2-強制適応

 コンビニバイトで磨き上げた接客術が役に立って……いるのだろうか?接客をしながらユキはそんなことを考えていた。

 ヒルマとの接客練習中。

「じゃあ、帰るお客さんへの挨拶は?」

「キャハッ! またのご来店待ってるんだゾ☆ま・た・き・て・ネ?」

「だからうっとおしいわよォ、それ何のマネ?」

「最近の女子学生ってこんな感じじゃないですか?」

「いやいやいや、絶対違うと思う。何? 女子学生にトラウマでもあるのォ? モノマネに悪意感じるんだけど?」

 はぁ……とヒルマはため息を吐く。

「ダメダメダメ、友達感覚はもう止めましょう。また新たなトラウマ掘り起こされても困るしィ、試しに自由にやってみましょう」

「いらっしゃいませ。何名様でお越しですか? ご注文をお伺いします。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「うん、もうそれで行きましょう。めっちゃ事務的だけど普通にできるんならそれでいいわァ」


 そんな流れで、現在接客の真っ最中である。よくよく考えるとコンビニバイトあまり関係ない気がしないでもない。だが、こうして淡々となめらかに接客が出来ているのはコンビニバイトで接客の経験をしたからに違いない。

「お会計お願いします」

 店の出入り口付近でロクトが声をかける。

「はいただいま。ネリメシ肉セットとムギティーで銀貨1枚になります。……銀貨1枚丁度お預かりします。こちら証明書になります」

「あー、ユキ」

「はい?」

 他の客と同じように淡々と作業を進めていくユキに対してロクトは話しかける。

「何か、悩んでないか?」

「え?」

 顔を見れば、ロクトは心配するような表情でこちらを見ている。

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 証明書を受け取ると、ロクトは店を出て行ってしまった。

 悩んでいる事なんていくらでもある。この異世界に来てしまったこと自体が悩みの種だが、文化の違い、食べ物の違い、名称の違いなど、細かなところにも悩みはある。女になってしまったことだって悩みの1つだ。これからどうすればいいのかという不安感ともうどうしようもないという諦めが自分の中で渦巻いている。ただ、表には出さず、考えないようにして、現実逃避するように生きている。

 諦めと妥協と適応で構成される自分の人生は、世界が変わろうとも、変わらない。

「じゃあな! ロクちゃん!」

「ロクちゃん止めて!」

 客の冷やかしを受けながらロクトは店を出て行く。

「…………」

 ユキはしばらくロクトが出て行った店の扉を見つめていたが、お客の注文を頼む声で我に返り、そんなネガティブな考えを頭の隅に追いやった。


 王都ケジャキヤ、ハクマ王立騎士団本部。様々な建物が並ぶケジャキヤの中でも特に大きな部類に入るその建物は、ケジャキヤの中心から少し離れた場所に建っていた。

 昼食から帰ってきたロクトを本部の入り口で待っていた者がいた。

「よお、ロクト。ちょっといいか」

「ドーベル先輩?どうかしましたか?」

ドーベル・ハントマン。ロクトの先輩にあたる騎士団のメンバーだ。明るく茶色い短髪に、筋肉質で大きな体。鋭い目は野性的で獣のように見える。まるでシブイ兄貴分といったイメージだ。

「お前が申請した王都周辺の捜査だが、許可が下りたぞ。今日は軽く見て回って、明日から本格的な捜査を開始する」

「本当ですか⁉」

「ああ。本当に奴隷商がいるか分からないが、可能性があるならやらないよりはやった方がいいだろうとのことだ。しかし、今の時代になっても奴隷商として活動する奴がいるとはねえ。奴隷商売が禁止されのが何年前だと思ってやがんだ?どんな金持ちだって奴隷を所有してるなんてバレたら人生終わりだぞ?」

 そう言いながらドーベルはため息を吐く。

「分かりませんけど、禁止されたからといってそれでもやる人は必ず出ちゃうんでしょう? 危ないお薬とかつまみ食いと一緒で」

「まあ、そうだな。法で禁止されてようが親から禁止されてようが、見えない所で悪さしてる奴らなんていくらでもいるだろうよ」

 人間、国が変わろうと世界が変わろうと、そこは変わらない。全ての人間が悪さをしないようにするには全ての人間を洗脳するような危険な方法をとるしかないだろう。

「だが、減らない悪を少しでも減らして平和を守るのが俺ら騎士団の仕事だ。そういう意味ではロクト、お前が奴隷の女を保護したのはそういう悪を減らす第一歩になるワケだ。ところでその奴隷の女ってのはどんな娘なんだ?」

