2-奴隷商との対決
薄暗い廊下で2人の男が話している。
「知ってるか? 今日騎士団の連中は何でか知らねーけど王都の外で奴隷商探ししてるらしいぜ?」
「ああ、知ってる知ってる。アイツラも馬鹿だよなあ。俺らは王都の中にいるってのに。誰も空き家の地下に奴隷を閉じ込めてるなんて知らねーんだからよ」
「ああ、後はさっさと奴隷を別の場所に移すだけよ」
「アレ? 確かリーダーは立派な仕事人間に教育してやるって言ってなかったか?」
「あんなの奴隷共をビビらせる嘘に決まってんだろ? 俺らだって納品の期限があるってのにそんな悠長なマネしてられる訳ねーだろ」
「それもそっか」
笑い合う男達は知らない。廊下の曲がり角で聞き耳を立てている2人の人影があることを。
「ククク……馬鹿はアイツらの方よ。盗み聞きされてるなんて夢にも思ってないんでしょうね?」
廊下の壁に体を貼り付けながらヒソヒソ声でジエルは笑う。
「…………」
「うん? どうしたのよ? ユキ?」
ジエルがユキの方を見ると、彼女は固まっていた。
奴隷商の奴らにとって有利なこの状況。作り出したのは彼女だと言っても過言ではないのだから。そもそもユキが王都の外から王都にやって来たからこそ、ユキを何処からか逃げて来た奴隷だと勘違いしたロクトは王都の外から王都へ逃げて来たと思ったのだろう。ユキが王都の外から来たからこそ、ロクトは王都の外の調査を申請したのだろう。そして今現在、騎士団は王都の外に捜査に出ている。
どれだけの数の騎士団が捜査に駆り出されたのかは知らないが、今の状況、原因はもしかしてユキにあるではないか?
「ユキ? 大丈夫? 顔青いわよ?」
「あ、大丈夫です。ちょっと仕事したくないなーって思ってただけです」
「どんな誤魔化し方⁉どんだけ仕事したくないの⁉」
敵に見つかる訳にはいかないので、ボケとツッコミもヒソヒソ声で。
「さて、脱出するにしてもあの男2人をどうにかしなくちゃいけないわね。そうすればこの先の階段を使って地下から1階へと行けるんだけど……」
「随分詳しいんですね」
「まあね」
戦いは避けられないらしい。ここを突破しなければ脱出は叶わない。
「1人なら私が不意打ちでなんとかしてみせるけど、2人となるとキツイわね」
「じゃあとりあえずコレでも投げてみましょうか」
ユキの手には上に肉が乗った皿があった。
「それってさっきの食事の?」
「ええ。私は戦闘能力も戦闘経験もありませんからこうしてサポートすることしか出来ません。
ジエルさんが1人目に不意打ちを食らわせるタイミングで私がこの皿を投げて敵の注意を引きます。その隙にもう1人の敵も倒しちゃってください」
「分かった」
ジエルは姿勢を低くして地面を蹴り男達の元まで一気に近づく。男達が気付いた頃にはもう遅い。下から突然現れたジエルの姿に驚いて対処することが出来ず、片方の男がジエルの振り上げた拳にアゴを撃ちぬかれて倒れた。
「き、貴様ッ!」
もう1人の男がジエルに掴みかかろうとするが、そんな男に笑みを向けながらジエルは言う。
「相手はアタシだけじゃないわ。横見てみなさい」
男が横を向くとそこには2枚の皿を手に持つユキの姿が。フリスビーを投げるように、体をひねってミユは男に向かって皿を飛ばす。皿は回転しながら飛んで行き、
「ぐえっ」
ジエルの顔面に当たった。
「へ?」
男の口からまぬけな声が出る。
「あ、ヤベ……も、もう1枚‼」
もう1枚の皿も投げるが今度は男にキャッチされてしまった。ニヤリと笑う男だったが、次の瞬間、アゴにジエルの拳が炸裂し、皿を落として倒れてしまう。
これで男達は倒した。あとは上に上がるだけだ。
「さ、作戦通りでしたね?」
「嘘つけェ‼」
階段を見つけたユキとジエルが上に上がり、扉を開けると広い部屋に出た。部屋の窓から外の景色が見える。どうやら地上のようだ。地下2階から地下1階に上がっただけなどという展開でなくて本当に良かった。
2人が出てきた扉の丁度反対側にいかにも『出口です』と自己主張しているような大きな扉があった。ここがきっと最後の部屋だ。だが、その扉の前には牢屋で最初に見たリーダーらしき男が巨大な片刃の剣を片手に立っていた。
「ほーう? よく牢屋と見張りを破ってここまで来たもんだなァ?」
笑顔を浮かべながら男はそう言う。
「へっ! アンタ達みたいなシロートじゃ、脱出してくれって言ってるようなモンよ!」
煽るようにジエルが言葉を返すが、男の笑みは崩れない。
「確かに俺達ァ奴隷商としちゃあシロートよ。人を攫って奴隷にして売るなんて初めてだからな。殺さないように手加減するなんざ性に合わん。やっぱぶっ殺して金目のモン奪う方がイイ」
