2-私の異世界適応力
「大丈夫、死んでない。誰に頼まれて奴隷を捕まえようとしてたのかをコイツから聞かにゃならんからな」
うつ伏せに倒れる男をロープで縛りながら、ロクトは言う。傷は見えないが、男の周りには血が滲んでいる。
「先に外で待っててくれ。コイツが逃げ出さないとも限らないから俺は残って見張りをしてるよ」
人間の死体なんて初めてで気分が優れなくなってきたユキは、ロクトの言葉に頷いて外に出て行く。
外には青い空が広がっていた。太陽の光が眩しくてユキは目を細めながら手で太陽を視界から隠すように顔を覆う。
外から見てみると、随分と大きな屋敷のようだ。家々が並ぶ中、よくここまでの土地を持っているなと思う。
なんだかんだ、生き残ってしまった。運が良かったのか悪かったのか、死んでいた方が楽だったのかもしれないとすら思う。
どうせもう家族もいないのだ。世界でたった1人、自分が死んでも誰も困らない。
だが、結果として自分は生き残ってしまった。
自分は何のために生きているのだろう。何のために生きればいいのだろう。ユキになる前の自分だったら、決して考えなかったことだろうことが頭を占めていく。
ユキはただただ、何も言わずに誰かがくるのを待っていた。
それからしばらくして、ロクトと同じ制服を着た騎士団の人達がやって来た。
「こちら、通報のあった奴隷商の隠れ家でよろしいでしょうか?」
騎士団の1人がユキに話しかける。
「あ、はい。この中でロクトさんが待ってます」
「分かりました。ご協力感謝します」
そう言って騎士団の人達は屋敷の中に入っていく。その中に紛れて、騎士の制服とは違う服装の人が何人かいた。
「嬢ちゃん! 無事か⁉」
「ユキちゃん! 大丈夫⁉ ひどいことされてない⁉ ねえねえねえ⁉」
「ユキ! 生きてる!? 幽霊になったりしてないわよね!?」
「サラマンダーさん、ヒルマさん、ジエルさん?」
3人共血相を変えてこちらにやってくる。
「この小さい嬢ちゃんに言われてまだ王都の中に残ってる騎士団連中をかき集めて来たんだ」
「小さいって何よ!」
「まあまあまあ、何にせよユキちゃんが無事で良かったわァ」
「なんだか、嬉しそうですね皆さん」
ぽろりと出てしまった言葉だったが、3人の耳にはしっかりと聞こえていたようだ。
「あったりめーよ! お前はウチの従業員だぞ! いわば家族だぞ! 心配するに決まってるわ‼」
サラマンダーが叫ぶ。元々恐い顔したドラゴンが怒るとめちゃくちゃ恐い。
「で、でも、私達知り合ったばかりですし……」
「ユキちゃん、人を心配するのに、時間を気にする必要ってあるのかしらァ?」
戸惑うユキの肩にヒルマが優しく手を置く。
「そうよ! アタシだって逃げた後心配したんだからね⁉」
泣きそうな顔でジエルはユキの手を握る。
「ま、そーゆーことだ。多分、ロクトだって騎士の仕事以外にも、心配したしたからこそ誰より早く駆け付けたんじゃないか?」
サラマンダーは笑う。
その姿は、まるで家族のようで。
「はい……ありがとうございます」
生前の家族を思い出して、ユキは1粒だけ涙を流して笑った。
数日後、『俺の料理屋』にて。
「いやあ、こんな短期間に新しい従業員が2人も増えるとは思わなかったな!今までバイトすら来なかったのに、滅びの前兆か?」
「店長がそういう発言をするのはどうかと思うわァ……」
首を傾げるサラマンダーと、苦笑いをするヒルマの目線の先には、2人の店員さんの姿があった。
「はい、魚セットとムギティー、食後にアカベリーケーキですね? 少々お待ちください」
1人は淡々とした事務対応が何故か人気となってしまたユキ。
「肉セットにシュワシュガーでいいのね? すぐに持ってくるからちょっと待ってて!」
もう1人は、明るい女友達系接客をするジエル。あの後、ジエルもこの店で働くことになったのだ。
「注文いいかー?」
「はーい、ただいまァ」
客に呼ばれてヒルマが小走りに向かう。
「ネリメシにデカ詰めギョーザね? すぐに持ってくるから少し待っててね?」
ヒルマは優しいお姉さん系接客で場を癒す。
「……アレが許されるのなら私の女子学生風接客も許されるのでは?」
「いやアレはダメだろう。客1人1人にいちいちアレやってたらテンポ悪ィもん」
目を細めるユキにサラマンダーは淡々と語る。
従業員も3人になると少しは仕事にも余裕が出てくる。そんな風に話ながら仕事をしていると、店の扉を開けてロクトが入ってきた。
「マーさん、昼飯食いに来たよ」
「おう、ロク坊! よく来たな! まあ座れよ!」
ロクトがカウンター席に座ると、ユキが注文をとりに行く。
「肉セットとムギティー頼む」
「はい、肉セットとムギティーですね。店長」
「あいよ、すぐ作るから腹の音鳴らして待ってろよ!」
そう言うとサラマンダーは奥で料理を始める。
客足も落ち着いてきて、ユキは周りを見て注文がないことを確認する。
「ロクトさん」
「うん?」
「この前はありがとうございました」
カウンターを挟んでロクトの前に移動した後、ユキはロクトに頭を下げる。奴隷商の事件が解決した後、こうして話すのは初めてだった。
「ああ、うん。怪我がない……とは言い切れなかったけど、無事で良かった」
「はい……ロクトさん」
「うん?」
「私、諦めようとしてました。何も分からずにここに来て、そのうえ奴隷商に捕まったりして、もう、生きていても良い事ないなって……」
「……」
ロクトは何も言わず、ただじっとユキの言葉に耳を傾ける。
「だけど、この店の人達は私のことを心配してくれました。ロクトさんは私のことを助けてくれました。私のために動いてくれたことが、こんな私にグイグイ話しかけてきて、仲良くしてくれたことが、何より嬉しくて、温かったんです。諦めてかけていたのに、まだ、人生を諦めたくない。そう思いました。だから……」
ユキは言葉を続ける。
「また、私の身に何かあったら、その時はまた助けてくれますか?」
そう言って微笑むユキの目に一瞬、光が宿ったように見えた。
「もちろんだ。約束する」
ロクトもまた、ユキを見て微笑むのだった。
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