6-それぞれの始まり

 朝早くのこと。

「クロ様ー、朝ですよー起きてくーださーい♪」

 まるで歌うような、わざとらしさすら感じる声と共に部屋にメイド服の女性が入ってくる。

 見るからに高価な絨毯が敷かれ、高価な家具が置かれた高価な部屋で、女性はベッドの掛け布団を慣れた手つきではぐと、そこには張り紙が張り付けられた抱き枕があるだけだった。

「ふえ?」

 抱き枕から張り紙をはいで読んでみる。


 ちょっと外に出てきます。

          クロノワール

「ええ⁉」

 たったそれだけの文章だったが、女性を驚かせ、慌てさせるにはそれだけで十分だった。

「たた、大変! 大変ですぅ! はわわ、どうしましょう! だ、誰か来てくださぁい!」

「騒がしいしわざとらしいぞ、朝っぱらからどうした?」

 部屋を飛び出して廊下に出た女性に黒い長髪の男が近づいてくる。

「ああ! メラ様! クロ様がまた脱走を!」

「何⁉ 兄上が⁉ クソッ数日前に脱走したばかりだというのにこんなに早くまた脱走するとは思わなかった!」

「ど、どぉしましょう?」

「ええい! 親衛隊を呼んで来い! 極秘で捜索に行かせるんだ!」

 苛立ちの混じった叫び声が廊下に響く。

「兄上ェ……! いったい何度問題を起こせば気が済むのです⁉」


 町の中にあったのは1つの死体だった。

 鳥面族のたてこもり事件から数日後、ケジャキヤの路地裏である男の死体が見つかった。仰向けに倒れた死体には胸に大きな穴が開いていた。

「また随分と綺麗な円形の穴だな。魔術か? こりゃ」

「デカイ槍で刺したって可能性もありますよ? 先輩」

 地面に膝をつき、死体を観察しているのはドーベルとロクトの2人、周りには他の騎士達が現場を封鎖して野次馬を遠ざけようとしている。

「穴は貫通している。槍だとしたらランスだろう」

 ランス。槍の一種であり、刃物がついておらず、円錐の底面に握るための棒がついたような形をしている。当然、現実世界のランスの形はこれだけではないが、ここでは割愛することにする。

「死体の穴は背中まで貫通してる。ランスのような形状の武器を使ったのなら胸の穴と背中の穴の大きさには差があるハズだ。それでどっちから刺されたのか分かるかもしれん。特定班!来てくれ!」

 ドーベルの呼びかけに、黒いゴーグルをつけた騎士達が数人集まってくる。

「死体の穴の大きさを調べてくれ」

「分かりました」

 ドーベルと解析班の騎士達が話している間、ロクトは邪魔にならないように現場の封鎖に回るため死体から離れた。路地裏から出て外を見回すと、野次馬ではない何者かの視線を感じた。

「ん?」

 ただの好奇心ではない、別の意思を含んだ目にロクトはさらに目を凝らして辺りを見回すが、ロクトの雰囲気の変化を読み取ったのか、視線は消えてしまった。

「誰だったんだ……?」

 戸惑いながらもロクトは現場の見張りを続ける。どうにも、ただの殺人事件とはいかないようだ。


「ギイイイィィィ……」

 断末魔と共にその巨体が崩れ落ちるように倒れる。

 同日、王都ケジャキヤから少し離れた草原にてテトラフォリアの姿を確認したという報告を受けたプライネルは隊を率いて討伐に出かけ、見事、テトラフォリアを撃破した。周りにはテトラフォリアが集めたであろう魔物達の死体がいくつも転がっている。騎士達にも負傷者が出ており、無事とは言い難い。

「隊長、どうやらこの魔物達、王都を挟んだ反対側の森から集められたようです」

 イーベルの報告を聞いてプライネルはアゴに手を当てて考え込む。

「また森か……しかし、今月でもう3度目だぞ?初めてヤツが現れたのが数年前、次に現れたのは今月に入ってからだ。いくらなんでも早すぎる」

「そういえば、今月2度目に現れたテトラフォリアは今回や前々回のように魔物を引き連れていなかったという話でしたね。自分にはどうにも『個体差』ってヤツを感じるのですが」

「個体差……か、そうだな」

 結局のところ、テトラフォリアについては何も分からないままだ。

「とりあえず、テトラフォリアの死体は騎士団の研究部に持って行こう。本当は生きてる彼らの生態を観察できれば1番なんだけど……」

 言葉を濁らせるプライネル。実際のところ、生きているテトラフォリアを観察するのは難しい。1匹でも見つかれば、騎士団としては王都の人々に被害が出る前に殺してしまわなければならないからだ。そうしなければ、どれだけの被害を被るか分かったものではない。

