第128話

 翌日。エリとソウタは国内一周の新婚旅行に出発した。二人は共に白い手袋をつけて、指に嵌めている指輪を他人には見られないようにしていた。


「それじゃあヒトミ、二週間後にガンプで会いましょう!」


「行ってらっしゃいエリちゃん、ソウタくん!」


「ありがとうヒトミ!」


 二人は改めて国内各地を巡り、国民に全員の尽力でカ・ナンが生き残れた事への感謝を伝え、復興と発展の様子を確認しに行くのだ。


「ニヨ秘書官、お二人のご様子は?」


 メーナがリンに馬車の様子を尋ねる。


「陛下も閣下も、寄り添って眠っておいでです」 


 馬車の窓を開けてリンがメーナに様子を伝えた。二人は明け方近くまで求め合った疲れからか、互いに寄り添って眠っていた。


「そうか……。陛下が車内で安眠されているとは」


 メーナはエリがカ・ナンに来た時から常に傍で警護をしてきたが、国内視察でさえ常に起きて周囲を見ているか、本を読んで勉強しているかのどちらかしか見た事がなかったので、それを聞いて驚き、かつ安堵していた。


「先君が亡くなられて即位されてからというもの、特にこの二年は心労続きであられたからな……」


 新婚旅行の最中、エリは常にソウタにぴったりと寄り添っていた。


「なあ、お前が俺から離れないのって、記憶に無いんだけど」


「それはそうよ。だって今回が初めてなんだから!」


 幼い時は行動優先で“着いて来なさい”とばかりに先導することが多く、むしろ遅れるヒトミに寄り添う事の方が多かっただけに、今回の旅行は新鮮だった。


「今まで碌に誰にも甘えられなかった分、しっかり愛しのソウタに甘えたいのよ。仕方無いでしょ!」


 特にこの一年というもの、立場もあって散々ヒトミやほかの女性たちにも譲ってきた上に、自覚・無自覚を問わず見せ付けられてきたので、感情が積もりに積もっていたのだ。


「私だけこの旅行が終わったらソウタと離れ離れになっちゃうんだから、今までと次までの分、しっかり甘えさせなさい!」


 この新婚旅行の間、国民たちの目が届く場所では、常に仲むつまじく寄り添い、移動中の車内では持たれ合って寝ることもしばしば。夜は当然肌を重ねる。二人はそれこそトイレと入浴以外で互いに視界から外れるほど離れる事はなかった。


