探索開始から21時間後(最終話)

 私の報告書を読み終えた騎士団長はしばらく考え込む。思案にくれながらちらちらと私の顔に疑うような視線を向けて来ているのを感じるが、あえて目を合わさず天井の一点を見つめ続けた。

「つまり君はこう言いたいんだな」

 私が昨日提出した報告書を机に放りながら、団長がようやく口を開いた。

、と」

「その通りです。事件は解決しておりません」


 ほんの数時間前に騎士団長へ異世界での魔物との遭遇についての報告を終えたあと、私は何度か異世界へと向かった(今回はきちんと許可をとっての上だ)。どうしても1つだけ気になっていた点を確認するためだ。

 そして1つの結論に達した私は、急ぎそれを報告書にまとめ騎士団長へ提出した。急ぐ必要があった。騎士団長が「事件は解決した」と報告してしまう前に渡す必要があったからだ。


「私があらためて異世界の住民……」

刈田貴志かりたたかしだったか」

「そうです。あらためて彼に話を聞きました。賢者ドラゴッツィ殿は2年前に異世界へ向かったあと、そこで下宿を経営し始めたこと」

「そして向こうの世界で40年だか50年だか過ごし、亡くなった……」

「と、貴志殿は思っていたようです。しかし事実は違ったのです」


 賢者の孫であり、また大家の娘でもある武緒と呼ばれる女性にあらためて確認をしてもらったところ、実際に亡くなり墓地へ葬られているのは祖母だけだということが分かった。祖父、つまり賢者ドラゴッツィは孫である武緒が物心をつく前に姿を消し、二度と帰って来なかったらしい。

 そう。

 彼女は一度も「祖父の遺品」とは言わなかった。また「亡くなった祖父」とも言わなかったのだ。


「もちろん賢者ドラゴッツィ殿が異世界で亡くなっていないと断言はできません。しかし今回の魔物の出没に関わっている可能性を否定しきるだけの物証もありません」

「つまり君はこう言いたいのかね」

 ここで団長は一呼吸おくと両手を組み合わせ、眉間にしわを寄せつつ私に強い視線を向けて来る。

「賢者が王国に害を為そうとしていると」

 ここからが勝負だ、と腹を据えた。

 1つ間違えればそれで終わりだ。

「害を為そうとしているのかどうか、それを調査させて頂きたい、と考えています」

「何をするつもりだ」

「まずは異世界に残された賢者殿の足取りを追えるだけ追います。異世界の住人の協力が不可欠と思われますが、現時点で警戒心を抱かれずにかの住人の助力を得られるのは私だけと思われます」

 自画自賛とならないよう言葉を選んだつもりだったが、やはりこういった微妙な言い回しは私の得意分野ではない。団長はお気に召さなかったらしい。しかし口を開く間を与えさせずさらに畳みかける。

 技がないなら力任せだ。

 押し切れ。

「もちろん報告はまず第一に団長へ行います。賢者の行方については多くの方々が気にかけていると聞いています。私たち騎士団がそれを突き止めたとあれば、その、団長にも、こう、色々と都合がよいのではないかと思います」

 語彙が絶望的なまでに不足していることをあらためて自覚する。

 こういう政治的な駆け引きは私がもっとも不得手とするところだ。そんなことは痛いほど分かっている。しかし、私の目的を達成するためには、これしか思いつかなかった。


 あまりに直接的な表現に、怒るより先に呆れるしかなかったらしい。団長は苦笑しつつ、椅子に体を深く沈めた。

「なるほど。確かに賢者殿が何事かを画策しており、魔物が再度出没する可能性があるとすれば、今この段階で事件解決を宣言するのは王国の為にならんな。もちろん、騎士団としてもそれを防ぐために全力を尽くすべきだ」

 ああ、そう言えば良かったのか。さすがだ。

「その通りです」

 うんうんと頷いていた団長が突然笑みを消し「それで、君の目的はなんだ」と冷たく言い放った。

「目的、ですか」

「君が、私や団の地位向上のために功を立てようと尽力したいという申し出をまともに信じるほど、私はお人好しではない。もう一度聞こうか。君の目的はなんだ。正直に答えたまえ」

 お人好しか。

 つい最近、私をそう呼んでくれた人物の顔を思い浮かべた。

 自然と笑みが浮かぶ。

「正直にですか」

 そうだ、と言われたので、本当に良いのですか、と重ねて確認したら、いいから早く答えろと言わんばかりに顎をしゃくってきた。

 目を閉じて深呼吸する。


「団長と顔を合わせずに働けるならそうしたいので」


「はっ?」

「だって団長、私のこと嫌いじゃないですか。私も実はあまり団長のことが好きではないです。だから離れて仕事できるならそれがいいと思いました」

 さすがの回答に絶句していた団長は、我に返ると同時に大笑いを始めた。初めて聞く笑い声だった。それでも私は油断せず真剣な顔を崩さなかった。

 調査の許可は即日出された。


 さっきの返事は嘘じゃない。どうにも好かれていないことは分かっていた。気づまりだったことは確かだ。しかし本当の目的、本当に探り当てたい謎は賢者殿には関係なかった。

 それは私の中にある、生まれたばかりの感情。

 それに従うのか、それを捨てるのか。いずれを選ぶにせよ、私はそれについてもっと深く知る必要があった。


 だから私は続けるのだ。

 その感情を私に教えてくれた彼に会うために。

 異世界への日帰り旅行を。

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女騎士と四畳半と行方知れずの大賢者・スズの場合 ギア @re-giant

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