3-不穏な平穏

 ケジャキヤ大森林。王都ケジャキヤの北にある大きな森。

 そこには狼に似た魔物、熊に似た魔物など多くの種類の魔物が住んでいた。

 そんな森の中を、2人の騎士が歩いていた。1人は軽薄そうな若い男で、もう1人はちょび髭を生やした初老の男だった。

「相変わらず薄気味悪いっスねえ、この森。正直早く帰りたいっスよ副隊長」

「我慢しろ、これも仕事だ」

 ダラダラと歩きながら文句を言う軽薄そうな男を副隊長と呼ばれたちょび髭の男は短く叱る。軽薄そうな男は部下なのだろう。

「つってもこんな薄暗い森も定期的に調べなきゃならないなんて、気が滅入るっスよ本当に。俺虫系の魔物ダメなんスよね、なんかギチギチいってんのが気持ち悪くて」

「分かった分かった。今日は晩飯なんか奢ってやるから頑張れ」

 それでも文句が口から出てくる若い部下に対して、副隊長はため息が出る。

「ホントっスか⁉ いやー、やる気出てきましたよ! !」

「現金な奴め」

 一転してスキップでもしそうな程に元気になった部下を見て、ちょび髭の男は別の意味でため息を吐いた。

「あれ?副隊長、アレって……」

「何かあったのか?」

 不意に部下が不思議そうにある一点を指さす。副隊長がその方向を見てみると、木々が生えておらずちょっとした広場のようになっている場所に、たくさんの魔物達が集まっていた。

 狼の姿をした魔物、熊の姿をした魔物、鳥の姿をした魔物、リスの姿をした魔物、クモの姿をした魔物など、森に住むあらゆる種類の魔物が同じ場所に集まっていた。

「どういうことだ? どうなっている?」

「そんなにおかしなことなんスか? いや確かに不思議ではあるっスけど」

「確かに、複数の種類の魔物を相手にすることもあるだろう。だが、それは人間が複数の魔物に対して同時に戦いを挑んだ時に限る。人間が介入しなければ魔物だって基本的には同じ種族同士でしか共生しない。種類の違う魔物同士など、ペットとして飼っているのでもない限り、不干渉か食うか食われるかだ。ああやって集まること自体ありえん」

「つまり仲の悪い2人でも共通の敵に襲われたら手を組むってことっスか?」

「そういうことになるな」

 2人は魔物の集まりをじっと観察する。どの魔物も大人しく座っており、動く様子がない。

 少し経つと、森の奥の方から1体の魔物が魔物達の集まる広場にやって来た。その瞬間、魔物達は一斉にやって来た魔物の方を向く。

 その魔物は細身だが、広場のどの魔物よりも巨大だった。全身が白で統一された体、黄色い目、針金のような4本の脚。まるで骨格の模型のような印象を受けるそれは、現実世界のカマキリに近い見た目をしていた。違う点があるとすれば、カマキリの腕(ここではあえて腕と表記する)が4本であること。腕の先についているのが鎌ではなくハサミであることだハサミだけを見ると蟹を連想する形をしている。

「な、なんなんスかアレ? あんな魔物見たこともないっスよ?」

「アレは……まさか……」

 首を傾げる部下の横で副隊長の表情が変わる。

「キイイイイィィィィ‼」

 カマキリのような魔物は4つの腕を高く上げて金属音のような鳴き声をあげる。その瞬間、広場に集まった魔物達が次々に遠吠えのような鳴き声をあげ始めた。まるで偉い人の演説に盛り上がる人々のような熱狂がそこにはあった。

「なんスかコレ? 魔物を扇動してる……? 副隊長、コレってもしかして新種の魔物ってヤツっスかね⁉ だとしたらスゲー発見になるんじゃ……!」

「おい、すぐに戻るぞ!」

 興奮する部下の腕を副隊長が引っ張る。その顔には明らかな焦りが浮かんでいた。

「ふ、副隊長? どうかしたんスか⁉」

「急いで本部に報告だ! 俺の記憶が確かなら、あの魔物は危険だ‼」


「最初はネリメシの作り方から覚えてもらうぞ。ハクマ国民の基本だからな」

 そう言ってサラマンダーは店の奥から大量の白い粉の入った大きな袋を持って来た。

 ネリメシ。

 日本人の主食と言えば何を想像するだろうか? 人によって好みや違いはあるだろうが、大抵の場合、米と答えるのではないだろうか。

 日本人の主食が米であるように、ネリメシはハクマ王国の主食である。

「まずはボウルにこの『ネリ粉』を入れる。ネリ粉の量に合った水を入れ、ネリ粉が粘り気を含まない生地になるまでこねてこねてこねまくる。こうして作った『ネリ生地』を蒸してやれば、『ネリメシ』の完成だ。肉や魚と相性もいいし、生地にする前に調味料とかを混ぜておけばネリメシの味や色を変えることもできる。優れた食べ物だよコイツは」

