3-噂のアイツは勇者様

「魔術には2種類あってェ、まずは『基礎魔術』という火、水、風、土、雷の5つの属性を操る魔術。これは勉強すれば誰でも使える魔術だけど、大抵の人は1つか2つの属性しか使わないわねェ。いろいろ覚えるよりも1つを極めた方が強いって考え。もう1つは『独立魔術』という個人個人によってに起こす現象が違う魔術。人の精神や心といったものが魔術に反映されてるって話だけど、実際のところまだまだよく分かってないのよねェ」

 ユキの服を買いに行った次の日の朝、ユキは『俺の料理屋』でヒルマから魔術について教えてもらっていた。服は買ったが、今日は仕事の日だ。着る機会はまだ訪れない。

「個人個人で起こす現象は違うって、どういうことですか?」

「例えるなら、『基礎魔術』は普通の計算式。同じ式なら誰もが同じ答えを導き出せるの。それに対して『独立魔術』は同じ計算式でも人によって答えが違うの。といっても、『独立魔術』を使える人があまりいないから仕組みとかはあまり分かっていないのよねェ」

「な、なるほど……」

 仕組みも分からないものを使うなんて大丈夫なのだろうか。

 生前、手術に使う麻酔にはなぜ効くのかはっきりとは分かっていないという情報をユキはテレビで見た事があった。それ以来、ユキは病院に行くのが前よりも怖くなった。まあ、病院に行けずにあっけなく死んだ訳だが。

「ちなみに、昨日会ったイーベルちゃんは、この内『基礎魔術』で土以外の4属性を高いレベルで使え、さらに剣術も得意という、広い範囲で高い技術を持っているから『騎士団期待の星』とか呼ばれている訳ねェ」

「やっぱり有名なんですね、イーベルさん」

 名前が出たので、ユキは昨日のことを思い返してみる。


 結局、ユキの服を買うことは出来なかった。ロクトとサラマンダーのおかげで店の被害は区画の端が破壊されただけですんだ。

 誰かが連絡したのだろう。駆け付けた騎士達によって黒フード達は全員拘束され、騎士団本部へと連行された。

「アナタ達のおかげで商品はほとんど無事よおおおおおおおん‼」

「お礼の印に何か服をサービスしちゃうわあああああああん‼」

 熱烈に感激の言葉を叫ぶコーディーとネートの兄弟からそう言われ、ミユの服を一式貰った。買ってはいない。貰ったのだ。

「マジか⁉ やったなユキ! 儲けモンだぜ!」

 サラマンダーが嬉しそうにガッツポーズをする。

 ユキ個人は何もしてないのでお礼を貰うのは気が引けるのだが、服がないといつまでもノーパンノーブラ制服生活になってしまう。「相手がお礼をすると言っているのだから好意に甘えておこう」と自分に言い聞かせ、とりあえず服を選ぶ。

 数分後、ユキの手には白いワンピースに白いパンツに白いブラジャーが3セット入った袋が握られていた。白い髪に白い肌と合わさって何から何まで白一色となってしまった。

「っつーか毎日洗濯するにしても3着は服が欲しいとは思ってたけど、アンタ3つとも同じ服にしなくてもいいんっじゃないの?」

「同じ服なら選ぶ必要もないし楽ですから。それに洗濯といっても私は『お父さん! 私の服とお父さんの服一緒に洗わないでって言ったでしょ!』とか言いませんから」

「いや誰もそんな話はしてないんだけど……」


 服を選んだその足でユキ達はそのまま昼食に向かう。

 ケジャキヤ集合商店の飲食コーナー。広い区画の端にいくつもの小さな飲食店と客席が並んでいる。言ってしまえばフードコートそのまんまだ。

 平日だというのに随分と混んでいる。昼飯時だからだろうか。

「……何でお前までいるの?」

「ハッハッハ! まあ細かいことは気にするな!」

 ロクトの横でしれっとイーベルが混ざっていた。

「お前、今日は仕事だろ? サボりになるんじゃねーの?」

「強盗グループは他の騎士に引き継がせたから大丈夫だ。それに、丁度お昼時だしな。昼食をとるなら飲食コーナーが1番近いし、なにより、1人だとこういう場所では席をとり辛いからな」

 周りを見ると家族連れや友達同士で昼飯を食べに来た人達が多い。わりと切羽詰まった理由だった。

「まあ、一応説明しておくか。コイツはイーベル。あー、なんというか……」

「いや、大丈夫だ。自己紹介ぐらい自分でやるのが礼儀だろう」

 面倒そうに口を開いたロクトをイーベルは手で制すると、コホンと咳払いをした。

「改めて、イーベル・ヴァリアンです。王立騎士団プライネル隊所属、ロクトのライバルといったところです。よろしくお願いします」

 そう言うと、イーベルは姿勢を正して礼をする。真面目そうなタイプだ。戦隊モノなら間違いなく赤色だろう。着ている制服は青だが。

「嘘をつくな嘘を、誰がお前のライバルになったよ。お前の方が俺よりもずっと上だろうに。仮にも先輩だろお前」

 そんなイーベルをロクトは脱力しながら睨む。先輩にタメ口だったのかよお前とは思っても、誰も声には出さなかった。

「何を言う、お前以上に俺のライバルにふさわしい人間なんていないだろう。勇者のお墨付きだぞ? もっと胸を張るべきだ」

「へいへい」

 眩しい笑顔を浮かべるイーベルとげんなりした様子のロクト。イーベルが赤色ならロクトは青色だろう。

「とりあえず席とるぞ。話は座れる場所をとってからだ」

 サラマンダーが皆に呼びかける。昼時のフードコートの席の取りにくさは例え異世界でもバカにできない。

 皆の目が真剣なものに変わる。不特定多数の人間を相手にした席取り合戦が何の前触れもなく静かに幕を開けたのだった。


 で、数分後。

 6人は丸いテーブルに座っていた。全員が肩透かしを食らったかのような、微妙な顔をしていた。

「……普通に取れましたね、席」

 丁度良く昼食を終えた家族連れがタイミングよく席を離れてくれたおかげであっさりと座ることができたのだ。

「まあ、座れたんだし、とりあえず食べるモノ決めよーぜ?」

「じゃあ、俺はここで荷物見てます。全員が席を離れる訳にもいきませんので」

「あ、じゃあ私も待ってます。1人だといざという時アレですし」

 サラマンダーの言葉にイーベルとユキが荷物番を申し出る。

「そうか、すぐ戻るから頼むな?」

 サラマンダー達が席を立つ。残ったのはイーベルとユキの2人だけだ。

「えっと、イーベルさん?」

「はい。イーベルです。貴方は、ユキさん……ですか?」

「は、はい。名前、知ってたんですね」

 イーベルのような有名人が自分の名前を知っていたことに、ユキは意外そうな顔をする。

「騎士団の中ではロクトに彼女ができたと噂になっていましたから、貴方の名前は騎士団の中では有名なんです」

「そ、それはどうも?」

 自分の知らない場所で自分の名前だけが1人歩きしている。現実なら架空請求の1つや2つ来てもおかしくない状況だ。異世界に携帯電話がなくて本当に良かった。

「そ、そう言えば、ロクトさんのことライバルって言ってましたよね?あれってどういうことなんですか?」

 実は恐ろしい雑学を聞いちゃった時のような恐怖を感じ、とりあえずユキは話題を変えることにした。

「ああ、ロクトですか。実を言うと、彼には1度大きな敗北を味わわされてるんです。それ以来、彼は俺のライバルなんです」

 セリフとは裏腹に、どこか期待に満ちたような顔をイーベルはしていた。

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