2-新生活応援サービス

 まさか異世界にシャワーがあるとは。体を洗い終わったユキは脱衣所でタオルで体を拭きながらそんな事を思った。

 あからさまにファンタジー色の強いこの世界であったが、思った以上に文明は発達しているらしい。

 ざっと見回しただけでも、新聞と写真立てに入った写真が目についた。浴室に行く途中に通り過ぎた台所にはフライパンとガスコンロが置いてあった。もしかしたらガスではなく別の何かを燃料にしているのかもしれないが。

 で、わりと色々な物があるなと思いつつもどうしてもすぐに手に入らない物がある。

 下着だ。

 いかつい竜人の男が店長をやっている店に女物の下着があれば、それはそれで問題な気もするが。

 そんな訳でユキは現在ノーパンでノーブラだった。ブラジャーはまだいい。どうせこのまな板のような胸にブラジャーなどあってもなくても大差ない。問題はパンツだ。女になってしまっている以上、男物のトランクスを履く訳にもいかない。

 だが、悩むべきは下着だけではない。サラマンダーが脱衣所に用意しておいてくれた服にも問題があった。

 水色を基調として白いフリフリがついたドレス。所謂メイド服によく似たものがそこにあった。

 サラマンダー曰く、『女性従業員用の制服』とのことだが、こんな服でよく『俺の料理屋』なんて名乗れたなと思う。暑苦しそうな料理屋があっという間にワンダーランドに早変わりだ。

 スカートの丈が膝下まであるのがせめてもの救いか。

「でもこれ、転んだりしたら……見られちゃうんだろうなぁ……」

 さすがに丸出しは男女関係なく恥ずかしい。


 着替えて脱衣所を出た後、ユキは店に備え付けてある大きな鏡の前に立ってみる。

「これが……私」

 こうして新しい自分の姿を見るのは初めてだ。

 透き通るような白い髪が腰の辺りまで伸び、空色の瞳に白い肌。これだけならば「雪」のイメージがよく似合う儚げ美人と言えるだろう。だが、予想以上に高い身長と少し痩せすぎなんじゃないかと思える体型、さらには目つきが悪くハイライトのない目という三重苦を背負ったバランスの悪い女の子がそこにいた。いくら空色の瞳でもハイライトがなければ綺麗な目とは言えない。少なくとも美少・女にはなれそうにない。

 凍えそうな吹雪の中に生えている1本の枯れ木のような女というイメージが頭の中に浮かぶ。

「おう! 似合ってるぜ嬢ちゃん!」

 そう言ってサラマンダーは笑う。ユキと名付けた本人が「嬢ちゃん」呼びである。

 身長の高いミユに対して嬢ちゃんなんて可愛らしい呼び方が出来るのはサラマンダー本人が一目で分かるレベルでミユよりも身長が高いからだろうか。

「俺の店にもやっと新しい従業員が出来たってワケだ! よろしくな従業員2号!」

 ここまでいろいろ助けてもらったのだから、仕事をすることに問題はない。だが……。

「……2人目なんですか私?もっといると思ってましたけど」

「実はそうなんだよ。制服はたくさん用意したんだがなァ……」

 別に露出が激しいとかはないのだが、着るのには少々勇気がいる見た目をしているので、あまり働きたいと考える人がいないのかもしれない。ユキの場合は他に着る物がないので諦めた。

