3-ファッションショッピング

 ケジャキヤ集合商店。

 大きな1つの建物を区分けして、いくつもの店を開いているのだという。日本で言うなら百貨店、デパートメントストア、ショッピングモールなどが近いかもしれない。

「商店街と違って店も客も完全に建物の中に納まるからな、雨が降ろうと問題なく買い物が出来るのが1番の特徴だな!」

 得意気に言うサラマンダーに対して、ユキはどう反応するべきか分からなかった。

 正直に言ってしまえばこの形のものは見慣れている。

 ホラ、ここが1番の観光名所、デパートだよ! と言われた感覚。相手がメチャクチャ自信たっぷりなのが、さらにリアクションのとりずらさを加速させる。

「ユキ? どうかしたか?」

「体調でも悪いの?」

 ロクトやジエルが心配そうな顔でこちらを見てくる。

「え、えーと?」

 迷いに迷った末、

「す、すごーい! 私こんな建物初めて見ましたあ☆もー感動しちゃってえ!」

 無理やりにでも喜ぶことにした。

 皆がしばらく黙った後、

「……大丈夫か? お前?」

「……医者、呼ぶゥ?」

 本気で心配されてしまった。


「いらっしゃあああああああい‼」

「ゆっくりしてってねえええええええん‼」

 妙に高い声が建物の中に響く。

 集合商店の中に入った後、ユキが連れて来られた場所には『コーディー・ネート・ファッションショップ』と書かれた看板が置かれていた。

 コーディー・ネート・ファッションショップ、ケジャキヤ本店。

 集合商店の区画を借りているが、本店である。ハクマで服屋といえばココと言う程有名な服屋でハクマ全国に支店を出している。

 元の建物が大きい分、区画1つ1つが広く、店の中には様々な種類の服が並んでいる。

「あらあ! マーちゃんじゃないの! いらっしゃあい‼」

「今日は人数多いわねえ! たっくさん買ってねえ‼」

 店の区画に1歩踏み出した瞬間、2人のオッサンから熱烈な歓迎を受け、ユキは思わずビビッてしまった。

 2人ともメガネをつけ、茶色と紫色の色違いのベストに白いシャツを着ている。学校の音楽室の後ろの壁にかけてある音楽家の絵のような髪型が特徴的だ。

「いや、今日はコイツの服を買いに来たんだ。まあ、服を1着も持ってないからたくさん買うことにはなるだろうけどな」

 ハイテンションなオッサン達にサラマンダーは慣れたように答える。

「ユキ、紹介しとくぜ。コイツらは……」

「あら! 可愛いお嬢ちゃんじゃない! ワタシはコーディー! ヨロシクね‼」

「ワタシはネート‼ 2人でこのファッションショップのオーナーやってるの‼」

 こちらに振り向いたサラマンダーを押しのけて、オッサン2人がユキの前に出てくる。ズイッと顔を近づけられ、思わず背筋が伸びる。

「ゆ、ユキです。よろしくお願いします」

「あーら緊張しちゃって可愛いわあ‼」

「違うわよコーディー! オジサンに迫られて恐怖してるのよ‼」

「やだもうネートったら! アナタだってオジサンじゃなーい‼」

「じゃあオジサン2人で恐怖も2倍ねーえ‼」

 大笑いするオジサン達。このテンションにはある種の恐怖を感じる。

「それじゃあ! ゆっくりしていってねえ‼」

「気に入った服はどんどん試着するといいわあ‼」

 こちらに手を振りながら2人のオジサンは店の中へと入っていく。

「す、すごい強烈な人達でした……」

「まあ、初めて見た人はあまりのインパクトに皆言葉を失ってるよ」

 ふうと息をつくユキの隣でロクトは苦笑いをする。なんともまあ、個性的な人が多い町だ。


「いらっしゃいませー! 本日はどんな服をお探しでしょうか!」

 店の中で服を見るユキの元に笑顔の店員さんが近づいて来る。現在、サラマンダーとロクトには店の区画の入口で待っててもらい、ユキとヒルマとジエルの3人は自由に服を選んでいた。

「いや、着れれば何でもいいです」

「は、はあ……」

 ユキの返答に店員さんの笑顔が引きつる。内心きっと迷惑に思っているだろうし、もしかした飲食店の制服でアパレルショップに来ている自分に引いているのかもしれないが、それでも笑顔を絶やさない姿勢は立派だと思った。

