6-ハクマの王子様

「おう! ユキお帰り! ……って坊ちゃん⁉ また城を抜け出したんですか⁉」

「やあ、サラマンダー」

 やって来た男を見て店内の掃除をしていたサラマンダーは思わず手に持っていたモップを落としそうになった。

「店長、ただいま帰りました」

「ユ、ユキ! お前が連れて来たのか⁉」

「ん? 君サラマンダーの所のだったの?」

 サラマンダーと男が驚いたような顔でユキを見つめる。ただし、その意味合いも度合いも大分異なるが。

「いやあ、いつものようにカツラ被って出かけたんだけどこの子とぶつかって落としちゃってさあ。こうしてこの髪の毛を見られちゃったワケだよ。もっと対策を増やした方がいいかもね、ハハハ」

「笑い事じゃないですよ、不用心なんですから……」

 笑いながらカツラをとる男に、顔に手をやって首を横に振るサラマンダー。そこへ店の奥で掃除をしていたジエルとヒルマがやってくる。

「店長、なんか騒がしいけど誰か来たの……ってぴゃああああああああああ⁉」

「あらあらあら、凄い人が来たわねェ。店長、何やらかしたのォ?」

 ひょっこり顔を出した瞬間、1番騒がしくなるジエルに平静を装いながらも驚きの表情を隠せていないヒルマ。そんなにヤバイ人なのだろうか。

「う、嘘⁉ 何で⁉ 何でいるの⁉ え? 夢じゃないよね⁉ 夢じゃないよね⁉」

 まるで好きな芸能人にでも出会ったファンの女の子みたいなリアクションを繰り返すジエル。サタマンダーとヒルマも普段と様子が違うし、ユキだけが状況を全く理解していない。

「それで、店長? この人は誰なんです?」

「ん? あー、そうか、お前は知らないのか。それもそうか」

 ユキの質問にどこか納得したような声を出すサラマンダー。そういえば『元奴隷だったから何も知らない』みたいな設定になっていたなと、ユキは自分が作った訳でもない設定を思い出す。何年か後に黒歴史になっていなければいいが。


「この人はな、クロノワール・ハクマー。俺らが住むこの『ハクマ王国』の第一王子だよ」


「だ、第一王子?」

 ユキが男の顔を見る。

「うん、第一王子」

 男は笑顔で頷く。

 ユキの表情が固まる。

 つまりこの国の王様の息子である。今までの人生の中でユキが出会った1番偉い人と言えば、学校の校長先生かバイト先のコンビニの店長だ。今目の前にそれらを凌駕するエライ人がいるという事実を突きつけられたユキはとりあえず……

「ぶ、ぶつかってすいませんでした」

「い、いやそれはこっちにも非があるから! 顔上げよう⁉ 体起こそう⁉」

 土下座することにした。

 ヤバイと思ったら一目も気にせずプライドを捨てて土下座をすれば大抵のことはなんとかなると、生前、コンビニバイトの店長が言っていたような気がする。

 顔を上げればクロノワールの顔が軽く引きつっていた。なんとか許されたことに安堵しつつ、異世界の人間にも土下座って効くんだなと、実は結構な賭けだったのでは? と土下座をした後で思いながらユキは体を起こした。

「ハクマの王族は皆髪が黒いんだ。王族の血ってヤツだな。とりあえずハクマで髪が黒い奴を見たらとりあえず王族だと思っておきな。まあ、こんな一般国民に紛れるようなマネするような人は坊ちゃんくらいだろうけど」

サラマンダーはそう言ってクロノワールの方を見る。

「つーか坊ちゃん、カツラ持ってんなら被っててくだせーよ。今日は店やってないっつっても誰が来るか分からねーんですから」

「そうかい? じゃあ、そうしようか」

 呆れたように言うサラマンダーにクロノワールは笑いながら金髪のカツラを被る。店の中はなんだか異様な雰囲気に包まれていた。国の王子と店の店長が仲良さげに話しているのだから無理もない。

「ちょっとユキ⁉ どうやってあんな大物店に連れて来たのよ⁉ アンタ実は貴族かなんかなの?」

「そう言われましても……私は連れて来たというより連れられて来た側ですし……」

 ジエルがユキに耳打ちしてヒソヒソ声で話しかける。耳元で囁くにはユキとジエルには身長に差があるのでユキが屈む必要がある。正直、周りから見ると何やらヒソヒソ話しているのは丸分かりだった。

