異世界適応力
灰色平行線
1章 転生の転落と適当な適応に少女はただ諦める
1-ある男の死と転生
人生は諦めと妥協と適応で構成されている。物事が都合よく思った通りにいくことはほとんどなく、善行も悪行も関係なく大抵のことは想像以下の結果で終わる。少なくともその男はそう考えていた。理想を諦め、ある程度で妥協し、現状に適応することこそ、人生を平和に、楽に、楽しく生きる術だと。
男は子供の頃から周りに流される性格だった。小学校、中学校、高校と友達を自分から作ることもせず、頑張って勉強することもせず、かといって運動に力を入れていた訳でもない。
学校では影が薄く、いてもいなくても大して変わらないような存在だった。別にイジメにあっていた訳ではなかったし、引きこもりになるようなこともなかった。必要ならば会話もしていた。
家に帰ってもやることといえば、漫画を読むかゲームをするかインターネットのどれか。勉強を進んでやるような人間ではなかった。
テストはいつも赤点とまではいかなくとも、決して良い点数ではない。
「もっと頑張りなさい」
「お前はやればできるんだから」
「途中で諦めるな」
親や教師にそんな風に言われても、男は努力する気になれなかった。
「別に誰にも迷惑かけてないんだし」
愚かにも、男はそんな風に思っていた。
男には弟がいた。努力しているから成績も良い。怒られる自分と違って弟は褒められる。別にそれを羨ましいとは思わなかった。自分が怒られて弟が褒められるのは当たり前のことだ。
決して良いとは言えない環境を男は変えようとせず、男はその環境に文句を言うこともなく適応していった。そうやって男は楽をして、平和に、だが決して楽しいとは思わず過ごして来た。
そして現在。努力を怠った男は大学受験に失敗し、コンビニでバイトをして過ごしていた。毎日自宅とバイト先を往復する日々。親とはもうロクに話もせず、高校生の弟は可哀想なモノを見るような目でこちらを見てくる。最初は受験に失敗したショックや家族の目に対する居心地の悪さなどがあったが、今はもう慣れてしまった。
例え良い環境でなくても、生活が出来れば人は慣れるのだ。不満を「仕方ない」という言葉で飲み込んでしまえる。
そうやって代わり映えのしない日々を送っていた男だったが、ある日、男は死んだ。
男がインターネットをしていると、インターネットの掲示板に「明日、●●で人を殺す」という書き込みがあった。書かれていたのは自分が住んでいる地域だったが、どうせ嘘だろう。こんな予告をして本当にやる奴がいるわけないだろう。そんな事を考えていた男だったが、次の日、バイトに行く途中で見知らぬ男にナイフで刺された。
朝の早い時間で人気もなく、ついでに体力も根性もないため動くことも出来ず、おまけに携帯電話を家に忘れて出かけてしまったために救急車を呼ぶこともできないという三重苦。男は何も出来ずに倒れたまま、死んでしまった。
まだ人生は諦めたつもりはなかったのだが。それが、男が最後に思ったことだった。
気がつけば男は真っ白な部屋にいた。真っ白な正方形の空間で、男は真っ白な椅子に座っている。椅子と椅子に座っている男の他に、部屋には何もない。
「いらっしゃいませ。そしておめでとうございます」
突如、真っ白な空間に声が響く。透き通るような女性の声だ。男は何か言おうとしたが、声が出なかった。
「初めまして。貴方に一方的に話しかけている私は神様です。名前を名乗るのは面倒なので、ついでにいろいろ説明するのも面倒なので、『神様』とだけ覚えておいてください」
声は淡々と事務的に言葉を紡ぐ。返事をしようにも声が出ない。
「ああ、返事は結構です。あなたは選ばれし者。選ばれたのが幸か不幸かはさておいて、貴方は死んだ人間達の中から1人、選ばれたのです。まあ、くじ引きのようなモノですが。おっと、何か言おうとしても無駄ですよ?貴方に発言の自由はありません。貴方に拒否権はありません。貴方に質問する権利はありません。今の貴方に人権はありません。死んだ人間、ましてやこんな場所に存在する今の貴方を『人間』と呼んでいいのかは疑問ですが」
