第129話

 そして迎えたソウタ出発前日。朝一で帰路に就いたリュウジを見送る三人。


『ありがとうございました!』


「ソウタ、ヒトミちゃん、エリちゃん、良い未来を!」


 見送りを終えると出立前の最後の準備に取り掛かる。港では参加する各船の最終点検が行われ、物資が搭載されていく。同時に出発前の大規模な晩餐会と、翌日の式典の準備が行われた。


『宰相閣下と将軍閣下の無事な航海を祈念して!』


 午後から式典が開催される。この式典には様子を探ろうというのか、周辺国からも外交官らが何人か顔を出していた。


「今更様子見でしょうか?」


 アンジュが呆れた表情を浮かべていた。


「まあ、賑やかな方がいいよ」


 ソウタはアンジュをなだめるように笑顔を見せる。


 この晩さん会も滞りなく終わる。そして切り上げた三人は共に出発前の最後のの夜を迎えた。


「え、エリちゃん……。本当に良かったの?」


「うん。今夜はヒトミとも一緒がいいの。だって、ヒトミともしばらく会えなくなっちゃうから……」


 そしてソウタとエリはヒトミの眼前で、今まで嵌めていた指輪を外す。


「指輪の順番、整理しよう」


 ソウタはヒトミとの指輪を一番に嵌め、次にエリとの指輪、最後に三人の指輪を嵌めた。ヒトミもエリもそれに習い各々がソウタとの、次にエリはヒトミとの指輪を用意し、それを互いに嵌め合い、最後に三人の指輪を嵌めた。


『指切りげんまん……』


 三人とも薬指を絡めて指切りを行う。三人の誓い言の儀式だった。


「これで私たち三人は未来永劫ずっと一緒よ。これから何があっても絶対外さないんだから!」


「当たり前だ」


「うん。エリちゃん、ソウタくん、ずっとずっと一緒だよ!」


 三人で笑い合う。


「結局、当たり判定出ないままだったわね……」


 笑いを止めたエリが天井を眺めてぼやく。二人だけでなく側室全員にも確認したのだが、当たり判定はまだ誰からも出なかったのだ。


「俺のせいか?」


「ん~、人数をもっと増やせば良かったのかなぁ、って思うけど……」


「俺にも相手を選ぶ権利があるぞ」


「ま、時間無かったわけだし、仕方ないか……」


 海に目をやるエリ。


「私以外のみんなはアンタに同行するわけだから、向こうでチャンスがあるでしょうけど、私は当分機会が無いんだからね」


 今度はソウタの肩に寄り掛かる。


「向こうが落ち着いたら帰ってくる」


「期待してるわ」


 エリはクスリと笑顔を浮かべて、すぐに真顔に戻る。


「……。二人とも、向こうでヤバくなったら、何時でも私のところに帰ってきなさい!最悪、どっちかだけでもいいから!」


 二人の手を取ってエリが告げた。


「下手すると外交問題になるぞ」


「上等よ。三度目の戦も辞さないわ」


 エリは決意を固めた目を向ける。


「本気でそこまでするのか?」


「当たり前よ!国難を救ってくれた恩人を、最愛の伴侶を見捨てるくらいなら、恩に報いるために徹底抗戦するに決まってるじゃない!それができないなら、私は王位を返上して最期の瞬間まで一緒に世界の果てまで逃亡するわよ!」


