょっと意外だっただけだから。それじゃあ、一緒に探そっか」

「うん!」

 女の子と手を繋いで、ユキは女の子と歩きだす。

「どこに行ったんだろう?」

「名前でも呼んでみたらいいんじゃない?」

 悩む女の子にユキはとりあえずの提案をする。はたして虫が返事をしてくれるかは謎であるが、やらないよりはマシだろう。

「分かった! ステラちゃーん! すーてーらーちゃーん‼」

「ず、随分可愛らしい名前なのね」

 絶対ステラって見た目はしてないんだろうなあと思いつつ、必死に叫ぶ少女の隣でユキは周りを見回す。

 しばらく少女とステラステラと叫びながら歩いていると、

「ギチギチ」

 とどこからか奇妙な音が聞こえてきた。

「あ、ステラちゃんだ!」

「ええ⁉」

 ある種機械的で恐怖さえ感じそうな音を聞いて女の子は音の聞こえた方へと向かっていく。ユキも慌てて女の子を追う。どんどん女の子の友達のイメージが恐ろしい方向へと向かっていくが、手伝うと言ってしまったからには最後まで付き合わねばならない。

「ステラちゃん!」

 声の方へと走って裏路地に入り込むと、細くて白い体に4本の腕を持った、カマキリのような魔物がこちらを見ていた。

「ギィ!」

 女の子が駆け寄ると、ステラちゃんも嬉しそうに女の子に近づいていく。

「えっと、この子がステラちゃん?」

「うん! そうだよ!」

 ユキが尋ねると、女の子は嬉しそうに答える。

「ステラちゃんね、すごいんだよ! ステラちゃんアレやって!」

 そう言って女の子はポケットから紙とペンを出す。黒くて歴史を感じさせるデザインをしているそのペンは、女の子が持っているにしては随分と似合わない。なんともシブイ趣味の子だ。

 女の子は紙を地面に置いてステラちゃんにペンを差し出す。するとステラちゃんは爪で器用にペンを持つと紙にサラサラと何か書き始めた。

『わたしのなまえはすてらです。よろしくおねがいします』

 自己紹介だ。

「すごいでしょ! ステラちゃんね、文字が書けるんだよ!」

「おお……」

 素直に感心した。なんというか、犬の玉乗りとか喋る猫とか、テレビで紹介するペットのすごい特技を見た時と同じような気分になった。

「ステラちゃんの名前もこれで知ったんだよ!」

「へ? ステラちゃんから教えてもらったの?」

「うん。腕が4本あるからヨンちゃんって呼んだら『わたしのなまえはすてらです』って」

 つまりそれは人間の言葉を理解していてコミュニケーションが可能であるということを示している。この魔物が特別なのか、魔物とはそういうものなのか。

「そういえば名前聞いてなかったね。私シロニカ! お姉ちゃんは?」

「私はユキ。よろしくね」

「ギイ!」

「そして俺達が誘拐犯だ。よろしくな!」

 ……は? 突然の第三者の声に振り返った瞬間、ユキとシロニカは口と鼻をガーゼのような濡らした柔らかい紙で押さえつけられた。

 次の瞬間、眠気と共に意識が遠くなってくる。そういえば、前にもこんなことがあったような気が……。

「なんだア? お前、逃げ出したのか? 仕方のねえ奴だ。おい、コイツも連れてけ! この大きさだ、大したことはできねえよ!」

 完全に意識を失う前、それがユキの聞いた最後の言葉だった。

 現実世界での死、奴隷商、2度の集合商店での事件、現実世界の数え方でもまだ1ヶ月も経っていないが5度目となる事件の巻き込まれであった。

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