 うんうん頷きながらサラマンダーはネリメシをベタ褒めする。説明を聞きながらユキは、パン生地を作ってるみたいだと思った。

 ユキ自身もう何日も店で働いているので出来上がったネリメシがどういう見た目をしているかはしっている。日本で例えるなら、コンビニで売っている肉まんやあんまんのような見た目と味っをしている。当然中身など入っていない。

「それじゃあ早速ネリメシを作ってみるぞ! 最初に……」

「店長、張り切るのはいいけどォ、もう開店時間よォ?お店開けなくていいの?」

「……そうね、店、開けなきゃだもんな」

 始まろうとしたサラマンダーのお料理教室は、ヒルマの一言であっけなく終了してしまった。


 お昼頃。

「ロクトさーん」

 昼飯を食べに行こうとロクトが騎士団本部の出入り口を出ると、入り口でよく知る女性が手を振っていた。ただし、自分の名前を呼んでいるが声を出そうという気がまるで感じられない。

「あれ? ユキ?」

「おーい! ロクトー‼」

 その隣でよく知る男も手を振っていた。早朝という訳でもないが声が大きすぎて近所迷惑なんじゃなかろうか。

「……と、イーベル……何で一緒にいるの?」

「騎士団行こうとしたら道分からなくて、どうしようかと悩んでたらイーベルさんに会って案内してもらったんです」

「そういうことだ。イイ事をすると気分がイイな!」

 イーベルが親指を立てて笑う。白い歯と眩しい笑顔が少しうっとおしく感じた。

「とゆー訳でロクトさん。これどうぞ」

「これは?」

「ウチの店の定食肉肉セットです。ロクトさんにはいろいろとお世話になっているのでそのお礼ということでどうぞ」

「え? いいのか⁉」

 手作りではないものの、女性からの料理のプレゼント。ロクトにとって初めての経験であり素直に嬉しかった。

「良かったな! 恋人からの愛情弁当なんて羨ましいじゃないか」

「いや、恋人ではないんだけど……っつーかコレ弁当って呼んでいいのか?」

 横で茶化してくる奴がいなければもっと素直に喜べるのだが。ちらりとユキの方を見れば全く同様している様子もなく、無表情でこちらを見ていた。なんとなく悲しい。

「おーい! イーベル‼」

 突然、本部の中から慌てた様子のドーベルが現れた。

「ケジャキヤ大森林でテトラフォリアが現れた! お前のところの隊に討伐命令が出たぞ!」

「‼」

 テトラフォリア。ドーベルのその言葉にイーベルは目を見開くと、何も言わずに走り出した。

「イーベル?」

 一言も喋らなかったイーベルの姿にロクトは違和感を覚える。

「ん? そちらさんはもしかして?」

 ユキを見てドーベルが首を傾げる。そう言えば会わせたことはなかった。

「ああ、そうです、ミユさんです。ユキ、こちら俺の騎士団の先輩でイーベル兄のドーベルさん」

「どうも、ドーベル・ハントマンです。弟がお世話になってます」

 ロクトの紹介でドーベルは礼儀正しく頭を下げる。兄弟で見た目も似ているが随分と雰囲気が違う。

「こ、これはご丁寧にどうも、ユキです・・・あれ? ハントマン?」

 確かジエルから聞いた名前はイーベル・ヴァリアンだったハズ。

「ってスミマセン。余計な事を言いました」

 初対面の人に何て事を言っているんだと言ってすぐに後悔する。ただでさえ初対面の人との会話は苦手だというのに自ら地雷を踏む抜かなくてもいいだろうに。

「ああ、いいんです。俺は結婚してファミリーネームが変わったんですよ。だから弟とは名前が違うんです」

 笑いながらドーベルは頭をかくいていたが、突然ロクトと肩を組む。

「にしてもロクト、良い彼女さんじゃないか。よく口説き落とせたなァ」

「だから彼女じゃないし口説いてませんって」

 ヒソヒソと話してはいるが全部聞こえていた。自分の知らない所でいろんな種類の誤解がいろんな人に生まれているらしい。いちいち訂正するような気にはなれないが。

「それはそうとドーベルさん。テトラフォリアって何ですか?」

 ロクトが聞くと、ドーベルからさっきまでのふざけていた笑顔が消えた。


「ああ、お前はイーベルより後から入団したから知らねーんだったな。テトラフォリアはな、イーベルが『勇者』と呼ばれるきっかけとなった魔物だ」


 暗い顔でドーベルはそう語った。

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