「よくサイズピッタリの制服がありましたね」

「そうだな! その貧相な胸が余るんじゃないかと思ったが、大丈夫だったなあ!」

「オイコラ今何つった?」

「冗談だよ冗談! ガッハッハ!」

 出会って初日でセクハラかましてきやがった。大丈夫かこいつ。

「安心しろ。セクハラ発言していい奴とダメな奴は直感で分かる」

「なんですかその妙な特技……」

 ある意味ユキが元男だったことに本能的に気付いているのではないかとすら思わせる発言である。

「……ところで、ロクトさんは?」

 とりあえず、これ以上セクハラ発言が飛んでこない内に話題を変える。

「ん? ロク坊なら嬢ちゃんが体洗ってる間に騎士団に行っちまったぜ?」

「そうですか。お礼言いそびれたな……」

「お礼なら次来た時にでも言ってやんな。ロク坊もきっと喜ぶだろうよ」

「そうします」

「さあて、それじゃあ明日からしっかり働いてもらうぜ?今日は疲れただろ?部屋用意してやったからゆっくり休みな」

 気がつけば、窓の外から見える景色は暗い。空の上には青色の月が光っていた。生前は見る事の無かった珍しい月に目を奪われる。

「どしたー? ついてこーい」

「あ、今行きます」

 サラマンダーに呼ばれて我に返ったユキは慌てて彼の後ろについて店の奥へと入っていった。


次の日。

 ベッドから起き上がったミユは自分が青いフリフリのメイド服に似た制服を着ていることに気付いた。

「……メイド服のまま寝ちゃったよ……いや他に着る物もないんだけどさ」

 最初に着ていた茶色いボロボロスカートは洗濯してしまった。

このままでは仕事に使えないだろう。とりあえずミユは部屋を出る。まずは相談してみよう。

「ん? 制服のまま寝ちまった? あー、他に服無かったもんなァ。待てよ? つーことは今ノー……」

「そういうの今いいですから。いちいちエロい方向に話を持って行こうとしないでください」

 何だこの親戚のおじさんみたいなセクハラ店長。あれ?店長?オーナー?どっち?混乱しそうになるが今はそれどころではない。

「まあ冗談はここまでにして、制服なら安心しろィ。代わりならいくらでもあるからよ!」

 そう言ってサラマンダーは店の奥のタンスから新たな制服を取り出す。

「気合い入れて沢山作ったんだけどよ、従業員も嬢ちゃんの他に1人しかいねーし誰もバイト応募しねーから丁度いいや!好きなだけ使いな!」

「理由が悲しい……」

 手作りだったんかコレ。以外にも家庭的なセクハラ店長が心の中で泣いているように見える。


 部屋に戻り、新しい制服に着替え、またサラマンダーのところに戻ってくると、

「てーんちょー! 私が来ましたよォ」

 甘ったるい声と共に1人の女性が店の中に入ってきた。

 ユキと同じ制服を着ているが、ふわふわとした茶色の髪、服の上からでも分かる巨乳とスタイルの良さ、朗らかな笑顔からは優しさと温かさを感じる。

 ユキが感情を表に出さない機械的なメイドさんだとすれば、彼女は明るさと優しさが取り柄のドジッメイドといったところか。あくまで見た目の話であるが。

「ヒルマよぅ、お前制服着て店に来るのは止めろって言ってるだろ?折角店に着替え用の部屋あるんだからよ」

「だって少しでも早く店長に私の制服姿見せたんですもん。似合ってますかァ?」

「似合ってる似合ってる。毎日同じこと言ってんだからもういいだろ?」

 わざとやってるのかと思う程真っ直ぐに好意をぶつけてくる女性に、サラマンダーはため息を吐く。

「ところで店長、そちらの彼女は?浮気ですかァ? まあ愛人の1人や2人私は構いませんけど」

「そんなんじゃねーよ。コイツは新しい従業員。お前の後輩だ」

「まあまあまあ!」

 ぱあっと女性明るい顔が別の種類の明るさとなってユキの手を両手で包みこむように握る。

「私ヒルマ・ヘリオスっていうの!よろしくねェ! 後輩ちゃん!」

「ユ、ユキです。よろ、よろしくお願いします」

 顔が近い。女性にここまで近づかれるのは家族以外では初めての経験だ。ちなみに、ユキが生前の経験の中で最も女性との距離が物理的に近づいたのはコンビニバイトでお釣りを渡す時だったと記憶している。

「あらあらあら、赤くなっちゃってやーねーもォ」

 まるでお母さんのような人だ。現実の母親というよりはキャラクター的に。

「それじゃあヒルマ、俺は飯の準備しとくから店開けるまでユキに接客指導しといてくれ」

「はあい、分かりましたァ」

 いろいろごちゃごちゃしてしまったが、何はともあれ、ここから始まるのだ。ユキの新たな人生は。

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