 それはソウタだけでなく、ヒトミにも向けた宣言だった。


「ありがとうエリちゃん」


「そんな時が来ない事を願うばかりだ」


 エリはソウタの胸元に飛び込む。ソウタは受け入れると強く抱きしめる。


「じゃあソウタ、私だけ当分の間お預けになっちゃうんだから」


 唇を重ねると、エリの方から強引に舌を入れて吸い付いてきたので応酬を繰り返す。そこからは流れに身を任せて互いに泥のように重ね合い溶け合った。


「やっぱり嫌ァ……」


「エリ……」


 ふいにエリが泣き始めた。


「やっとソウタが来てくれて一緒になれたのに!また離れるなんて嫌ぁ!」


 エリはソウタの右手を掴んだまま、今度はヒトミも抱き寄せた。


「今度はヒトミまでいなくなっちゃう!私、また一人に戻っちゃう!」


「エリちゃん!エリちゃん!」


 ヒトミも泣きながら抱き合い、唇を重ねて貪り合う。二人が一呼吸おいて離れたところを、ソウタが一緒に抱き寄せた。


「行かなきゃお前を守れないだろ……」


「だけど、だけどぉ……」


「大丈夫。絶対に戻ってくるから……」


 そのまま、身体を重ねて崩れ落ちるヒトミとエリ。それが終わるとソウタと二人でエリと肌を重ねて宥める。ソウタはエリに持てる全ての愛を注いだ。


「ありがとうソウタ……。ありがとうヒトミ……。私、貴方たちがいなくてもどうにかするから……」


 ソウタとヒトミはエリを真ん中に挟んで眠りに就く。エリはようやく笑顔を取り戻し、安らかに寝息を立てたのだった。




 迎えた翌朝。ついに出発の時を迎えた。


 港に皆が集まっていた。そこにはエリだけでなくナタル、マガフの姿もあった。


「タツノ宰相、そしてみなさん!どうか良き旅を!そしてご健勝を祈念いたします!」


 出せる限りの大きな声でナタルが叫ぶ。


「タツノ宰相、もし我らエ・マーヌ軍に御用があればすぐにお呼び下さい。我らは命を以って貴方の恩義に報いましょう!」


 マガフの言葉に偽りはなかった。彼らはソウタたちへの恩義を返す機会を待っているのだ。


「ありがとう!ナタル姫、マガフ殿!エ・マーヌの皆が故郷に少しでも早く戻れるようにするよ!」


 涙を流して頷く二人。結果がどうなるかは不明だが、ソウタたちがその為に動いてくれる事に全く疑いはなかったからだ。


「貴方たちに、カ・ナンの命運を託します。どうか、無事で!」


「こちらこそ、カ・ナンに永遠の平穏があらんことを!」


「行って来ます!」


「さあ就航するよ!抜錨!!」


 メリーベルの号令と同時に碇が引き上げられ、帆が広がる。ついに岸から船が離れるときに、エリがあらん限りの声で叫んだ。


「ソウタぁ!ヒトミぃ!絶対に無時で帰ってらっしゃい!でないと承知しないんだからぁ!」


「大丈夫!絶対に帰ってくるから!」


「エリも、絶対に身体を壊すなよ!」


「あったりまえよ!私を誰だと思ってるの!?」


 風が吹いて、船は速度を増して港から離れていく。皆は互いに相手の顔が見えなくなるまで、泣きながら手を振り続けた。


「ソウタぁ……。ヒトミぃ……。ソウタぁ……」


 二人を乗せた先頭の船が見えなくなると、エリは泣き崩れてへたり込んでしまう。ナタルとメーナはそんな彼女を抱き支えた。


「大丈夫です陛下。あのお二人なら、何よりあの者たちが付いているのですから」


「エリ女王、きっと何もかも上手くいきます。みなさまを信じましょう」


 二人に慰められて、目元を拭ってエリは毅然と立ち上がる。


「さあみんな!カ・ナンの発展はこれからよ!残った皆の力を合わせて、より一層発展させましょう!」


 エリの呼びかけに、集っていた者たち全員が大歓声で答えた。


(ソウタ、ヒトミ、私は一人じゃないんだから)


 エリはその下腹部に左手を当てる。左手の薬指には三人の絆の証が嵌められている。そしてまだ結果は分からないが、その中に今度こそソウタとの証を授かったと信じていた。


 こうして船団は出港した。目的地は、ゴ・ズマの首都。到着して何が待ち受けているのか、そもそも無事に到着することができるのか、全く先は見えない。


「ふぁぁぁ!これが海!カ・ナン湖と全然違います!」


 ファルルは周囲を見渡して思わず歓声を挙げていた。


「さて、これから予定一か月の船旅だよ」


 メリーベルが皆に言う。


「こ、これからそうなんですよね!?」


 ファルルは少々不安そうにしていた。


「順調な航海になることを願うばかりだな」


 アタラは風を気持ちよさげに浴びながら傍らでうずくまっている二匹の相棒を撫でていた。


「航海でしたら大丈夫でしょう。こちらには風の勇者様が居られるのですから」


 アンジュがにこやかに答える。彼女の風の勇者イコエ・トウザは同じ船にいるのだ。


「ええ。閣下が居られれば、如何なる事態も必ずは打開できますから」


 一切の不安ない顔でリンが同意する。 


「とにかく、行くしかない」


 海の向こうを見ながらソウタは呟いた。


「大丈夫だよ。みんなが居るから、絶対に何とかなるよ!」


 ヒトミの言葉に皆が同意した。


「ああ、そうだよな」


 天気は快晴だが、波は若干高め。航海に支障は無いが、正に今の境遇のようだった。


「さあ行こう!何があっても俺たちは負けやしない!」


『おおー!』


 力強い追い風を受け船団は突き進んでいった。


 その先に何が待つのか、誰も知らない。だが、ソウタたちはカ・ナンの、みんなのために未来を拓くために、波涛を越えて行くのだった。




 ――― 呼ばれて就任☆異世界プライム・ミニスター 第一部・完

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