1-騎士との出会い
さて、困ったことが起きた。
転生したら女になっていたということではない。まあ、確かにそちらも困ったことではあるが、ありえないことではない。そういう異世界転生モノの小説を読んだこともある。当然、自分がそうなるとは思ってもいなかったが。いや、それを言ってしまえばそもそも女に転生の予定自体無かった。
困ったことというのはそこではない。
自分の体について調べる過程で分かったことだが、道具と呼べる物を女は何も持っていなかった。
自分の周りに何かあるという訳でもなく、ボロボロのスカートにはポケットもついていないため、何かが入っているということもない。
あるのは自分の体とスカート、そして地味な感じの下着だけだった。つまり、今着ている分以外には着替えもない。
身1つで異世界に投げ出されるという、勇者が魔王を倒すどころかチュートリアルでゲームオーバーになりかけているような状態だった。
「これからどうすればいいのさ……」
あまりの出来事に女は頭を抱える。何か行動を起こす前にもう心が折れかけていた。やってられないとばかりに脱力しながら上を見上げる。
「……………………」
「……………………」
目が合った。木の枝の上で緑色のトカゲのような生き物がこちらを見ていた。口から出ている唾液が落ちて顔にかかる。もしかして、もしかしなくても狙われているのだろう。転生して早速命の危機というヤツだろうか。
「シャーッ‼」
見られたからには仕方ねえ‼ やってやるぜテメエ‼ と言わんばかりにトカゲが枝から飛び降りる。反射的に女はしゃがんで頭の上に腕やる。
「ギッ⁉」
その瞬間、どこからか飛んできた石がトカゲの腹に当たり、バランスを崩したトカゲは地面に落ちる。
意思の飛んできた方向を見ると、少し離れた所に青い軍服のような服装をした金髪の男が立っていた。方には袋を背負い、腰には刀を差している。男の近くには2頭の白い馬と荷車がある。馬車というヤツだ。
「大丈夫か? この辺りは町からも少し離れてる。魔物も出るんだから武器もなしに1人でここまで来るのは止めておいた方が良い。見たところ、何か武術をやっていたようにも見えないし」
そう言う男に向かって、石を投げられて怒ったトカゲが襲い掛かる。男は腰の剣を抜くと、素早い動きでトカゲに近づき剣を横に振るう。あっという間にトカゲは真っ二つなってしまった。
「怪我はないか?」
トカゲを倒した男は女に近づき、手を差し伸べる。近くで見ると結構イケメンだった。羨ましい。
「あ、ありがとうございます……あ、あの」
「どうした?」
酷い目に遭いはしたが、これはチャンスだ。こうも都合よく人が話しかけてきてくれたのだ。ならばここでいろいろ聞くのも手だろう。
「ここはどこでしょうか? えっと、国から教えると助かるんですが……」
「ここか? ここはハクマ王国、ケジャキヤのすぐ近くだ」
突拍子のない質問に嫌な顔ひとつせずに答えてくれる。イケメンは心もイケメンだった。
こうして会話が成立しているところを見ると、本当に言語とかは習得しているらしい。
しかし、ハクマ王国? ケジャキヤ? 女にはさっぱり分からない。そもそも考えてみたら何を質問すればいいのかすら分からない。なんとなく場所を聞いてみたものの、この世界の地理を知らなければ意味がなかった。どうしたものか。考えれば考える程何も浮かばなくなってくる。時間が経つと折角話しかけてくれたこの異世界人第1号が行ってしまうかもしれないと焦りが出てくる。焦ると余計に考えが浮かばなくなり、何も言えなくなる。まさに負のスパイラルだった。
「あー、もしよければ、ケジャキヤまで送っていこうか?」
「え、え?」
女の様子を察してか、イケメンがそんな事を提案してくる。どこまでイケメンなんだこの男は。
「すぐ近くとはいえ、さっきみたいに魔物が出たら危ないし。それとも、王都ではなく別の町や村に行く予定だったか?」
