2-ユキ店員の接客論

 サラマンダーの経営する『俺の料理屋』だが、飲食店の種類としては大衆食堂にあたる。

 日本におけるカレーライス、から揚げ、焼き魚、ラーメン、そば、うどんなど一般的な料理を提供する。

 そして何より安いのが特徴だ。

「まず最初にィ、ユキちゃんは接客はやったことある?」

「接客、ですか?ないですね……」

 コンビニバイトの経験はあるが、飲食店の接客とは勝手が違うだろうし、生前の世界の話など、ややこしくなるだけだろう。ユキはとりあえず(この体になってから)お仕事初めてを装うことにした。嘘は言っていない。

「じゃあ、1つずつ覚えていきましょう。ウチはお客さんと話すことも仕事だから。まず、お客さんが来た時は『いらっしゃいませ』」

「いらっしゃいませェ‼」

 腰をきっちり90度に曲げて頭を下げる。我ながら完璧な挨拶だとユキは自画自賛する。実際のところ、いちいち「いらっしゃいませ」でここまで深々と頭を下げる店員などユキは見た事が無いが。

「うーん、ちょっと固いわねェ。もっと友達感覚でやってみましょう?」

「友達感覚ですか? 友達感覚……」

 少し悩む。何せ友達がいない。そして女性の友達との接し方が分からない。基本的に上下関係(自分が下)のみで生きてきたユキにとって友達感覚、は難しい。

「次は、注文を聞いてみましょうかァ。じゃあ、相手が肉肉セットを注文すると想定してやってみて?」

 とにかく分からないならもう想像でやるしかない。ユキは女性の友達感覚というものを頭に思い浮かべてみる。

「……注文決まったァ? えー!肉肉セットにするのー? うっそぉー! マジありえなぁーい!」

「馴れ馴れし過ぎィ⁉ 何で人の注文にケチつけてんのォ⁉」

「友達ならこれくらいするかなって」

「友達感覚・・! 限度があるわよ! そこまでやったらうっとーしいだけェ‼」

 コイツ大丈夫か?そんな思いがヒルマの中に生まれる。

「じゃあ次、会計! 会計の合計が銀貨2枚と銅貨3枚分! 支払いは金貨1枚! おつりはいくらァ?」

「え、えーと……」

 ここでユキは迷う。なにせこの世界のお金の価値など彼女にはさっぱり分からないのだ。

「えっと……分かりません」

「ええ? こんなの基礎学校1年目で習うような……」

 困惑するヒルマの肩にいつの間にか戻って来ていたサラマンダーがポンと手を置く。

「ヒルマ……ユキはな、学校にも行けないような環境で育ってきたんだ。計算も教えてやってくれ」

「そ、そんなッ⁉ 苦労したんだねえ……必死でモノを覚えようとしたんだねぇ……だから知識に偏りがあったんだねぇ……」

 2人揃って泣かれてしまった。『生前は努力を嫌って楽して生きてきました』なんて口が裂けても言えなかった。

「大丈夫! 私がしっかり教えてあげるから! 一緒にゆっくり覚えていこうね!」

 涙をボロボロ流しながら、マヒルはユキの肩に手を置く。

 折角の厚意だ。とりあえずユキは心の中で謝った。この世界について知るチャンスだと思ってごめんなさい。


 銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。基本は10枚で貨幣の質がワンランクアップするらしい。貨幣は下から鉄貨てっか、銅貨、銀貨、金貨の4種類。金額を表す際、より大きい値の貨幣から言うのが常識らしい。例えば、銀貨3枚と銅貨2枚分とは言うが、銅貨32枚分とは言わない。とりあえずユキがヒルマから教わったのはこのくらいだった。簡単な計算が出来れば店のバイトはとりあえずなんとかなるらしい。

