3-休日イベントのある日
「いい加減、ユキの服を買ってやらねーとなァ」
事はサラマンダーのそんなセリフから始まった。
奴隷商の事件から数日後の朝、定休日の『俺の料理屋』にロクト、ヒルマ、ジエルの3人は呼び集められた。最初から店にいるユキとサラマンダーを合わせて5人、木製の丸いテーブルを囲んでいた。
「まず初めに、お前ら、ユキの服装、どう思う?」
テーブルに肘を置き、組んだ両手にアゴを乗せるサラマンダーは雰囲気だけは妙に重々しく口を開く。
「どうって……」
ジエルの戸惑うような声と共に全員の視線がユキへと向かう。
「いつもの制服よねェ?」
ヒルマの言葉にロクトとジエルが頷く。
全員が私服を着ている中、1人だけ店の制服を着ているユキの姿がそこにあった。そう、私服を1枚も持っていないユキは、相変わらず店の制服を使いまして生活している。
「そうなんだよ! 服もないからいつも制服! 仕事もプライベートもとにかく制服! ノーブラノーパンで制服! いい加減可哀想だとは思わないかッ⁉」
「男もいる前でなんつーこと言ってんですかセクハラマンダー」
ミユの表情が険しくなる。基本敬語で基本目に光が無く基本淡々としている彼女だが、感情表現は妙にハッキリしている。横を見るとロクトが顔を赤くしてこちらを見ないようにしていた。金髪イケメンでそこそこ遊んでそうな見た目しといてめちゃくそ初心だった。
なお、ロクトと初めて出会った時の服は既に捨ててしまっている。ロクトやサラマンダーはユキが奴隷時代のことを思い出したくないから捨てたと思い込んでいるが、実際のところはボロボロだったので制服があるならいいやという軽い気持ちで捨ててしまったのはユキだけの秘密である。
「だから今日はユキの服を買いに行こうと思ってんだ。ヒルマとジエルには同じ女としてユキの服を選んでやって欲しい」
「あらあらあらまあまあまあ‼ 分かったわァ、ユキちゃんをとっても可愛くしてあげる‼」
「ま、アタシに任せておきなさい! 印象をガッツリ変えてやるわ‼」
サラマンダーの言葉に目に見えてやる気を出す女性陣。生前から服には無頓着だったミユとしては、このやる気は少々面倒くさい。
「まあ、実際のところ、ジエルにはそこまで期待しとらん。まあ、ヒルマのサポートとしてな」
「な、何でよ⁉ アタシのファッションセンスがそんなに不満な訳⁉」
「だってお前……自分の服見てみろよ……」
頬杖をついて冷めた目のサラマンダーにそう言われ、ジエルは自分の服を見つめてみる。
ピンクか紫か判断に困る色の布地に、微妙なデザインのウサギのような何かが狂気的な笑顔でコンニチハしている。
「そんな子供向け……子供向け? いや子供向けだよな……? な私服センスしてる奴に任せられると思ってんのか?」
「誰のセンスが子供向けよ! これでも17歳よ! 来年から大人の仲間入りだもん!」
「は! 年齢で大人子供考えてる時点でガキだっての! ロクトを見てみろ! コイツ今年で19だぞ! 大人2年目だぞ! コイツが大人の男に見えるか? 頼り甲斐ありそうに見えるか? 見えないだろ⁉ そーいうことだよ」
「ロクトが見た目頼りなくて大人に見えないのなんて知ってるわよ! 男のロクトと女の私を一緒にしないで!」
「何で2人のケンカで俺がダメージ食らってんの? 何? ケンカしてるフリして2人で俺の事いじめてんの?」
別の意味でロクトの顔が赤くなる。
「そういえば、ユキって何歳なんだ?」
そして露骨に矛先を自分から逸らそうとする。それにしたって女性に年齢を聞くのはアウトのような気もするが、精神は男であるユキはあまり気にしない。
「21です」
「と、年上だったんか。いやでも雰囲気だけは大人っぽいし……」
「わ、私と同じくらいだと思ってたのに……確かに雰囲気だけは大人よね」
「黙ってりゃ立派な大人って感じだよな、雰囲気だけは」
「今度は3人で攻撃し始めましたか……」
ロクトの作戦通りかな?
「つーか、俺は何で呼ばれたんだ?」
明らかに俺場違いじゃない?とでも言いたげに、ロクトが恐る恐る手を上げる。
「お前は荷物持ちだ。生活できる分買わにゃあならんからな。荷物の量も多くなるだろ。がんばれー」
「そんな心のこもってない『がんばれ』はいらない。っつーか荷物持ちならマーさんでいいじゃん! 俺いらないじゃん!」
「いやほら、俺お金払わなくちゃだから……な?」
「な? じゃねーよ、お金払うのことのどこにそんな労力使うんだよ⁉」
なんというか、人物の立ち位置的なモノが垣間見えたような気がしたユキだった。
「それで、どこ行くんですか?」
服を買いに行くまでの道中、ユキは前を歩くサラマンダーに尋ねる。
「おう、このハクマ王国で1番有名な服屋だよ」
顔だけこちらに向けながらサラマンダーは言葉を返す。
「まあ1番有名つってもそこぐらいしかデカイ服屋がないってだけの話なんだけどな」
さらりと余計な言葉をつけ足していくサラマンダー。上げて落とすタイプだったのかコイツ。
「まあまあまあ、大丈夫よォ。近くに料理を売ってるお店もいっぱいあるから服を買ったら皆でお昼ご飯にしましょうねェ?」
ユキの隣を歩くヒルマはニコニコ笑っている。
「ああ! 今から楽しみだわァ! ユキちゃんは背が高いからカッコイイのがいいかしら? それとも物静かでお嬢様みたいな顔と雰囲気してるからゆったりとしたスカートがいいかしら? ああ、でもでもでも、アレもいいしコレも……」
自分の世界に入ってしまった。どうやら妄想癖があるらしい。
「全く、ロクトもサラマンダーもアタシを子供扱いし過ぎなのよ! アタシだって大人っぽい服とか着たいわよ! ……この服ってそんなに子供っぽいのかしら?」
ジエルは悩めるお年頃らしい。彼女が大人っぽくなる日は来るのだろうか。
「あー、にしても服かあ……あんまり気にしたことねえしなあ……」
ロクトが静かに呟く。ユキも服には無頓着であるが、テキトーに選んだ服じゃあ女性陣はきっと納得しないんだろうなあと考えたりする。
「どうした? ミユ? さっきからずっと黙ってるけど」
そんな風に皆を見ていたらサラマンダーが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「いえ、こんな風に皆で買い物に行ったり話したりしてると、なんだか家族みたいだなあって」
「家族かあ、微笑ましくていいじゃねえか」
ユキの言葉にサラマンダーは笑う。
「ほら、見えてきたぞ!アレだ」
サラマンダーが指さした方を見ると、周りに比べて何倍もの大きさを持つ建物が目立っていた。
「アレがケジャキヤ名物、集合商店だ」
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