2-姫と騎士の二重奏

 ユキは、自分が良い奴ではないと、どちらかといえば悪い奴だと理解していた。それも突き抜けた悪ではない。中途半端で情けない悪だ。

 生前、異世界でユキとなる前、ユキがまだ何処にでもいるただの男だった頃、彼は『つまらない』と感じる事があった。コンビニと自宅を往復するだけの毎日がつまらないと言っているのではない。ましてや、この世界がつまらないだなんて中学生や高校生のような事を言っているのでもない。人生で最も刺激に溢れているのは学生時代だと彼は知っている。

 つまらないのは自分の存在そのものだ。大学受験に失敗し、コンビニでバイトをする日々。進学してほしかったであろう親とはほとんど口を聞かなくなり、受験に向けて現在進行形で必死に勉強している弟からは時々軽蔑の目で見られる自分の存在がひどくつまらない。

 周りの意見に流されて、諦め、妥協し、気付けば現状に適応している。そんな人生を歩んできた。そうやって自分の人生の価値を自分で下げてきた。努力してきた事と言えば、周り人間の価値まで下げないために、人が巻き込まれないようにすることぐらいだ。一緒に諦めようなんて言えるわけがない。人の価値観なんて他人には理解されないのだから。だから、自分の価値観に他人を巻き込まないことに関しては徹底した。

 だが、自分の存在の価値を自分で貶めるそんな生き方は自分の性格をゴミのようなものに変えた。高校の模試で志望校の判定は良くなかった。勉強しても志望校への望みが繋がることはなかった。何度も模試の結果を見る度に、自分はいつの間にか勉強を諦めていた。そして、テストの点数が上がらない現状に適応してしまった。それは決して適応してはいけないものだった。いや、適応というよりは堕落か。

 その結果、大学受験に失敗した。

 自分の存在はつまらない。価値がない。自堕落という悪に溺れている。親とはほとんど口を聞かない。弟は時々軽蔑の眼差しでこちらを見てくる。

 だが、それで男が見捨てられた訳ではない。家族の絆が消えた訳ではない。

 バイトで夜遅くに帰ると母親はいつも夜食を作っておいてくれる。父親はバイトをしているにも関わらず毎月小遣いをくれるし、弟はスーパーに買い物に行けば、決まって自分の分と一緒に兄の分のお菓子も買ってくる。

 恵まれているのだ。こんな自分に対して不器用に愛情を伝えてくれる家族がいる。それは喜ばしいことだ。


 だから人生だけは諦めたつもりは無かったのに、気付けば死んで、異世界に転生していた。家族の絆まで、失われてしまった。

 だからこそ、奴隷商に捕まった時、奴隷になろうが死のうがどうでもよかった。ただ、ジエルまで巻き込む訳にはいかなかった。自分の妥協に彼女を巻き込まないために、彼女を逃がした。彼女が逃げる時間を稼ぐために、戦った。強がって、虚勢を張って、自分という存在を捻じ曲げた。

 奴隷商のリーダーの男が大剣を振り下ろそうとした時、ユキが自分の死を覚悟した時、頭の中に浮かんだのは、自分を呼ぶ家族の姿だった。せめてもう1度、家族に会いたい。叶わぬ夢だと知りながら、そう心の中で思ってしまった。


 そんな時だ。目の前に金髪イケメンが現れたのは。


「ロクトさん……何で?」

 吐き気も忘れて口を開いていた。目の前で、自分を守るように立つロクトにユキはそう問いかける。

「言っただろ? 『騎士団がアンタを守る』って」

 そう言ってロクトはユキに微笑む。

「……私は『俺が、騎士団がアンタを守る』って聞きました」

「思い出させないでくれ。後々になって恥ずかしくなったんだから」

「プロポーズみたいな言葉でしたね」

「あの、助けに来たのに何で精神攻撃受けてんの俺?」

 ユキはニヤニヤと笑う。ロクトは苦笑いだ。なんともまあ、締まらない。だが、さっきまで感じていた諦めも妥協も、どこかに消えてしまった。

「おいおい、騎士団サマが何でこんな所にいやがる? お外にお出かけしてるんじゃあ無かったのかよ?」

 ロクトに吹っ飛ばされた男が立ちあがる。その顔は険しい。

「昼飯を食べに行ったら知り合いに『ユキがまだ帰らねえからちょっと探して来い』って頼まれた。町をうろついてたら慌てた様子の女の子から『助けてくれ』って頼まれた。これ以上の説明がいるか?」