「マーさん、昼飯食いに来たよ」

 昼頃、ロクトが『俺の料理屋』の扉を開けると、店は随分と賑わっていた。

「注文いいかー?」

「俺もちゅうもーん!」

「俺も俺もー!」

 店のあちこちから声が聞こえてくる。

「おう! ロク坊か!らっしゃい!」

 店の奥からサラマンダーが顔を出す。

「なんかいつもより繁盛してない?」

「おう! そうだろそうだろ! これも嬢ちゃんのおかげよ!」

 そう言ってサラマンダーが指さした方向を見てみると……。

「はい、グリから揚げが1つにムギティーですね。少々お待ちください」

 接客をするユキの姿が映った。しかしながら、笑顔は全く見せない。まるで効率だけを求めた仕事人間のような冷たさを感じた。

「俺が新しく若い女を雇ったって噂が瞬く間に広がってな、どんな娘こか一目見てみようって客が集まって来てんだ。男ってなァ単純だねェ!」

「なるほどね……」

 耳をすませば客同士の会話が聞こえてくる。

「王都にあんな女見た事ねーよな? マーさん、一体何処から連れて来たんだ?」

「いいじゃねえか細かいことは。この店に新たな華が生まれたんだぜ?」

「それもそうか! 男同士で楽しくバカ騒ぎするのもいいが、綺麗な女に見惚れながらってのも良いなァ。これからの楽しみが増えたぜ」

「それにしても、あの娘、氷みてーに随分と冷たい雰囲気だったよな?あのちぃっとキツい目で見つめられると、なんだかゾクゾクして何かに目覚めそうだよ俺ァ」

「お前さんもかい? 実は俺もそうなのよ」

 そう言って客たちはそれぞれの料理を食べながら笑い合う。

「お客達もあの調子よ。俺みたいに友達感覚の接客は無理そうだったから逆に淡々と接客させてみたらなんかウケが良くてな。なんでも『手を伸ばしたら手を叩き潰されそうなカンジがイイ』んだとか。本人は別にそんな性格じゃねーんだけどな」

「な、なるほど……変な扉開かなければいいけど……いやもう開いてるのか?」

 助けた手前、ユキの事が少し心配だったが、この調子なら心配なさそうだ。

「店長! グリから揚げとムギティー1つずつです!」

「あいよー! ちょっと待ってなー! じゃあ、ゆっくりしてけよ」

ミユの声に、サラマンダーが店の奥へと入って行く。ロクトが席に座ると、ユキがこちらに近づいて来た。

「あの、昨日は本当にありがとうございました」

「いや、気にしないで。困っている人を助けるのは騎士の務めだからさ」

 頭を下げるユキに、ロクトは手を横に振る。

「いえ、ですがロクトさんのおかげでこうして仕事にもありつけましたし、本当にいくら感謝しても足りないくらいですよ」

 そう言ってユキは微笑む。あ、一応笑えるんだとロクトが思ってしまったのはナイショだ。

「何だ何だ? あの嬢ちゃん笑ったぞ? 相手は……ロクトだ!」

「何だすでに想い人がいたんか? 羨ましいねェ……。俺も後10年若ければ」

「バッカお前は10年前でも既に結婚してるだろ? 奥さんにシバかれんぞ?」

「あんなの『奥さん』なんて生易しいモノじゃねえよ! 怪物だァ! 命がいくつあっても足りねえ!」

 ロクトとミユの様子にお客達が盛り上がる。

「ロクト! 彼女さん大事にしろよ!」

「いや違うから。彼女じゃないから。昨日会ったばっかだから!」

「昨日の今日でもう彼女かい! いったいどんなナンパしたらそんなにコロっと落とせんだ?」

「だから違ェっての! 彼女じゃないしナンパもしてないし!」

「んなこと言わずに教えてくれよ! 俺らとロクちゃんの仲だろ?」

「ロクちゃんて何⁉ んな呼ばれ方したことねーよ⁉」

 ノリの良いお客達の盛り上がりは止まらない。

「ユキさんからもなんとか言ってやってくださいよ……」

 そう言ってロクトが振り向くが、すでにミユの姿はなかった。

「はい。ネリメシ肉肉セット2つでお会計銀貨2枚と銅貨4枚になります。銀貨3枚お預かりします。こちらお釣り銅貨6枚です。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 我関せずだった。ミユは淡々と接客を続けていく。

「ちょっと⁉ せめて誤解は解いてくださいよ‼」

 ロクトへの誤解はしばらく解けそうになかった。

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