探索開始から2時間半後
その部屋の中にも手掛かりになりそうなものは無かった。ため息が漏れる。身体的にも精神的にも疲れは隠せない。遭遇する魔物と相対しつつも、外で明日の作戦の準備をする仲間たちに気づかれぬよう細心の注意を払う探索行は想像以上に辛いものだった。
自分で選んだ道だろう。
そう言い聞かせる。しかしわずかな明かりの中で味方もなしに1人で戦うのは初めての経験だった。
いや、1人ではないか。一瞬だけ疲れを忘れ、口元に笑みが浮かぶ。
異世界で出会った青年。
私の為に命を張ってくれたり、一応アクセサリを褒めてくれたりした。なんと言っていたかな……「鎧の赤に青が似合う」とかなんとか言ってくれた気がする。この鎧自体は支給品だが、色は自分で決めた。小さい頃から目立って仕方がなかった髪の色に合わせたのだ。
小さい頃に両親を亡くし、父の親友であるヴィソカヤ将軍の家に養子として引き取られた私は、良くも悪くも注目を集める存在となった。不幸な娘だと同情する人たちもいたし、上手く取り入ったものだと妬む人たちもいた。
子のいない養父母は優しかった。しかしそれだけに、彼らと似ても似つかない赤い髪は人目を引いた。それも受け入れて生きるしかないと気づいたとき、私は鎧の色を決めたのだ。
「鎧の色と合うってことは髪とも合うってことだよね」
誰もいないとつい油断して口調が軽くなる癖はなんとかしないと、などと考えつつ、胸元のペンダントを引き出す。今は色味のないただの貝殻にしか見えない。探索行の時間に足りるよう魔力を充填してきたつもりだったが、マナの乏しい異世界での消費量は想像以上だった。こっちの世界にいるときは節約する必要があると思い、発動を抑えていたが……
「ちょっとだけなら、うん」
壊れかけた食器棚のガラスに向き合い、魔力を発動させる。青い光が淡く貝殻に灯る。それを髪飾りのように頭の横に近づけてみる。
悪くないかもしれない。
そう頬を緩めた瞬間。
食器棚の扉を叩き割りつつ、小さい影がまっすぐにペンダント目掛けて飛んできた。私はペンダントを手でかばいつつ素早く距離をとり、腰の剣を抜き払った。室内を不規則に飛び交うそれは巧みに刃を避ける。普通の鳥とは全く異なる奇妙な羽ばたき方だ。的になると気づきペンダントの発動を止める。
さすがに暗すぎる、と内心舌打ちした。
壁に背を向けたまま少しずつ部屋の出入口へと向かう。外は満月だ。廊下に出れば多少はましな視界が得られるはずだった。私を追って部屋を出て来るなら狭い出入口を通らざるを得ず、剣で仕留めることも容易い。そんな考えもあった。
しかし先に部屋を出た私の目の前で、室内の黒い小さな影はまるで上下に引き延ばされたようにサイズを変えたかと思うと、人型へと変化した。
白い髪と白い肌が闇に映える。闇に浮かび上がった男性の顔はこんな状況ですら見とれるほどに美しく、それがたまらなく恐ろしかった。黒い儀礼服を隙なく身にまとったその人物は両手を広げた。指の先からは細い爪が伸びる。廊下から差し込む月光に、爪が
次の瞬間、まるで空間を跳んだかと思うほどの素早さでそれは目の前にいた。左右から同時に襲い掛かってきた爪に対し、刹那の差で体を左に寄せて時間差を作り、剣で左から右へと両の爪を上に弾く。踏み込む。
「あああああああああ!」
両手で振るった剣の刃は狙いを
はずだった。
しかしまるで金属同士がぶつかったような甲高い音とともに渾身の一撃は弾き返された。それでも無傷というわけにはいかなかったらしく、魔物は苦悶の表情を浮かべ膝をつく。隙だらけに見えたが私はすでに背を向け、駆け出していた。
あの一撃が効かない以上、勝ち目はない。
急いで異世界へと飛ぶ扉を見つける必要があった。
その先に賢者のお力を借りて、魔物を退け、事件を解決する。
最初からそれが目的だったはずだ。
しかし私はまた彼に出会うだろうと予感していた。いや、むしろ期待していたように思う。今あらためて思い返すと。
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