「ちょっとユキ! アンタの服選んでるんだからもうちょっとやる気出しなさいよ!」

 近くにいたジエルが近づいて来る。

「すいません! 何かあったら呼ぶので!」

 店員に負けないくらいの引きつった笑みを顔に貼りつけ、ジエルはユキの腕を掴んで早足にその場を去っていく。

「いやでも正直なところ毎日制服でも別に困らな……」

「止めて! そんな『毎日ジャージでも困らない』みたいな引きこもりの無職みたいなこと言わないで! アンタは働いてるんだから!」

「別に職の有無は関係ない気が……」

「い・い・か・ら! ちゃんと服選びなさいッ‼」

 これまでにない程のジエルの怒りっぷりに有無を言わさぬ迫力を感じ、ユキは仕方なしに服を選び始める。

「女の子の考え方はよく分かりません」

「アンタも女の子でしょーが……ところで、アンタ『こういう服が良い』って希望ないの?」

 ジエルの言葉にユキは顎に手を当てて考える。服には無頓着だがどうせ買うのなら自分の好みに合った服を買うべきだろう。

「そうですね……動き安くて、シンプルな見た目で、夜中に出歩く時にも『まあこの服装ならちょっとくらい』大丈夫だろうって思えるような……」

「ジャージよね? それ絶対ジャージよね? さっきの私の言葉聞いてた?」

「後は胸の辺りにワンポイントついててクラスの皆が着てるような……」

「しかも学校指定ジャージ⁉ クラスの皆普段着に学校指定ジャージなんか着ないわよ⁉」

思考回路が引きこもりかぼっちのそれだった。このままユキの好きなように選ばせてはいけない。確実に通ってもいない学校指定ジャージとTシャツで過ごす女になってしまう。自分がなんとかするしかないとジエルは思った。

「待ちなさいユキ。落ち着いて考えなさい? アンタ昼間からジャージで外に出れる? そんな格好して堂々と外を歩ける?」

「私は別に気にしませんけど、今選ぶのは普段着でしょう? ならやっぱりなるべく楽な方がいいですよ。それに外出用の服は別に買いますから」

「え? ええ……」

 驚いた。意外としっかり考えている様だ。確かに家から出ないのであれば普段着はそこまでしっかりしている必要もないのかもしれない。外出する時にちゃんとした服を着ていればいいのだから。

「外出用じゃなければ家の中でジャージ来てようがノー下着だろうが、いっそ全裸だろうが問題ないでしょう? 誰も見てないんですし」

「流石にそれはアウトォ‼ っつーかアンタほとんど居候じゃない! 自宅と仕事場一緒じゃない! んな格好で人の家に住んでいいとでも思ってんの⁉」

 ちなみにジエルは自宅から店に通って仕事をしている。

「ユキちゃーん! ジエルちゃーん! 見て見て見てェ!」

 漫才をしている2人の元へ別の場所で服を見ていたヒルマが小走りで来る。

 女の服なんて自分では分からないので、2人が手伝ってくれるのは助かる。と、最初ユキは思っていた。

「ほらほらほら、ユキちゃんこれはァ?」

 ニコニコ笑顔でヒルマが見せてきたのは、フリフリした黒と白のゴスロリちっくなドレスだった。ユキの記憶の中で1番近いのはメイド服だろうか。メイド喫茶でよく見かけるスカートが短い方ではなく足首の辺りまでスカートがある古いタイプのメイドさんの服だ。

 ちなみに、現実世界におけるメイド服は英国において女主人とメイドを区別するためにメイド専用の服が必要とされたのが誕生の経緯らしい。気になった人は各自で調べてみよう。

「……それだと、今着ている店の制服とほとんど変わりませんが……」

「じゃあ、これは? 子供っぽいなんて言わせないわよ?」

 続いてジエルが手渡して来たのは黒と白のフリフリしたドレス。文字だけだとさっきと何も変わっていないように思えるが、ミユの記憶の中で1番似ているのはゴスロリだろう。

 ちなみにゴスロリとは『ゴシック・アンド・ロリータ』の略だ。ゴシックとは『ゴス』というサブカルチャー、ロリータとは『ロリータ・ファッション』というファッションスタイルを指す。気になったら各々で調べなさい。

「……それも、今着ているのと大して変わりませんよね? むしろ今より面倒になりません? 私が探してるのは楽そうな服ですよ?」

「いやでも、楽に過ごすなら今着てる服に似た服を集めるのも手だと思わない?」

「思いませんよそんな暑そうで動きにくそうで着るのも脱ぐのも大変そうな服。ってか何でさっきまで思いっきりツッコミしてたのに急にボケに走るんですか」

 1つ分かったことがある。それは、ヒルマとジエルのセンスが限りなく近いということだ。

 出来るだけ着るのも脱ぐのも楽そうな服がいい。どうせ人に見せるための服ではないのだからそんなに気合い入れて選ぶ必要もないだろうというのがユキの考えだった。

 服にしても靴にしてもユキは基本的に選ばない。前の世界にいた時からよく探しもせずに『これでいいや』と思ったら他の服とは比べたりせずにさっさと買ってしまうタイプだった。『これはダメだ』と思う事はあるけども。

 やっぱり人に頼らず自分で選ぶのが安全だと思い、ユキが並んである服の中から1着手に取った時である。


 突如、店の入り口付近で大きな爆発音が聞こえたかと思えば、黒いフードに身を包んだ男か女かも分からない者達が店の中に入って来た。

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