大剣を振りながら男は獰猛に笑う。空気を切る音が部屋に響く。それは今までのニヤニヤと気味の悪い笑みではなく、相手に死の恐怖を与え威圧する笑みだった。
「……ジエルさん」
「何よ?」
男から目を離さず、ヒソヒソ声でユキはジエルに話しかける。ジエルも男から目を離さない。
「あの男がいる限り扉から出るのは不可能そうです。ですからジエルさんは窓をぶち破って逃げてください」
「逃げてって……アンタはどうするのよ?」
「私はここであの男を食い止めます」
ユキの言葉にジエルは思わずユキの方を向きそうになった。
「アンタ何言って……」
「私とジエルさんじゃジエルさんの方が身体能力が高い。貴方の方が逃げ切れる可能性があるんです。ここを出たら『俺の料理屋』という店を探してください。そこの店長のサラマンダーさんならなんとかしてくれるハズです」
「だからって弱いアンタ1人置いて逃げれるワケ……」
ジエルがそう言い返そうとした時だった。
「いいからさっさと逃げろっつってんのが分からねエのか⁉ 早く行けェ‼」
突然、ユキが叫んだ。目を見開いて口を大きく開けて、怒り狂う獣が吠えるように、喉の奥から全てを絞り出すように。
「ッ……分かったわよ!」
一瞬、ユキの目に光が宿ったように見えた。口論も議論も許さないと言わんばかりの雰囲気に、ジエルが走り出す。何の力もないはずのユキなのに、何も言い返すことができなかった。
「ク……ククク……クハハハ! 面白いなお前! そんな顔ができるとは思わなかったよ! ただの貧弱そうな女だと思っていたが違ったようだ‼」
男は笑う。歓喜に身を震わせながら。
「私1人なら、諦めて奴隷になってやるところですが、見ず知らずのジエルさんまで奴隷にするわけにはいきませんから」
ユキは笑わない。ただ、死者のような光のない目で男を見つめる。
「見ず知らずの奴でも助けるってかァ?」
「見ず知らずだから助けるんです。知ってる人には、きっと私の方が頼ってしまいますから」
「お前やっぱり面白ェよ! そういう考えの奴は見たことがねェ!」
男は大剣を握る力を強める。
「それじゃあ試してみようか! お前が時間稼ぎできるのか!」
そう言いながら、男は跳んだ。重そうな大剣を持ったまま、天井に頭がつきそうな高さまで。
「ッ!」
ユキは男に向かって皿を投げつける。地下で投げた後、拾っておいたのだ。
だが、男は片手で飛んできた皿を気にしない。皿は男に当たったが、男は全く動じずに大剣を振り下ろす。
「おらあああああぁぁぁぁぁ‼」
ユキは横に跳んで大剣の一撃を避ける。天井、床、巨大な剣が触れた部分は派手な音を立てて壊れ、部屋に煙が舞う。
突然、煙の中から手が伸びてユキの腕を掴む。そして男はそのままユキの体を投げ飛ばした。
「がっはあ⁉」
投げ飛ばされて勢いよく体が壁に叩きつけられる。背中と頭が痛い。クラクラして脚が震えるが、倒れる訳にはいかない。壁に寄りかかるようにして立ち上がる。
「残念だがよ、俺ァお前をもう奴隷として見れなくなっちまったよ! お前は戦士として殺さなきゃ気が済まねえ。奴隷はまた別を探すとしよう」
「私は戦士じゃありませんよ……」
興奮したように笑いながら近づいて来る男に、ユキは弱々しく言う。
「力も技術もねーのに、倒れまいとする根性。お前は立派な戦士だよ……じゃあな。これで終わりだ」
ユキの前まで来て、男は大剣を上に上げる。
ああ、ここまでか。終わりというヤツをユキは感じ取る。
諦めやすい自分にしては、頑張った方ではないか?こんな痛い思いまでしたのだ。
どうせ1度死んだ身だ。もう、人生を諦めてもいいだろう。
そう思って目を閉じようとした時だった。
部屋の大きな扉が乱暴な音を立てて開いき、大剣を振り下ろそうとした男の手が止まる。
「……何?」
「まだ、終わらせねえよ‼」
部屋の中に剣を握った人が1人、男に向かって突撃する。
男はこっちに向かってくる人物に向かって大剣を振り下ろす。その人物は剣を構えはするが、真正面からは受け止めない。大剣の軌道を横にずらし、受け流す。
「なッ⁉」
驚く男の服を掴み、ユキから離すように投げ飛ばす。
「終わらせない。この人はまだ、終わらせねえよ」
その人物はユキの前に立つ。ユキを守るように立ちふさがる。
「……ロクト、さん?」
青い制服に金髪のその人物は、捜査で町の外に出ているハズの、ロクト・ネイザーだった。
「遅くなった。ここからは、俺がやる」
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