「なんかもうアタシ緊張で吐き気してきた。帰っていい? 定休日だからって遊びに来るんじゃなかった……」

「えっと、気をつけて?」

 そのまま帰ろうとするジエルの腕をヒルマが素早い動きで掴む。

「ダメよ。ジエルちゃんが帰ったら人数が減ってこの場の緊張感がひどくなるわァ。店長は何故か知り合いみたいだけど私達は初対面なのよォ? もっと配慮して」

「配慮って……アタシこの中だと最年少なんだけど?」

「関係ないわ! 人間なんてどれだけ長く生きようとまだまだまだ心はガキなのよ! 無理! 私ガキだからお偉いさんの相手とか荷が重すぎィ!」

「なんて暴論⁉ アタシだって無理よ! 下手したら首が体から離れちゃうかもしれないじゃない!」

 もはや音量なんて気にしていなかった。本人を目の前にして畏れ多くも恐れ知らずな言い争いが続く。

「もしかして、僕ってあまり歓迎されてない?」

 クロノワールが人差し指で頬をかきながら困ったように笑う。こんなにボロクソに言われているのに笑って済ませられるのは王者の余裕と見るべきか。

 なんにしても王族のイメージが悪過ぎる。どちらかというと有名な料理の評論家が突然やって来たような反応だ。

「まあ、王族だなんてバレてる状態じゃあ、どこ行っても歓迎はされんでしょうな。公式に訪れるならともかく、個人的にですよ?」

「はは、これは手厳しい」

 そんなクロノワールにサラマンダーはハッキリと言ってしまう。知り合いなのかもしれないが、見ているユキ達の方からすればこの上なく心臓に悪い。

「つーか坊ちゃん、カツラ持ってんならちゃんとつけといてくださいよ。今日は店は休みだっつっても、人が来ないとは限らないんですから」

「うん? ああ、そうだね」

 クロノワールはもう1度カツラを被る。あっという間に黄色い髪のどこにでもいそうな一般人の完成だ。

「そういや坊ちゃん、今日は何だって城を抜け出したんです?」

 サラマンダーがクロノワールに問いかける。長いような短いような、当事者はきっと大真面目だったであろう茶番を経て、ある意味本題とも言える内容にようやく踏み込んだ。

「ああ、それは……」

「それは、私達からお話ししましょう」

 クロノワールの言葉を遮って、店の中にこの場の誰のものでもない声が響く。

 気がつけば、黒い服を着た2人の男女がクロノワールの後ろに立っていた。

 男の方はこの場で1番大きなサラマンダーに負けない程の大きな体をしており、悪人のような恐ろしい顔が見る者を圧倒する。女の方は子供と見間違うほどに小柄で、幼い顔つきをしていた。前髪につけた可愛らしいキャラクターもののヘアピンが彼女の子供らしさに拍車をかけている。

「皆様、初めまして。クロノワール親衛隊のレイヴンと申します。以後、お見知りおきを」

 そう言って大きな男は礼儀正しく礼をする。

「同じく、クロノワール親衛隊のクロウでしゅ。よろしくお願いしましゅ」

 同じように小さい女も続けて礼をする。話し方のせいかますます子供っぽく見えてくる。悪い意味で。

「ジエルさん、親衛隊って……」

「王族や貴族の身辺警護のための武装組織よ。まあ、お偉いさんが個人個人で持っている私兵隊だと思ってくれればいいわ」

 親衛隊って何ですか。そうユキが言い終わらない内にジエルは説明を始める。慣れとは恐ろしいものだ。

 親衛隊と聞くとユキはアイドルのファンクラブみたいなものしか思いつかないが、役割や目的は現実の親衛隊と大きな違いはない。実際の活動が似ているかどうかはまた別の話ではあるが。

「2人もいたのか、久しぶりじゃねえか。レイヴンはまた背が伸びたか? クロウは相変わらずサ行の発音が苦手なのか」

「サラマンダー様は相変わらずですね。それと、もう身長の伸びは止まっています」

「私としては普通に発音しているつもりなんでしゅけどね。どうにもシャ行がシャ行に聞こえるようで」

 突然現れた2人ともサラマンダーは親し気に話す。なんだかプチ同窓会みたいになっていた。従業員達の置いてきぼり具合が加速する。

「話が逸れましたね。皆様は現在、このケジャキヤで小さな女の子が何人も行方不明になっているのをご存知でしょうか?」

「私達は今、しょの事件を追っているのでしゅ」

 ひとしきり話した後、レイヴンとクロウは真面目な顔でそう言った。


「ここまで来るのに随分長々と茶番をねじ込んだような気がするのは気のせいでしょうか?」

「ユキちゃん、そういのは言わないお約束よォ?」

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