3-騎士と勇者と転生者
それは、今からおよそ1年前。ロクトが王立騎士団に入ったばかりの頃だった。
騎士団では新しく入ってきた新人騎士は伝統行事として先輩騎士と練習試合をする決まりになっている。新人騎士に自分の実力を自覚させるという建前があるが、実際には新人騎士に力の差を見せつけ、組織の中の上下関係を守らせるのが目的だ。当然、相手の騎士は新人騎士の技量に合わせて選ばれる。万が一にも新人騎士が勝つなんてことが起こらないように。
ロクトの練習試合の相手として選ばれたのがイーベルだった。イーベルはロクトと同い年であったが、騎士団に所属して3年目であり、当時から4種の基礎魔術と剣術を使いこなし、『勇者』や『最年少で騎士団に入った男』と有名人だった。
練習試合当日。屋外の訓練場でロクトとイーベルは向かい合った。
「お互い、悔いの残らない良い試合にしよう」
「……はい……」
礼儀正しく手を差し伸べ、握手をしようとするイーベルに対し、ロクトは一目見て分かる程に調子が悪そうだった。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「緊張して眠れなかったんですよ……あんま叫ばないでください。寝不足の頭にキンキン響くんで……」
そう言って片手で頭を押さえるロクトを見ると、目の下にクマができていた。
「だらしないぞ! そんな事では勝てる試合も勝てないぞ‼」
「いや別に勝てなくてもいいです……勝ったら絶対変な目で見られますもん。『アイツ先輩に勝ちやがったよ、気に食わねえ』って絶対目の敵にされますもん。……あと叫ばないでください」
「そんな弱気でどうする! 先輩全員叩きのめすくらい言えないのか⁉」
「いやそんな事したら騎士団崩壊しません? それ絶対騎士になりたくて騎士団入った人じゃないよ……あと叫ばないでください」
そこがイーベルの限界だった。
「も、も、も、もう我慢できん‼ こんなに腐抜けた奴は初めてだ‼ その腐った性根を叩き直してやる‼ 行くぞ‼ まずはその眠そうな目を覚ませええええエエエエェェェェ‼」
練習用の木でできた剣を握りしめ、叫び声を上げながらイーベルはロクトに突っ込んで行く。
「だぁかぁらぁ・・・叫ぶなっつってんだろうがああああアアアアァァァァ!!!」
次の瞬間、イーベルは宙を舞っていた。
上に向かって振りぬかれたロクトの拳がイーベルのアゴを撃ちぬいたのだ。地面に落ちたイーベルは「やべ、やっちゃったなぁ……どうしよぉ……」というロクトの声を最後に聞き、気を失った。
後にソレは騎士団の歴史に残る試合となった。
世の中に絶対という言葉はない。新人騎士が先輩騎士に勝ってしまうということは、騎士団の歴史の中でも何度かあった。
だが、ロクトとイーベルの試合は別だ。実力も体調も大きく差がついている。誰もがイーベルの勝利を疑わなかった。そんな中でイーベルがたった1撃であっさりとやられてしまったのだ。しかも相手は入団したてのド素人で武器も使わずにだ。
結果として、ロクトは『勇者に勝った男』として騎士団の中で一時期有名になったのだ。
「俺は目が覚めたら医務室にいました。俺は思ったんです。ライバルにするならこの男しかいない! コイツは絶対俺と同じ場所まで来る! って。だからロクトは俺のライバルで、俺はロクトのライバルなんです」
「なるほど……」
「いやいや、納得しないでくれ。ライバルじゃないから」
イーベルの話を聞いてユキが頷きかけたところで、どんぶりを乗せたトレイを持ったロクトが戻って来た。どんぶりと聞くと発音的にカツ丼や天丼、親子丼などの丼物をユキは想像するが、中に入っていたのは麺類だった。ちなみに、ラーメンに使う四角い渦巻きや龍の絵がついてるあの丼は『ラーメン
「騙されちゃダメだユキ。俺がコイツに勝ったのはその練習試合の時だけだ。その後も何度も練習試合を挑まれているが俺は1度も勝ててない!」
自信満々に言うことじゃないだろう。言ってて悲しくならないのだろうか。
「謙遜するな。お前は強い。周りもそれは知っている。いずれ俺とお前の2人で騎士団を引っ張っていこうじゃないか」
「止めろ! 無駄にデカイ夢とか出さなくていいから! 有名になんてならなくていいから! 人助けはしたいけど有名人にはなりたくない!」
ああ、そういうことかと、ユキはなんとなくロクトの言いたいことが分かった。おそらくロクトにとっては騎士団で上に行くよりも兵の1人として活動する方が合っているのだろう。
イーベルとロクトでは騎士団の中で目指しているものが違うのだ。だから2人の話はいつまでも平行線をたどっているのだ。
「おう、待たせたな!後は俺が荷物見ておくからユキとイーベルも自分の昼飯買いに行きな」
話していると、トレイに定食を乗せたサラマンダーが戻って来た。
「あ、店長」
「お願いします」
ユキとイーベルはそれぞれ立ち上がる。
「イーベルさん」
「はい?」
そして、店に向かおうとするイーベルをユキは呼び止める。
「さっきの話を聞く限りだと、昔のロクトさんは貴方に対して敬語だったんですよね?」
「はい、そうでした」
「私は正直、ライバルがどうこうという気持ちはよく分かりません。でも、今はタメ口で話している訳ですし、仲は深まっていると思いますよ?昔よりも」
ユキがそう言うと、イーベルは驚いたような顔をして、
「そうですね。俺も、そう思います」
すぐに微笑んだ。
次の日。
「おはよーございまーす」
「ああ、ジエルさん。おはようございます」
ジエルが『俺の料理屋』の中に入ると、制服姿のユキが掃除をしていた。
「あー、分かってたけどやっぱり制服なのね」
「今日から下着を着用してますので全く同じという訳ではないんですけどね」
「下着なんて見えない部分の違いなんて気付かないもんね」
「そもそも見せる部分ですらないですけどね」
ユキとジエルが下着談義に花を咲かせていると、店の奥からサラマンダーとヒルマが顔を出す。
「あー、そーいや今日から下着も着れるんだったな。風でスカートがめくれるイベントとか無かったから下着のこととか忘れてたわ」
「そのまま忘れといて欲しかったですセクハラマンダー」
「店長! 私というモノがありながらユキちゃんを選ぶのォ⁉ 私愛人は1人2人いてもいいけど私が愛人になるのは嫌!」
「いや、何の話だよ……」
さっきから下世話な話しかしてねーなと思いながら、サラマンダーは首を横に振ってため息を吐く。
「それはそうとユキ! 今日からお前にも料理を教えようと思う!」
話の流れを変えるため、サラマンダーはやや大げさにユキを指さす。漫画だったらビシィ‼ といった感じの擬音がつきそうだ。
「料理、ですか?」
「ああ、まずは最も基本的な料理からだ!」
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