 騎士達がテトラフォリアの死体を数人がかりで抱えて運んでいく。その様子をプライネルとイーベルは曇った表情でその様子を見ていた。

「隊長、なんだか嫌な予感がします」

「奇遇だね、僕もだよ」


 同日、ケジャキヤの街中を1人で散歩する白い髪の小さな少女がいた。

「ちぇー、今日はアーちゃんもキーちゃんも遊べないってー、つまんないのー」

 頬を膨らませて少し落ち込み気味。顔を下に向けながら歩いている少女の名前はシロニカ。友達からはシーちゃんと呼ばれている。

「あーあ、ヒマだなー……ん?」

 ぶーたれながら歩いていると、小さな影が家と家の隙間に消えていくのが見えた。気になって角からひょっこりと顔を出してみると、そこには小さなカマキリのような魔物が縮こまっていた。

「ギギ……」

 カマキリは警戒したようにこちらを見つめる。

「町の中にいるってことは危なくないよね!はい!クッキー食べる?」

 シロニカはポケットから友達と食べようと思って持って来ていたクッキーを1枚取り出すと、カマキリに向かってクッキーを持った手を伸ばす。カマキリはしばらくクッキーと少女の期待するような顔を交互に見つめていたが、やがてクッキーを器用に受け取ると、そのまま口に運んで食べた。

「わあ!」

 シロニカの目がキラキラと輝く。

 そのままクッキーを食べるカマキリの姿を見つめていたシロニカだったが、やがて、彼女はあることに気付く。

「アナタ、腕が4本あるのね!」

 ただの好奇心でそう言ったシロニカというこの小さな少女はまだ知らない。自分が見つけたこの生き物がどれだけ恐ろしいものなのかを。


 その日、ユキは店のおつかいで買い物に行った帰りだった。カゴにありったけの食材を詰め込んで、『俺の料理屋』へと歩いていると、突然目の前を1人の少女が横切った。

「こないでー‼」

 布で隠した何かを抱えて走っていく少女に気を取られていると、今度は1人騎士がユキの前を横切っていく。

「ま、待って! 待ちなさいって! 何て足の速い子供だ!」

 少女を追いかける騎士は、途中で疲れて立ち止まり、息を整えてまた走り出す。

 子供の体力って凄いなー。そんなことを思いながらユキは子供と騎士の追いかけっこをぼーっと見ていたが、自分が買い物の帰り、しかもカゴの中に生ものが入っていたことを思い出してさっさと帰ろうと歩き出す。

 だが前を向いて歩かなかったせいか、歩き出した矢先に横から来た男にぶつかってしまう。

「おっと、ごめんね?」

「いえ、こちらこそすいません」

 丁寧に頭を下げて謝る男に対して、ユキも頭も下げる。すると、地面にバナナの皮のようなものがあるのを見つけた。

 ユキが前を向くとそこには黒いギザギザした髪の男がいる。男はハッとしてバナナの皮らしきものを拾うと、軽くはたいてゴミを落として頭に被った。黄色の髪のカツラだったらしい。

「……見ちゃった?」

「……頭のことなら」

 男の質問にユキが答えると男は「あちゃー」と言いながら頭を抱える。

「この頭のことは秘密にしておいてくれ!頼む‼お願い‼この通り‼」

「は、はい」

 手を顔の前で合わせていかにもな「お願い」のポーズをとる男の必死さに気圧されてよく考えずに「はい」と答えてしまうユキだったが、頭の何が問題なのかさっぱり分からない。ヘアスタイルが気に入らないのだろうかなどと呑気に考えてみるが、人前に出るのが恥ずかしいとかいう必死さではない気がする。

「と、とりあえず説明するから!この先に僕の馴染みの店があるからさ、ちょっとついて来てもらえない?」

「はあ、分かりました」

「ありがとう!じゃあ、行こうか」

 あまりの必死さと慌てように二つ返事のように了承してしまったユキだったが、そういえば今はおつかいの途中だったような。帰るまでがおつかいだというのに大丈夫だろうかと心の片隅で考えたりもしたが、既に断れるような雰囲気ではなかった。

 こんなに簡単に人についていくから短期間に3度も事件に巻き込まれるのではないかと思ったり思わなかったりするユキだった。


「ここだよ。僕の馴染みの店」

 少し歩いて男に連れられて来た店は、随分と見覚えのあるものだった。

「……『俺の料理屋』って書いてますね」

「ああ、僕の知り合いが経営してるんだ」

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