多数決の国

灰色平行線

多数決の国

 その国では多数決で法律を決めるのだという。私が見たのは、ルールによって縛られた、国民の姿だった。

 私がその国に行ったのは、ちょっとした旅行だった。まとまった休みがとれたので旅行にでも行こうかなと思ってのことだ。

 その国を選んだのも、その国の料理に惹かれたからで、深い理由なんてなかった。

 国に着くと、入国を管理する兵士から1冊の本を貰った。そこそこの厚さだ。本の表紙には「現法全書」と書かれていた。

「これは何ですか?」

 私が兵士にそう聞くと兵士はこう答えた。

「今月の国民会議までに可決された法律がその本に全て載っています」

 驚いたことに、この国では来る者全員にこの本を渡しているらしい。

「この国には他とは違う法律がたくさんありますからね。貴方だって嫌でしょう?知らない法律に違反して逮捕されちゃうなんてことになったら。多数決で有罪になったらもう『知らなかった』なんて言い訳通用しませんよ?」

 笑顔でそんなことを言ってくる兵士が少し怖かったが、気を取り直して私は予約したホテルに向かうことにした。


 ホテルに向かう途中、現地の人から話を聞いた。

 この国では自分の考えた法律を国民が自由に投稿できるらしい。政府によっていくつかの投稿がランダムに選ばれ、月に1度、発表される。発表された法律を可決するか、選挙権を持つ国民全員が判断し、投票する。可決、否決、投票なしの3つの内、可決が1番多ければ、その法律は来月から適用されることとなるらしい。


 ホテルについて荷物を降ろした後、私は兵士からもらった本をパラパラとめくってみた。

・死刑制度以外で人を殺すことを禁ずる。

・店の前に集まって座ることを禁ずる。

・横の信号が赤になっても、前の信号が青になる前に横断歩道を渡ることを禁ずる。

 自分の国にもある法律からそんなことでと思うような法律まで、そこにはたくさんの法律が載っていた。


 外に出ていこうとすると、ホテルの受付の人に呼び止められた。

「雨が降ったら大変ですし、傘を持って行った方がいいですよ?ウチでは傘の無料レンタルもやってますから」

「いえ、大丈夫ですよ。折り畳み傘もありますし」

 私がそう答えると、受付の人は苦笑いをした。

「ダメですよ、お客さん。ウチの国じゃあ折り畳み傘の使用は禁止です」

「え?何でですか?」

「さあ?理由はよく覚えてません。ですが、そういう法律なので」

 法律だから仕方ない。私には受付の人がそう言っているようにも聞こえた。


 結局、その日は雨が降ることもなく自由に観光することができた。事前にチェックしていた料理も食べることができた。

 気になったことがあるとすれば、いたる所で「法律」という言葉を聞くという点だ。私も何度注意されたか分からない。

 この時期は観光客が多いのか、旅行者にアレはダメだコレもダメだと注意する自国の人が多い。下手をすれば逮捕なので注意してくれることはありがたいのだが。

 文化の違いか、この国には奇妙な法律が多すぎる。法律の本を渡されてもあまり意味はない。内容が多すぎて覚えられない。

 まあ、この国にはこの国なりの理由があるのだろう。そこに部外者の私が余計な口を突っ込むのはよろしくない。


 次の日、私はホテルのレストランに朝食を食べに行った。だが、早く来すぎたのかレストランはまだ開いていない。

 一旦部屋に戻ろうかと思った時、レストランの中から声が聞こえてきた。

「そういえば今日投票日じゃない?」

「ああ、死刑にするかどうかの?アンタどっちにするの?」

「私はもちろん死刑にするわ。そう考えてる人、多いんじゃない?」

「じゃあ私も死刑にしとこっかなー。本当は死刑に反対だったけど、多数決できめられちゃったら意味ないし」

 私はそっと部屋に戻った。

 それから、私は予定を早めて帰国のための準備をした。


 誰も疑問になど思っていないのだ。だれもが同じように思っているのだ。多数決だから仕方がないと。

 多くの人間が大きな声で物事を軽々しく決めてしまうこの国に私は恐怖を覚えた。小さな声は存在しないのと一緒なのだ。

 私が神経質なだけなのかもしれない。だが、この国に眠っている真っ黒な『何か』を、私は確かに見たのだった。

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