第127話
それから十日後。三人はリュウジの下にいた。
「改めて確認するが、ソウタ、ヒトミちゃん。二人は兄貴のところに行くんだね?」
『はい!』
カ・ナンから離れるという事は転移門から離れる、即ち日本に戻れなくなるという事なのだ。
「おじさま、私も転移門の使用はソウタが来る前のように非常時に限りたいと考えています」
エリも転移門の使用を制限すると意思を示す。
「わかった。お前たちの意思を尊重しよう。こことニライを繋いでいる転移門は閉じさせてもらう。ただ、エリちゃんのところとソウタの自宅の門は維持しておくから」
合わせてソウタの自宅の維持も当面リュウジが行ってくれるという。
「定期的にソウタの家に入るから、エリちゃんは近況を手紙で教えてくれ。固定電話も維持しておくから、何かあったら直接連絡するように」
『ありがとうございます!』
さらにリュウジはソウタに言う。
「ソウタ、兄貴の国はカ・ナンよりずっとずっと広大だ。だから当然転移門を固定できるポイントがあるはずだ」
するとリュウジは白いT字型の石を渡す。
「これが反応したら転移門が開けるということだ。少なくとも俺たちと会話ができる」
「話ができたら繋いでくれるんですね!」
「そういうことだ。お前の家か俺の会社に繋げば、そこからカ・ナンに気軽に戻る事だってできる」
三人の顔が明るくなった。もし開通することができれば、容易に行き来できるからだ。
「そんなわけだが、旅立つ前に俺から改めて三人にプレゼントだ」
手渡されたのは国内リゾートでの宿泊券、それも二泊三日。
「日本に戻るのが最後になるかもしれないからね。しっかり味わって思い出を作りなさい」
『ありがとうございます!!』
翌日、三人はさっそく近郊のリゾートテーマパークに向かう。入場券だけでなく施設内の高級ホテルの宿泊まで手配してもらっていたのだ。
「リュウジおじさま、本当に至れり尽くせりね……」
エリは感嘆の声を漏らしていた。施設内のアトラクションはもちろん、宿泊先での最上級のコース料理に舌鼓を打ち、スイートルームでの一夜は忘れられないものになった。
翌日は記念写真の撮影を行う。ソウタは一軒目でヒトミと、二件目でエリと撮影を行い、共に受け取りをリュウジに頼んだ。
そして午後に温泉宿に向かう。離れ屋に泊まって温泉巡りと和食系料理を堪能し、夜も山中の空気を胸いっぱいに吸いながら、溶け合って過ごした。
「これで当分、日本に戻れなくても大丈夫……」
「ああ」
一緒に朝風呂で夜の汗を流した三人は、今後日本に戻れない事を想定し、必要になるであろう物品の買出しを行って帰国した。
「何が待ち受けているかわからないからな……」
そして帰国して三日後。ニライでは王宮にてソウタとエリの披露宴がようやく執り行われた。
これまで延期されていたが、ソウタが三週間後に出立するため、その前に執り行われたのだ。
『女王陛下万歳!!』
『宰相閣下万歳!!』
『カ・ナン王国万歳!!!』
万雷の歓声を受けながらニライでパレードを行う二人。
ソウタはヒトミの時と意図して同じ衣装で臨む。エリもカ・ナンの流儀に沿ってヒトミと同じ色合いの婚礼衣装であったが、デザインは大きく異なり、さらに金糸の刺繍や、七色に輝くヴェールを追加したりと、一層立派な衣装になっていた。
「エリちゃん……。すごく、すごく綺麗だよ……」
エリの花嫁衣裳姿に感動し、嬉しさのあまり咽び泣き崩れそうになっているヒトミを、リンとアタラが支えていた。
市中のパレードを終えて、王宮での式典でもお色直しを行うエリ。今度はお色直しで純白のウエディングドレス姿に。これは日本から花嫁衣裳の写真を取り寄せ、カ・ナンで仕立てたもの。
これまで王家としては国力で見ても極端に質素に努めてきたエリだったが、この式典はできるだけ派手なものにしたのだ。これには臣下たちの反対も苦言も一切無かった。
そして二日目。今度はヒトミが主役に立てられた。
「ほ、本当にいいのエリちゃん?!」
「ヒトミの時は突貫だったからお色直しできなかったでしょ?!私が見たかったのよ!」
こうして二日目の半分は異例も異例ながら、第一夫人であるヒトミのために時間が割かれた。そしてヒトミにも彼女用のウエディングドレスが用意されていた。
「ヒトミー!綺麗よー!」
今度はエリがヒトミの姿に喜び、むせび泣いていた。
こうして王都での式典と宴は、丸三日かけて行われた。費用は莫大であったが、歴代の国王たちと比較しても極端に派手だったわけではなく、国難を跳ね除け、国土を倍加させた名君としては穏当だったと後世に語られる事に。
王都での式典を終えると、今度は報告のために国内の各都市に一泊しながら巡回する予定になっていた。これがエリとソウタの新婚旅行である。
出発前の夜。ヒトミはエリと二人で寝室で話をしていた。
「……。いいよエリちゃん。エリちゃんは私たちよりずっとずっと大変だもん。だからエリちゃんが望むなら。いっそそのままずっとでもいいよ……」
その言葉にショックを受けたエリはヒトミの肩を掴んで半泣きになってしまう。
「何を言ってるのよ?!私だってそこまで望まないわよ!ただ……、この二週間だけなの!二週間だけだから!」
ヒトミは小さく頷くと、エリをそっと抱いた。
「ソウタくんと離れる事になっちゃうから仕方ないよね……」
話を終えて退席するヒトミ。しばらくしてソウタが入室した。
「ソウタ、お願い。これから二週間だけは今のを外してこれを嵌めていて」
出されたのは対の指輪だった。今の指輪は三人同じもの。それを外せというのだ。
「それって……」
「ヒトミには無理言って了承してもらったの。だからこれから二週間は、ソウタは私の事だけを想って!」
つまりヒトミが妻である事を忘れて、エリだけを妻として扱えということだった。
「私はカ・ナンの女王なのよ!ソウタと一緒に行けないのは私一人だけ!だからせめて国を発つまでは、私だけのソウタでいて!そしてソウタも私だけを!」
「O.K.わかった……」
二人は震えながら互いに薬指から指輪を外し、代わりに二人だけの指輪を嵌めた。
「ごめんねヒトミ……。本当にごめんね……」
震えるエリを抱き寄せるソウタ。
「表に出るときは隠さなきゃな」
「うん。わかってるわよ……」
そのまま二人は眠りに就いたのだった。
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