「なんだか、全てに諦めてるような目をしてました。明るい空色なのに、光が無くて暗い目をしてて、あまり笑わないんです。悩み事を抱えているのに、それを自分の中に閉まって鍵をかけて、諦めて、閉じこもってしまっている様な……そんな雰囲気を感じました」

 ロクトの表情は暗い。

「ロクト……」

 そんなロクトにドーベルは先輩として語る。

「いや『どんな娘』って聞いたのはお前の好みのタイプだったかって話で」

「そっち⁉ どんなタイミングで男同士の会話に花咲かせようとしてんですか⁉」

「で、どうだったんよ? ロクちゃんその娘口説いて彼女にしたんだろ?」

「何でアンタが知ってんだ⁉ 何でアンタもロクちゃん呼び⁉ 誤解ですって‼」

 さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。男同士の下世話な会話がこの後も続いた。


「…………」

 その日の夜、ベッドの中でユキは考える。結局今日も制服で寝る事になった。サラマンダーが無駄に予備の制服を作っていたおかげで服には困らないが、いい加減、私服をなんとかするべきだろうか。

「何か、悩んでませんか?」

 仕事中は気にしないようにしていたが、ベッドに入った途端にロクトに聞かれたことが頭をよぎる。悩みはある。不安で不安で仕方がない。ふと、元の世界でコンビニに初めてバイトに行った日のことを思い出した。


「君が―――君?」

「は、はい。今日からよ、よ、よろしくお願いします‼」

「うん。じゃあしばらくは先輩に仕事内容教わってね?あと分からない事があったら誰でもいいからすぐに聞くこと。自分だけで解決しようとして何かあってからじゃ遅いからね」

「わ、わわ分かりました‼」

「はい、元気があってよろしい。とりあえず顔上げよっか? いつまで頭下げてんの?」


 異世界に転生してしまいました。右も左も分かりません。さらに女の体になってしまいましたなんて、誰に相談しろというのか。誰にも相談出来ないし、解決出来るような事でもない。八方塞がりだ。とりあえず今はまだ寝床も食事も確保できているから良しとしよう。保留のような答えだが、何も出来ないよりはまだマシだ。

 考えている内に、段々眠くなってくる。これ以上考えてもそのままユキは眠りについた。目を閉じる前にに顔が少し濡れたような気がしたが、きっと気のせいだろう。


 次の日。

「おう、嬢ちゃん。今日から本格的に王都周辺の捜査が始まるらしいぜ?朝っぱらから騎士団の連中が王都の外に出て行くのを見たよ」

「そ、そうなんですかー……」

「早く見つかるといいな! よし、それじゃあ開店前に店の前を掃き掃除してくれ」

 箒を手に持ち店を出ながら、ユキは冷や汗をかく。もしかしてとんでもない大事になっているのではないだろうか。主に自分のせいで。このまま奴隷キャラでやっていこうとしたのは失敗だったのでは?いやでもロクトやサラマンダーが人の話も聞かずに勝手に奴隷扱いしたのがそもそもの原因だし。だけどロクトやサラマンダーに責任を押し付けようとしても今事件の中心に自分がいるという事実は変わらないし。一体どうすればいいのだ。

 内心とても焦りながらひたすら箒を動かすユキ。さっきから同じ場所をずっと掃き続けていることに本人は気付いていない。早朝の人気のない時間で誰もその奇妙な姿を見ていなかったことが救いか。

 だが、そんなユキの後ろから、彼女に向かって伸びる2つの手があった。2つの手は彼女口をふさぎ、布に染みこませた何かの薬品を嗅がせる。突然の出来事に抵抗する暇もなく、ユキは意識を失った。


 目が覚めると、薄暗い部屋の中にいた。自分が倒れていることに気付き、起き上がろうとしたが、体が上手く動かない。見れば、上半身がロープでぐるぐる巻きにされていた。

「お目覚めかい? お嬢さん? なんつってな」

 声が聞こえてくる。どうやら部屋ではなく牢屋のようだ。声のする方を見てみると鉄格子があり、その向こう側に大きな男が1人立っていた。

「いきなりこんな状況で戸惑ってんだろ? だけどお前に教えてやれることはほとんどなくてな。1つだけ教えてやれるとすれば、これからお前は奴隷として売られるってことだけだ」

 そう言って男はニヤリと笑う。

「……うっそぉ」

 ユキはさらに冷や汗をかく。奴隷商、本当にいたんだ……。

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