「い、いえ! お、お願いします!」
全身全霊で頭を下げる。腰を90度に曲げる。この世界のお礼の仕方などしらないが、コンビニでお客様に頭を下げた事なら何度もある。男にとって頭を下げるのは得意技だった。
馬車に乗せてもらい、馬はゆっくりと歩き出す。さっきから遠くに見えているあの白い建物が見える町のような所がケジャキヤとかいう王都だろうか。
「ああそうだ、さっきグリーザーの唾液が顔にかかっただろ?この布で拭いてくれ」
「な、何から何までホントありがとうございます」
渡された布で顔を拭く。グリーザーというのはさっきのトカゲの名前だろう。
「と、ところで、お、お名前を聞かせてもらっても……よよ、よろしいでしょうか?」
「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はロクト。ロクト・ネイザーっていうんだ。ハクマ王立騎士団の見習いをやってる。アンタは?」
「あ、えっと……」
しまった。自分の名前について何も考えてなかった。女になってしまっているうえ、相手の名前を聞く限り、男で日本人的な生前の名前は使えない。
「あの、どうかしたか?」
「い、いや、その、えっと……」
ロクトの表情が険しいものに変わる。早くテキトーな名前をでっちあげねばとは思っても、名前なんてとっさに思いつかない。
ゲームする時だって1時間は主人公の名前を決められずに悩むのだ。しかもここで変な名前を作ってしまえば自分は一生その名前で呼ばれることになる。『ああああ』って呼ばれる勇者の気分を味わうことになる。
「すまん。失礼なことを聞くようだが……」
「は、はい⁉」
ロクトの顔がさらに険しくなる。女はもう泣きそうだった。
「もしかして、何処かで奴隷として働かされていたのか?」
「……はい?」
奴隷? この世界には奴隷がいるのか? 話が新しい方向に向かってどんどん向きを変える。あと何回回れ右をすればいいのだろう。
「そのボロボロの服に名前が無いとなるとやっぱり奴隷としか……でも奴隷は随分昔に禁止されたハズじゃあ? いや、まだ奴隷を売るようなヤツが残っているという事か? それもこの近くに……」
ロクトはぶつぶつと呟いている。何やらとんでもない所に話が着地しようとしている。転生1つでここまで話が大事になるものなのか?いや、転生自体大事だが。
「え、えっとぉ……ネイザーさん? 私は別に奴隷というワケじゃ……」
「ロクトでいいよ。それにアンタが怖がる理由も分かる。逃げたことがバレれば奴隷商か奴隷を買った奴に何をされるか分からないからな。でも大丈夫だ。俺が、騎士団がアンタを守ってみせる!」
熱弁してくれてるところ申し訳ないが全然分かっていない。
「王都に着いたら隊長に王都周辺の奴隷商の捜索を進言しなければ。いや、それよりもこの人の安全確認が先か?」
「いや、だから話をき、聞いて……」
自分のせいで話が変に膨れ上がっている。女は別の意味で泣きそうだった。
そうしてコントロールの悪すぎる会話のキャッチボールを続けていると、真っ白な壁につけられた木製の巨大な門をくぐり、馬車は最初に見えていた町の中へと入る。
「ここがケジャキヤだ。ハクマ王国の中心であり王族も住むハクマ最大の町だ」
「ケジャキヤ……」
そこには真っ白な建物がいくつも並んでいた。広い石の道には人で賑わい、いたるところに出店がある。
活気に溢れているとはこういうことを言うのだろう。
「それじゃあ、ここからは少し歩こう」
ロクトは馬車から降りて、御者に金を払う。
「近くに俺の知り合いがやってる店があるんだ」
「は、はい」
話がどんどん変な方向へと進んでいく。だが、女にそれを止める力などなく、結局は諦めてロクトについていくのだった。
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