「そーかよ、イイ所で邪魔しやがって。無粋な兄ちゃんだ」

 ロクトと男が睨み合う。剣と大剣をその身に構える。

 地面が爆ぜた。勢いよく飛び出した2人は握った剣を振るう。

「うおらぁぁぁァァァアアア‼」

 男は大剣を振るう。

「おおおおオオオオォォォォ‼」

 ロクトは剣で相手の剣の軌跡をズラして受け流す。金属と金属が擦れるようにぶつかる。

 そこから男に向かって斬撃を叩きこもうとするが、ロクトの攻撃は男の大剣によって真正面から防がれる。

 ロクトは攻撃を受け流し続け、男は攻撃を防ぎ続ける。決してロクトが小さい訳ではないが、男の体が大きすぎるのだ。体も武器も大きさがまるで違う。そんな大きな体から繰り出される大きな剣の大きな1撃はとてつもない破壊力を生む。受け流すロクトの体力がじりじりと削られていく。

「そこだァ‼」

 叫び声と共に男が大剣を振り上げる。疲れが出たのか、ロクトの剣は斬撃を受け流すことが出来ずにはじかれる。剣を手放しはしなかったものの、ロクトの体は隙だらけとなってしまう。そんなロクトの腹に男の蹴りが入る。

「ぐ……はあ⁉」

 そのままユキのところまで吹っ飛ばされ、ロクトは背中から床に落ちる。

「ロクトさん!」

「大丈夫だ……」

「でも……」

 ユキの手を借りてロクトは立ち上がる。

「なんだァ? 騎士っつってもこの程度か? 弱っちいもんだなあオイ?」

 男は笑いながらロクトに話しかける。

「チッ、ニヤニヤニヤニヤ人を馬鹿にしたような笑い方しやがって。黙って見てろよ、すぐにそんな笑い方できねえようにしてやるから」

 そしてロクトは男に向かって走り出す。

「いいぜ? やれるもんならやってみな‼」

 こちらに向かってくるロクトに向かって男は大剣を振り下ろす。

 だが、ロクトは剣で受け流すこともせず、受け止めることもしなかった。だが、振り下ろされた大剣がロクトの頭を潰すこともなかった。

 男の横をロクトは全速力で駆け抜け、通り過ぎたのだ。

「はあ?」

 訳の分からない行動に、通り過ぎたロクトの方を振り向く男。

 次の瞬間、ロクトは手に持った剣を男に向かって投げ飛ばしていた。まるでクナイでも飛ばすかのように、剣は回転せずに真っ直ぐ飛んで行く。

 体を横にずらして剣を躱すが、そこで男は気付く。


 ロクトの剣にロープが結びつけられていることを。


「このロープ……まさか!」

 それはユキが縛られていたロープだった。彼女が持って来ていたのは皿だけではなかったのだ。そして、ロクトを助け起こした時に渡したのだろう。

 もう1度、ロクトはロープを引っ張りながら男に向かって走る。

「くそっ大人を舐めんなクソガキがア‼」

 剣を吹っ飛ばすためかロープを斬るためか、流れを変えるために男は大剣を振り上げようとする。

 だが、大剣が重い。振り上げようとしたした瞬間、急に重くなった。いや、何かに押さえつけられているような感覚だ。

 そして男は自分の握る大剣を見る。

 そこには、両手で大剣を押さえつけるユキの姿があった。

「片刃の剣で助かりました。諸刃だったら怖くて触れませんよ」

「お前……‼」

 男は、ユキのことを戦士として見ていたはずだった。だが、ロクトが助けに来たことで、男にとってのユキという存在は戦士から守られる助けられるべき姫へと変わったのかもしれない。だからこそ、気付かなかった。自分に迫る戦士の気配に。

「終わりだ。今度こそ」

 前をむけば、戻って来た剣を手にしたロクトが目の前にいた。

 

 一閃。刃を振るう。


 肩から腰に掛けて、ナナメに斬られた男は上半身から血を流し、その場に崩れ落ちた。

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