まるで心を読まれているような気分だった。声は静かに、容赦なく告げる。
「死にたてホヤホヤの貴方は人生をやり直すチャンスを得たのです。とはいえ、生き返って元の世界に帰る訳ではありません。貴方にはくじ引きでテキトーに選んだ異世界で新しい人生を歩んでもらいます。貴方はインターネットでそんな小説を読んだことがあるでしょう?現実世界で死んだ主人公が記憶を持ったまま異世界に行ってしまうようなものを。つまり貴方が主人公です。おめでとうございます」
全く嬉しくない。ここまで心のこもっていない『おめでとう』を男は初めて聞いた。
「貴方の性格には多少問題があるようですが、それはそれでこの転生も面白くなるでしょう。というか、面白くしてください。バラエティー番組の体を張った芸人のチャレンジのように。流され、諦めてばかりの貴方には難しいかもしれませんが、貴方ならやれると私は信じています」
褒めているのか貶してているのか……十中八九、貶しているのだろう。
「転生するにあたってこちらが何か特別な能力を与えたりなどはしません。せいぜい新しい世界に馴染めるように読み書きや言語に不自由しないようにする程度です。さて、説明は以上ですが何か質問はありますか? ……って喋れないんでしたね。すいません、忘れてました」
淡々としていながら何故こうも人をイラつかせる喋り方が出来るのか。とはいえ、ここで喋れたとしても、男に何か言い返すような度胸はない。言い返したところで、さらにボロクソ言われるような未来しか見えない。
「そろそろ転生を始めるとしましょう。そうそう、こちらに説明不足があったとしても責任は一切負いませんのでそのつもりで。それでは、新しい世界、新しい環境、新しい貴方の異世界ライフをお楽しみください」
声がそう言ったその瞬間、突然部屋が光に包まれ男は意識を失った。
目が覚めるとそこは草原だった。背中に固い感触がして振り返ってみると大きな木がそびえ立っている。この大きな木に背中を預けて座り込んでいたらしい。
起き上がって周りを見渡してみる。大きな木のすぐ側には広い土の道があり、道の周りには短い草が生えている。
少し遠くを見ると道の先に石の橋が見える。橋の向こうには白い建物がいくつか小さく見える。町があるのだろうか。
少なくとも日本の景色ではない。ファンタジー系RPGのような景色が広がっている。しばらく、町の方を眺めていた。本当に転生してしまったのだと思う。
目が覚めたら自宅のベッドの上で、ナイフで刺されて死んだことも真っ白な部屋で好き勝手に言われたことも、全て夢だったらどんなに良かったことか。とはいえ、ずっと凹んでいる訳にもいかない。どうしようもないことはさっさと諦めてとにかく今は行動あるのみだ。
「さて、まずはあの町でも……」
行動しようとして、1人事を呟いて、自分の体がおかしいことに初めて気付いた。なんだか声が高い気がする。
「あー、あ、あー」
発声練習。高く、澄んでいて、なんて女らしい声だろうか。なんだかとてつもなく嫌な予感がする。自分の格好をよくよく見てみると、茶色でボロボロだが、この格好はスカートというヤツではなかろうか。
ここで1つの疑問を提示しよう。転生したと思ったら声が高くなってスカートをはいていた。ここから予想される答えは何だろうか。
不安になって男は思わず自分の股間に手を触れる。
無かった。
男じゃなった。女だった。男が男たる所以がキレイさっぱり消えていた。
男……ではなく女は自分の体をいろいろ確かめてみる。こんな時鏡でもあればすぐに自分の見た目が分かるのだが、そういった物は持っていない。
とりあえず現状分かる範囲だけで見ると、真っ白で真っ直ぐな腰まで伸びた髪、髪程ではないものの白い肌。全体的にほっそりとした体。
生前とは大分変わっている。ふと、女は真っ白な部屋で言われたことを思いだす。
『新しい世界、新しい環境、新しい貴方の異世界ライフをお楽しみください』
「新しくなり過ぎィ……」
女はそう呟かずにはいられなかった。
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