 その様子を目にした国民たちからは、どこでも万雷の歓声と暖かい目線が贈られる。


「何と仲睦まじい」


「宰相閣下が我が国を離れられても、これなら安泰だ」


 こうして一行は本領での日程を消化し、昼過ぎには出港の地、ガンプに到着した。ソウタの出発まであと三日。エリがガンプを訪れるのは初めてだった。


「エリちゃん、ソウタくんお疲れ様!」


 愛馬に乗ったヒトミが笑顔で一行を出迎える。


「エリちゃんの初めてのガンプだから、しっかり準備しておいたよ!」


 これまで執務の都合で新領土に来ることができなかった女王の初めての来訪とあって、ガンプはこれまでにない盛大な歓迎を行った。


『女王陛下、万歳!!』


 市民総出で大路を埋めて車列を歓迎する。騎乗したヒトミたちが先導し、エリとソウタが身を出して手を振ると、それに応えて歓声が上がる。


 そのまま式典会場に向かい、パーティに参加。終わるとこの日も例によって迎賓館にて宿泊することに。


「さっすがゲンブ大帝ね!いっそこのままここに遷都しちゃおうかしら!」


 主賓用の部屋を見てエリはご満悦の様子。


「だってエリちゃん。この部屋、地球のスイート並みだもん」


 昨日からここに宿泊していたヒトミも改めて感嘆している。


「夏はニライ、冬はガンプでいいんじゃないか?」


「それもいいかも」


 ソウタの提案に同意するエリ。そしてその後、それは実行に移されることになったのだった。




「さっそく案内するね!」


 翌朝。ヒトミの先導の下、二人はまず港に向かった。


「見てくれよ陛下に閣下!こいつが私たちの新しい船さ!」


 メリーベルが披露したのは、ついに完成した新型艦だった。正式にカ・ナン船籍を持つ、真新しい中型の帆船だった。


「ニホンで設計した図面を基にした最新鋭艦さ。試しに動かしたけど、今までの船とは訳が違うねぇ。一対一ならどんな船にだって負けやしないよ!」


 純粋な木造船として最高峰に達した19世紀に建造された船を参考に、つぎ込めるだけの技術をつぎ込んで、新たな黄金のカード号が完成したのだ。装備されたのは機器だけでなく、船舶用にカ・ナンで開発された新型砲。そして……。


「こいつには緊急用にエンジンと推進器を装備しといたのさ。これで何かあったら急加速が可能になるってわけよ」


「そいつは頼もしいけど、使う機会がないのを期待したいな」


 その後、日々開発が進むガンプの市街地を見て回る。


「首都をこっちに移転するわけにはいかないけど、ズマサはそっくりそのまま、ここに持ってこようかしら」


「ああ、その方がいいよ。将来的に考えたらカ・ナン本国に置いているよりこっちに持ってきた方が外国からの集客も見込めるだろうし」


 ズマサはゴ・ズマとの戦争に備えて、一時的に急増した兵士たちのための娯楽の場として用意した経緯がある。清潔な風土のカ・ナンにとって、あまりに異質な場であったので、ソウタも頃合を見て解体するつもりだったが、開発が進むガンプなら、より規模を拡大して設置できるだろう。


 こうして市内の視察に一日、郊外の視察や、ゴ・ズマの駐留部隊への挨拶で一日が費やされた。


「ほら三人とも。写真取ってきてやったぞ」


「ありがとうございますリュウジ伯父さん」


 この夜、ソウタたちは唐突にガンプまで足を運んできたリュウジと酒を酌み交わしていた。


「綺麗……」


 日本での撮影は貸衣装だったが、エリとヒトミが各々ソウタと共に写った写真を見て感嘆の声を漏らしていた。


「ヒトミちゃん、エリちゃん。出発の前々日で申し訳ないが、ソウタと二人で飲ませて欲しいんだ」


『わかりました!』


 妻二人は先に退出して寝室に戻っていった。


「ソウタ。先日も言ったが、何時でも日本に戻れるようにしておく」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるソウタ。


「実のところ、俺はお前に跡を継いで欲しかったんだ……」


「会社の、いえ、架け橋の役目ですか?」


「ああ」


 クリスタルグラスに注がれていた、薄い琥珀色の液体を口に含むリュウジ。テーブルに置くと、カラリと氷が音を立てる。この世界の資材で作った製氷機で作られた氷だった。


「俺のように達観したやり方でなくていい。お前がやりたいようにで構わないが……、だからこそお前に任せたかったんだ」


「情勢が落ち着いたら、考えたいと思ってます」


 ソウタは酒の勢いでなく、ずっと考えていた思いを口にした。


「でも今は、ゲンイチ伯父さんのところに行かないと」


「カ・ナンを、いや二人を護れない、からだな」


「はい」


 その頃ヒトミとエリはソウタの戻りを待ちくたびれ、酔った勢いも手伝って寝室で身を重ねていたが、当然二人にその艶声は聞こえていない。


「愛する者たちを護るためには手段を選ばない。世界を変えてしまうことだって辞さない。それでこそお前だよ」


 リュウジは融合している自身の伴侶と共に心の底からの賛辞を贈った。


 それからしばらく話し込む二人。そして日付を跨いだころ、ソウタは寝室に戻った。するとベッドでは妻二人が仲睦まじく眠っていた。


「……。まあいいか」


 間に入るわけにはいかなかったのでエリの隣に入るソウタ。この夜は久しぶりにエリを抱かずに眠りに就いたのだった。 

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